06.追憶の旅路

「……あれ、旦那、どうしたんだ?」

レティシャとの話を終えて外に出ると、アルヴィンはまだイスラと共に居た。
涙を流しているイスラを見てラスヒィはぎょっとしたが、一先ずアルヴィンの問いに答える。

「あまり長居するのもどうかと思ったので。そろそろユルゲンスさんの支度も終わる頃でしょうし」

「おっと、もうそんな時間か。んじゃ戻るか」

「待って! ねぇお願い、貴方からも言ってよ!」

泣きながらイスラに腕にしがみつかれて、経緯を知らないラスヒィは困惑。

「もうアルクノアに関わるのは懲り懲りなの! レティシャさんの薬を作るのだって……! なのに彼がずっと脅して……!」

「こっちにも事情ってもんがあってね。脅されるのが嫌なら、そもそも人に言えないような後ろ暗い事しなきゃ良かったんだ」

「仕方ないでしょ!? 私だって孤児だったんだもの、子供が一人で生きていくには手段は選んでいられないって、貴方なら分かる筈じゃない!」

「……悪いな。それでも、そのお願いは聞けねーんだわ」

「酷いわ……! 私はあの人と幸せになりたいだけなのに……!」

「なれるさ、昔の事知られなきゃな」

「……っ!」

言葉もなく泣きじゃくるイスラに、断りもなく胸を借りられているラスヒィは肩を落とした。
ジュードが彼女に対して零した感想を思い出しながら、その身体を引き剥がす。

「同情はします。けれど、貴女は自身の幸せより先に、すべき事があるのではないですか?」

「……な、何を……?」

「被害者だという事実は、加害者の免罪符にはなりません。……貴女がその事を正しく受け入れれば、救いの手を差し伸べてくれる人はきっと居ると思いますよ」

懐からハンカチを取り出してイスラに渡し、呆然とする彼女を置いてラスヒィはアルヴィンの手を取って歩き出した。

「さっすが王子様、紳士だねぇ」

「どこがですか。今のは最悪ですよ。でも、彼女が過去の行いを正しく償うまでは、私は彼女の味方にはなれません。今の私は、エリーゼちゃんの味方ですから」

「なるほど」

「ああそれと」

ラスヒィは突然立ち止まって、アルヴィンの横っ面を平手で叩いた。

「痛っ!? ――いきなり何すんだ!」

「さっきの言葉は貴方にも言っていますからね。事情があるからと言って、女性を泣かせる男は最低です」

赤く腫れた頬を摩りながら、アルヴィンはむっとした顔でラスヒィを見た。

――そんな事言ったって、こっちは母親の命がかかってんだ、仕方ねーだろ。何も知らないくせに良い子ぶりやがって。

ラスヒィには、彼のそんな心の声が聞こえるようだった。
レティシャとのやり取りは、彼に対する読心術の精度を高めてくれたらしい。

彼がイスラの様に免罪を求めないのは、恐らく自分の罪を正しく背負う覚悟があるからなのだろう。

ナハティガルの様に、自分の間違いに気付かずに罪を重ねる人は多く居る。
イスラのように、自分に言い訳をして罪から目を逸らし続ける人も少なくない。

だがアルヴィンの様に、自分のやっている事が許されるものでは無いと理解しながら、言い訳もせずに罪を重ねていける人は、殆ど居ないだろう。
それが母親の為だと言うのなら――、真実、彼は優しい人なのかもしれない。

「はいはい、俺が悪かったですよ。俺は旦那と違ってろくでなしだからな」

「イスラさんへの仕打ちが貴方の本意じゃない事くらい解ってますよ」

「……じゃあ何で叩いたんだよ」

「叱って欲しそうな顔をしていましたから」

「何だそりゃ……適当に言ってるだろ」

「適当じゃありませんよ。貴方は、自分の非道に何の罰も与えられない事を喜ぶタイプじゃ無いように見えたので」

「……そんなマゾじゃねーって」

「どうしてそうやって誤魔化そうとするんですか。そんなに私に本心を知られるのが怖いんですか?」

真剣な顔で真正面から相手の目を見つめて言うラスヒィに、流石にいつもと様子が違うことに気付いたアルヴィンが、不快感を滲ませた声で言う。

「そりゃ流石に自意識過剰ってもんだろ、旦那」

「なら何でそんなに嫌そうな顔をしているんですか」

「おたくが見当違いなこと言うからだろ」

「自分の心を見透かされて焦っているだけでしょう」

「そうやって妄想すんのは勝手だけど、それを俺に押し付けるなよ」

「じゃあエリーゼちゃんを助けたのは?」

ラスヒィの追求にスラスラと答えていたアルヴィンは、目を逸らして口を閉ざした。

「……エリーゼちゃんを助けたのは、ミラさん達の信頼に応えたかったからですよね」

「……違う」

「なら何だって言うんですか」

「……アルクノアと通じてるのがバレちまったからな、アイツらも警戒してるだろ。今後も一緒に行動するんだ、少しでも信頼回復しておきたいだろ」

「嘘ですよ。貴方は本心では、ミラさん達を騙したり裏切ったりしたくない筈です。けれど辞めることは出来ないから、自分にも周囲にも嘘を吐き続けて、心の痛みを誤魔化してる」

「そんなんじゃねぇって。もういいだろ、さっさとミラ達のとこ行こうぜ」

取り付く島もない。
やはり自分では駄目なのだろうか。

自分に任せると言ってくれたレティシャの笑顔と、彼女のアルヴィンへの想いを思い出して、それに応えられない歯痒さや悔しさにラスヒィの視界が滲む。

「貴方はいつまでもそのままじゃ駄目なんです、アルヴィン。変わらないとこの先、辛い想いをするのは貴方なんですよ」

「……うるせーな。そんなもん、旦那には関係ねーだろ」

「…………関係ない……?」

ラスヒィはさっさと退散しようとするアルヴィンの肩を掴んで、無理矢理自分の方を向かせた。
うんざりした様子で振り向いたアルヴィンは、胸倉を掴まれてぎょっとする。

「関係ないって何ですか……これまで散々振り回しておいて、今更関係ないって……ふざけないで下さいよ……」

「だ、旦那……?」

「そんな風に言うのなら……最初っから、無関係の私を巻き込まないで下さいよ! お金は盗るわ暴力振るうわ、挙句の果てに純潔まで奪っておいて、今更関係ないとは何ですか!!」

「なっ……!?」

先のビンタからちらほら集まっていた通行人の視線が一斉に自分の方へ向けられて、アルヴィンが血の気の引いた顔で慌て出す。

だが感情の堰の切れたラスヒィは止まらない。逃げようにも、しっかりとスカーフを握られているアルヴィンは逃げられない。

「"全部俺にくれ"なんて言って好き勝手扱って、貴方のせいで私は身も心もボロボロになったのに、都合が悪くなったらあっさり捨てるんですか!! 何ですかそれ!! 自分勝手も大概にして下さいよ!!」

「わかった! わかったから一旦ちょっと落ち着いて……」

「私がこれまでどれだけ苦しんでどんな気持ちで貴方について来たと思っているんですか!! 今日だって私は自分で自分を納得させる為に少しでも貴方の良い所を見つけようと思って色んな感情を飲み込んで我慢して大人しく話を聞いていたのに、貴方は相も変わらずヘラヘラヘラヘラ誠意の欠片もない態度ばかり取って!!」

「どうしたアルヴィン、何の騒ぎだ?」

「何でもねーよ!! 何でもねーからあっち行っててくれ!!」

遂には騒ぎを聞きつけたミラ達までやって来たので、これ以上はマズいとアルヴィンはラスヒィを連れてその場から撤退した。
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