06.追憶の旅路
「こんな状態じゃなければ私がおもてなし出来たのに、ごめんなさいね」「いえ、急に押し掛けたのはこちらですし」
「でも驚いたわ、あの子がエレンピオス以外の人を連れてくるなんて」
「エレンピオス?」
「私達の故郷よ。……さっきは嘘を吐かせてごめんなさい。貴方は、本当はどこの誰なのかしら?」
ラスヒィは驚いた顔で相手を見た。レティシャは先程までと変わらず、優しく微笑みを湛えている。
「……偶にね、霧が晴れるように意識がハッキリする事があるの。いつもと違う事が起きたりすると特にね。貴方が来てくれたお陰かしら」
「……じゃあ、さっき先生って言ってたのは……」
「あの子にはね、ああした方がいいの、お互いに。正面から向き合っても、辛い事を思い出すだけだから……」
「…………」
「名前を聞いてもいいかしら?」
ラスヒィは納得いかない気持ちを飲み込んで、傍らに膝をついて名乗る。
「ラスハイルト・I・ファンと申します。ラ・シュガル王ナハティガルの息子です」
「まあ、それじゃあ王子様じゃない、驚いたわ。そんな人がどうしてあの子と一緒に?」
「成り行きで共に旅をしています。私だけではなく、他にも何名か」
「その人達は、皆アルクノアじゃないのよね?」
アルクノアの事も知っているのかと思いつつ、ラスヒィは首肯。
「あの子にも、ちゃんと友達が出来たのね」
そう言って喜ぶレティシャは、相変わらず母親然としていた。
今のアルヴィンとミラ達の関係をそう呼んでいいのかは微妙だが、喜んでいるところに水を差してまで訂正する事でもないかとラスヒィは黙認する。
「……あの、レティシャさんは、アルヴィンの……息子さんのやっている事をご存知なんですか?」
「全てを把握出来ている訳じゃないと思うわ。あの子、そういう話はしてくれないから……。それも私を気遣っての事なのでしょうけれどね」
「……彼は、とてもお母様の事を大事になさっているんですね」
「そうね、優しい子だから」
「優しい子……」
「……貴方達の前では違うのかしら?」
「あ、いえ、その……」
困ったように言い淀むラスヒィに、レティシャも同じような顔をして微笑した。
「迷惑をかけてしまっているのかしら、ごめんなさいね。……それでもあの子の傍に居てくれて、本当に有難う」
レティシャは窓の外に目をやった。小さな窓越しに、アルヴィンとイスラの姿が小さく見える。
「もしあの子が嫌な子になってしまっているのなら、それは私のせいなの。私が故郷に帰りたいって言ったのを、ずっと覚えてくれているのね。その為に、やりたくもない仕事をずっと続けて……アルクノアの皆もきっと同じね」
「え? どういう事ですか?」
「アルクノアの構成員は皆同郷なのよ。全部、皆揃って故郷に帰る為にやっている事なの」
「???」
アルクノアについて聞いていた話や予想していたものと違い過ぎて、ラスヒィは首を捻った。
アルクノアというのは黒匣を使ったテロリストの事なのでは無かっただろうか。
故郷に帰る為の資金集めという事なのであれば、他にいくらでも真っ当な仕事はあるだろうし、執拗にミラを狙う必要も無いだろうに。
「全然理解出来ないって顔ね。でも、本当のことよ」
「……あんな過激なやり方でなければいけない理由があると?」
「少なくとも、今はそれしかない。アルクノアとしての活動を喜んでやっている人なんて、きっと一人も居ないわ。アルフレドは特にね。……だから、もう終わりにしないと」
「終わりにって……、アルクノアを止める方法があるんですか?」
「皆を止める事は出来ないわ。けれど、アルフレドの手をこれ以上汚させない方法ならある」
一体どうやってと期待混じりにラスヒィが尋ねると、レティシャは少し間を置いて答える。
「私が死ねば、アルフレドは解放されるわ」
「…………はい?」
「私ね、もう長くないの」
彼には黙っていてねと悲し気に言うレティシャに、ラスヒィは絶句。
アルヴィンはこちらには気付かず、イスラと何やら口論になっている。
「……そんな、だって、それじゃ……それじゃアルヴィンは何の為に……!」
「そう、そうよね。あの子もきっと悲しむわ。ここまで頑張って貰ったのに、申し訳ない気持ちだってある。でも、きっとこれでいいのよ。私が生きていると、あの子やイスラがずっと苦しむ事になるもの」
「イスラさんが……?」
「アルフレドがアルクノアに協力するのはね、故郷に帰る為でもあるけれど、それ以上に私の薬が彼らにしか作れないものだからなのよ。そしてそれを処方出来るのはイスラだけ。だから、無理に頼んで――脅して、やって貰っているの」
今もきっとその事で揉めているのねと、窓の向こうの二人を見てレティシャは言う。
「だから、もういいのよ。私が居なくなれば、イスラもアルフレドも幸せになれる」
「…………」
「ただ一つだけ、アルフレドを一人残していくことだけが心配だったの。でも、お友達が居てくれるならきっと大丈夫ね」
「……っ!!」
ラスヒィは頭を振った。
違う、本当は、友達と呼べるようなものは彼にはまだきっと一人も居ない。
「皆……少なくとも私は、レティシャさんのように彼の心の支えにはなれません。私は、彼に信用すらされていないんです。私も、彼の事を信頼出来ている訳じゃない」
「……なら、どうして今日は来てくれたのかしら?」
「それは……、彼の事が理解出来ないから……、彼の言動の理由を少しでも理解出来れば……彼に対する苛立ちや不信感が少しでも和らぐかと思って……」
こんな理由で見舞いに来た事に今更ながら罪悪感や後ろめたさを感じて尻すぼみに言うと、相手は「なら大丈夫よ」と笑った。
「きっと貴方は、あの子の嫌な部分ばかり見て来たのね。でも、さっきも言った通り、あの子のそれは私のせいなのよ。一人で生きていく為に、私を生かす為に、そうならざるを得なかった」
「…………」
「本当のあの子は、気が弱くて泣き虫で、優しい子なの。甘えられる相手が出来れば、きっと元のあの子に戻れるわ」
どこかで聞いたような話だと、ラスヒィは思った。
辛い事があまりにも多く重なって、自分を見失っているだけ――あれは確かローエンの言葉だっただろうか。
「それを知った上で、貴方がアルフレドを受け入れられないのなら、それでいいの。でも、そうじゃないのなら……、どうかこれからも、あの子の傍に居てあげて」
「……彼がそれを望むと思いますか?」
「私は思うわ。だって、あの子は寂しがり屋だもの。貴方に対して素直になれていないのなら、それは信用していないんじゃなくて、ただ怖がっているだけなのよ」
「怖がってる?」
「ええ。もし心を開いて、本音を打ち明けて仲良くなれたとしても、貴方がなにかのきっかけで自分から離れていくんじゃないか、居なくなってしまうんじゃないか、裏切られるんじゃないかって。そうなった時、一人でその辛さに耐えられる自信が無い。だから、そうなっても大丈夫な距離感でしか付き合おうとしないのね。或いは、離れられないように無理矢理縛り付けるか……そういうやり方しか出来ないんだわ」
不器用な子だと苦笑するレティシャに、ラスヒィは素直に納得する事は出来なかった。
他の皆に対しての振る舞いはともかく、自分がアルヴィンから受けた仕打ちの理由が、ただの独占欲や支配欲だけだとは思えない。
けれど確かに、腑に落ちる部分はあった。
時折見せる複雑な表情、人を試すような言動、飄々とした振る舞い。
それらの理由に関しては、レティシャの言う通りなのかもしれない。
「貴方は、アルフレドの事が嫌い?」
「……本音を言っても構いませんか?」
「いいわよ」
「今は嫌いです」
「あら」
「ですが、レティシャさんのお陰で、少しは彼の事を理解出来たと思います。知る前よりは、嫌いじゃありません」
「……なら、私が居なくなった後の事をお願いしてもいいかしら?」
「と言うと?」
「もし彼が一人で泣いていたら、慰めてあげて」
ラスヒィにはその状況は想像すら出来なかったので、悩んだ末に「善処します」とだけ答えたのだが、レティシャは満足したように頷いた。