06.追憶の旅路
「それじゃ、武器は此処に置いておきますね」アルヴィンを追って辿り着いたのは、シャン・ドゥの街の片隅にある小さな民家だった。
約束通り武装を解く為に剣や連弩を外し始めるラスヒィを、アルヴィンが横目で見る。
「そんなとこに置いてったら取られちまうぞ」
「それは困りますけど……、なら、アルヴィンが預かっておいてください」
はい、と武器一式を乗せた手を差し出すと、アルヴィンは「いいのか?」とラスヒィの顔色を窺うように見る。
「私は誓ってお母様に手出しはしませんが、こうしないと貴方は不安なんでしょう?」
「そうじゃなくて……、俺に預けていいのかよ」
「? どういう意味ですか」
「俺に武器を持たせて、あんたは丸腰でいいのかって話。ここに母親が居るってのも嘘で、扉の先にアルクノアが大勢待ち構えてたらどうするつもりなんだ? おたく死んじまうぜ」
ラスヒィは真顔でそう述べるアルヴィンをじっと見つめて、
「……もし本当に貴方がその気なら、わざわざそんな忠告はしないでしょう。それに、ミラさん達は私が貴方と一緒に居ることを知っています、私に何かあれば真っ先に疑われるのは貴方です。そんなリスクを負ってまで、貴方が今私を始末する理由はありません」
そう冷静に返した。
「……ま、それもそうだな」
「リーベリー岩孔でのジュード君への物言いといい、どうして貴方はそう不用意に不安を煽るような事ばかり言うんですか」
「そういう性分なんだよ」
「直したほうがいいですよ、悪癖です。……あ」
「どうした?」
「すみません、お見舞いの品を用意するのを忘れていました」
狼狽えるラスヒィにアルヴィンは目を瞬かせて、次の瞬間盛大に吹き出した。
「旦那のそのよくわかんねー真面目さは嫌いじゃねーけど、今回は要らねーよ。気持ちだけ貰っとく」
「……どこに笑う要素があったんですか今の」
「分かってねーならいいって。それより、さっさと中入ろうぜ」
そう言ってアルヴィンが先に扉を潜り、ラスヒィも控え目な声で「お邪魔します」と言って足を踏み入れる。
そこは必要最低限の家具があるだけの簡素な部屋だった。目につくものといえば外にあるのと同じようなカラフルな垂れ幕ぐらいのもので、それらを窓から差し込む光と間接照明の明かりが照らしている。
部屋の奥へと真っ直ぐに向かうアルヴィンに続いてみれば、ベッドの上に横たわって眠る女性を見つける事が出来た。
「……この方がそうですか?」
「ああ、俺の母親だよ」
元の色がそうなのか、病気のせいで色が抜けたのかは分からないが、女性の長い髪は白く染まっていた。
皺の刻まれた顔が僅かに動いて、ゆっくりとその瞼が持ち上がる。
「……ああ、先生、来てたのね」
アルヴィンの母親である筈のその女性は、息子である筈のアルヴィンを見てそう言った。
(……そっか、そういえば、息子の顔も分からなくなってるって、イスラさんが言ってたっけ……)
この反応が当たり前になっているのか、アルヴィンは母の誤認を訂正せず、それに合わせて喋る。
「レティシャさん、具合はどうですか?」
「大丈夫よ。……あら、そちらの方は……?」
「あ、えっと……」
「アルフレドの幼年学校の先生だそうです、手紙を届けに来てくれたそうで」
咄嗟に聞かれて答えに詰まったラスヒィに代わって、アルヴィンがさらりとそんな事を言った。
困惑するラスヒィの手に、コートのポケットから出した手紙をこっそりと握らせる。
「今は合わせてくれ、何か聞かれたら適当に答えてくれりゃいいさ」
「……わ、わかりました」
とりあえずこの手紙を渡せばいいのだろうか。ラスヒィが恐る恐るそれを手渡すと、レティシャは嬉しそうに笑う。
「まあ、わざわざ有難う。アルフレドは元気?」
「……アルフレドっていうのは」
「俺の名前だよ」
「やっぱり偽名だったんですね……」
「偽名っつーか略称っつーか……今それを言うか?」
小声でアルヴィンとそんな応酬をしてから、ラスヒィは咳払いをして答える。
「元気ですよ、上手くやっています」
「そう、なら良かったわ。手紙、今読ませて貰ってもいいかしら?」
「どうぞ」
封を開けてゆっくりと紙面の文字を目で辿り始めるレティシャを眺めていると、ふとラスヒィは気付いた。
彼女が持っている紙や封筒は、いつもアルヴィンが鳥に預けていたものと同じだ。
「……手紙の相手、女性って……、こういう事だったんですか?」
「そ。色っぽい話じゃなくて残念だったな、それとも安心した?」
揶揄うように言うアルヴィンに、以前のラコルム街道でのやり取りを思い出したラスヒィは、良心が痛むのを感じた。
「……すみませんでした」
「いいって。全部が全部、母親宛てって訳でも無かったしな」
「それでも、気安く覗こうとしていいものじゃ無かったでしょう。貴方の気持ちも知らずに、変に疑って……」
「だから、いいって。そんな可哀想みたいな顔すんのやめてくれよ」
手紙を読み終えたレティシャは、それを丁寧に折りたたんで封筒に仕舞った。
「大丈夫そうで安心したわ。寄宿舎で寂しくて泣いているんじゃないかって心配だったけれど……」
「寄宿舎で……ですか」
という事は、レティシャの中に居るアルヴィンの年齢は、10かそこいらで止まっているのだろう。
丁度それぐらいの歳の頃に事故に遭ってこうなったせいだろうとアルヴィンは語る。
「先生、学校ではどうかしら、友達と仲良く出来ている?」
「友達……、まあ……それらしき人は何人か居そうですが……」
「なら良かったわ。あの子気が弱いから、きっと苦労しているんだろうけれど」
「…………」
「……胡乱な目でこっち見んのやめてくれ」
「でも、とっても優しい子なのよ。手紙でも、私の心配ばっかりして」
その言葉にだけは、アルヴィンは少しだけ表情を歪めた。
そりゃあ、心配にもなるだろう。実際のアルヴィンはもうすっかり大人になって――今心配すべきは病床の母の方なのだろうから。
(父親も兄弟も居ないんでしたよね。なら、こんな状態になった母親を、アルヴィンは十数年もずっと一人で……?)
子供が一人で生きていくだけでも相当な苦労や心細さがあっただろう。アルヴィンはその上で、母親の面倒まで見なくてはならなかったのだ。
自分を認識さえしてくれない母親の為に、誰に感謝もされず慰めても貰えない環境の中、傭兵なんて命懸けの仕事までして――
(……だからって、アルヴィンのしている事が許される訳じゃない。ミラさんやジュード君達のような無関係な人間を危険に晒す行為に、加担していい筈がない)
でも、ならばアルヴィンは他にどうすれば良かったのだろう。
ラスヒィは溢れそうになる感情を歯を食いしばって堪えた。
アルヴィンに何か言ってやりたかった。けれど、適切な言葉がわからない。
彼の頑張りを称えてしまえば、それは彼の悪行を肯定してしまう事にもなるだろう。
かといって彼を糾弾するには、彼の置かれた状況はあまりにも過酷過ぎる。
不意にドアの開く音がした。見れば、疲れた顔をしたイスラがそこに立っている。
「……来てたのね。丁度良かった。アル、ちょっといいかしら」
「ありゃ、俺をご指名?」
アルヴィンがベッドを離れて外へ行こうとするのを見て、思考に耽っていたラスヒィが顔を上げた。
自分はどうすれば、と目で問うと、
「すぐ戻るから、その間母さんの相手しててくんねーか」
とアルヴィンに言われたので、ラスヒィは大人しくその場に留まった。
とは言え何を話せばよいのやら。下手に喋るとボロが出そうだし、病気の相手に無理をさせるのも良くないだろう。
せめて何か飲み物でも買ってきましょうかと提案してみたが、レティシャは首を振るった。