06.追憶の旅路
「さて、カンバルクへ出発だ」全員が揃ったのを確認して、ユルゲンスの先導で一行はシャン・ドゥの地下道を通ってカン・バルクへ向け出立する。
「ラスヒィ、アルヴィンと何やら揉めていた様だが……」
この道も懐かしいなぁと、以前満身創痍の状態で通った事を思い出しながら歩くラスヒィに、ミラがそう問いかけた。
近くに居たローエンも、先の騒ぎを見ていたのか、はたまたミラから聞いたのか、心配そうな顔で寄って来る。
「またアルヴィンさんと何か?」
「ええと……あったにはあったのですが、大丈夫です」
「……そう言えば、君の話では、アルヴィンは確かア・ジュール王と繋がっているのだったな」
「なんと、そうなのですか?」
険しい顔で見てくる二人にラスヒィは頷き、改めて以前カン・バルクで自分が見た事を話す。
ローエンは自慢の髭を指でなぞりながら思案。
「……アルヴィンさんの狙いはクルスニクの槍の鍵、ですか。ミラさん達は彼がそれを狙う理由がア・ジュール王の命によるものだとお考えなのですね」
「ああ。君はどう思う?」
「可能性としては有り得ます。ですが……あくまでも傭兵として、報酬の為だけに受ける仕事としては、少々割に合わないのでは、とも思いますね」
「金銭目的で無いとすれば、やはりア・ジュール王に恩を売るのが目的でしょうか? 鍵を渡す代わりに、アルクノアの活動への援助を頼んでいる、とか」
「ただのテロリストが、そこまでして勢力を拡大したがるものでしょうか。……そもそも、アルクノアの目的は一体何なのでしょう」
「目的か……、深く考えた事も無かったな」
「テロリストというのは大抵、社会に不満を持つ者が己の主張を通す為に武力で反乱を起こす事を目的としています。ですが彼らはこれといった抗議活動などをしている様子はありません」
レティシャの言っていた、彼らは皆同郷で故郷に帰りたがっている、という話が一応は目的になるのだろうが。
それにしたって解せないとはラスヒィも思っていた。
「或いは鍵を交渉材料にして、ア・ジュール王に何か取引を持ち掛けるつもりなのであれば、それこそが彼らの目的という事になるのでしょうが……、それならば、わざわざティポさんを奪うような真似はしないでしょう」
「奴らが増霊極を狙った理由については、アルヴィンでさえ知らないと言っていた。……本当かは知らないが」
「本当の事だと思いますよ。闘技場での一件といい、ティポの件といい、彼はアルクノアから何も知らされていないようでした」
「ミラさんの命を執拗に狙うのも、ただ邪魔をされたから、という理由だけにしては執念深すぎる気がしませんか?」
三人は難しい顔で唸って、揃って溜息を吐いた。
「謎が深まるばかりですね……」
「いずれにせよ、奴らが黒匣を使い続けるのであれば殲滅するまでだ。私にとって、奴らの目的が何であるかはそれほど重要ではない」
そう言って、ミラは歩調を速めて先頭集団に混ざりに行った。話を打ち切られたラスヒィとローエンは、顔を見合わせて苦笑する。
彼女らしい結論だ。アルクノアやアルヴィンも、あれぐらい分かりやすく在ってくれれば良いのだが。
地下道を抜けると、そこは白銀の世界だった。
灰色の空からは雪がしんしんと降り、道も木も山肌も白に染められている。
吹く風は皆の身体を容赦なく冷やし、あちこちでくしゃみが起きた。
「うう、暖かい暖炉が恋しいですね……」
「わたしは、温かいお鍋が恋しいよ……」
「ミラ、お腹冷えない?」
「大丈夫だ……っはくしょん! おお、鼻水が……!」
「騒がしい精霊の主様だ」
そんな賑わいを見せる一行の中、エリーゼは一人地面に視線を落としたまま、無言でとぼとぼと歩いていた。
仲間達――とりわけ空気に敏感なレイアがそれに気づいて声を掛けるが、エリーゼは益々その表情を険しくしていく。
レイアは親切でやっているのだろうが、今のエリーゼにとって、その優しさや明るさは火に油なのだろう。
少し前の自分が、エリーゼの優しい言葉にさえ憤りを感じていたのと同じように。
何とか出来ないだろうかと表情を曇らせるラスヒィに、アルヴィンは周囲に気取られないようそっと近づく。
「……旦那、その、大丈夫か?」
「? 何がですか?」
「いや……、暗い顔してるから、前に此処を歩いた時の事でも思い出してんのかと思って……」
決まりが悪そうに視線をあちこちへ飛ばしながら言うアルヴィンに、ラスヒィも当時の事を思い返して殊更に気を重くした。
傷跡はもう殆ど癒えて痣も消えかけているが、心の傷はそうはいかない。
「あの時は悪かった」
「……本当ですよ。でも、どうして急に謝る気になったんですか?」
「それは……」
「それは?」
「……これまで関わってきた奴らはさ、裏切ったらそれで終わりだったんだ。でも、旦那はこれからも俺の傍に居てくれるんだろ。だったら、謝れる事は謝れるうちに謝っとこうと思って」
「……良い心掛けですけど、それで済ませられると思われても困りますよ」
「解ってる。ただ、優等生がイスラに言ってたろ。出来る事は何も無かったのかって、やろうとしたのかって。……今の俺が旦那に出来るのは、これぐらいしかねーけど、何もしねーよりはマシかと思って……」
不安そうな顔で顔色を窺うアルヴィンに、ラスヒィはやれやれといった様子で微笑した。
「アルヴィン、カン・バルクに着いたら、街中を案内してくれませんか?」
「へ?」
「前はゆっくり観光も出来ませんでしたから」
「そりゃ、別にいいけど……」
なんでわざわざ俺と、と言いたげなアルヴィンに、ラスヒィは白い吐息混じりに答える。
「嫌な思い出は、良い思い出で上書きすればいいんですよ。そうすれば、以前の事はいつか笑って話せるようになるかもしれません」
本当にそう思った訳ではない。ただ、そうなれればいいなとラスヒィは思った。
アルヴィンが今こうして少しずつでも変わろうとし始めた事も、自分が彼を許そうとしている事も、その努力が互いの幸せに繋がってくれればいい。
「これからは、ジュード君を安心させる為のフリじゃなく、本当の意味で仲良くなれるといいですね」
「……でも、仮なんだろ?」
「ええ、今は。それが外れるかどうかは今後の貴方次第ですよ」
精々頑張って下さいと雪道を歩き出すラスヒィに、相変わらず手厳しいねぇと言いながらアルヴィンも続いた。
雪道を越え、カン・バルクに到着した一行は、ワイバーンの飛行許可を貰いに行ったユルゲンスと別れ宿へと向かう。
ア・ジュール王への謁見は予約が殺到している様で、随分待たされる事になるだろうと聞いたラスヒィは、これ幸いとアルヴィンを連れて街をうろつく事にした。
「文句ある訳じゃねーけどよ、男二人ってのもどーよ?」
空中滑車に乗ってみたいと言うラスヒィに従ったアルヴィンは、見える景色や滑車の構造に久しぶりにハイテンションになっているラスヒィを見ながら言う。
「せっかく良い女が三人も居るってのに……」
「……ミラさんやレイアさんはともかく、エリーゼちゃんまでそういう目で見るのはどうかと思いますよ、本当に」
「将来有望な女には、早いうちから唾つけといた方がいいんだって」
「はいはい。ですがどちらにせよ、今のエリーゼちゃんを無理に連れ出すのは逆効果ですよ」
「ま、それもそうだな。レイアは頑張ってるみたいだけど」
「放っておけないんでしょう。彼女はとても優しい子ですから」
シャン・ドゥの宿で自分が取り乱した時にしたってそうだ。落石の時も、エリーゼの時も。
彼女は人一倍周囲に気を配り、仲間に何かあれば真っ先に動く。
「損な性格だよなぁ」
「え? 優しいのは良い事じゃないですか」
「そういう奴はみーんなただの良い人で終わっちまうって事。周りばっか幸せにして、自分は幸せになれないタイプだろ、あれ」
「そ、そういうものですか……?」
「実際今だってエリーゼの心配ばっかりで、自分の事は二の次になってるだろ。ジュードを誘って二人でこうやって空中滑車にでも乗ってりゃいいのにな」
そう言って窓の外を眺めていたアルヴィンが座席に視線を戻すと、きょとんとした顔をしたラスヒィと目が合った。
「どういう事ですか?」
「どうって……、旦那、もしかして気付いてないなんて言わないよな」
「???」
――あ、駄目だこれ、本気でわかってない顔だ。
アルヴィンが呆れた顔で溜息を吐いたのを見て、ラスヒィが慌てる。
「ちょっと、何なんですか」
「これだから天然は……」
「貴方よくそうやって言いますけど、天然ってどういう意味ですか?」
「そこからかよ!」
「侮辱されてるんだろう事くらいはわかりますよ!」
怒りのせいか、はたまた無知を晒した羞恥のせいか、顔を赤くして声を荒げるラスヒィに、アルヴィンが笑い出す。
それを嘲笑と受け取ったラスヒィは、「もういいです」と拗ねたように顔を背けた。
「俺は旦那のそういう所嫌いじゃないぜ」
「私は貴方のそういう所が嫌いです」
「お、じゃあ好きな所もあんの?」
ニヤニヤしながら揶揄い目的で尋ねたアルヴィンに、ラスヒィは窓枠で頬杖をついて何の気なしに答える。
「そりゃあありますけど」
「え」
「戦力面で頼りになりますし、土地勘は今のメンバーの中では一番あるでしょう。思惑はどうあれ旅の中で貴方に助けられる機会は多いですし、他の皆も同じように感じていると思いますよ。例えば最初に貴方と出逢った時に船に引っ張り上げられた事もそうですし、その後キジル海瀑で足を痛めた時も――」
予想外の返しに固まってしまったアルヴィンは、平然とそう述べ始めるラスヒィに手で顔を覆った。
そうだ、そう言えば、旦那はこういう奴なんだった。
同じことを仕事相手に言われれば世辞として聞き流せるし、女性に言われてもよくある口説き文句だとしか思わない。
だがラスヒィに言われると、心臓がムズムズするような感覚に襲われる。
「貴方の場合はルックスも良いですからね、加えてそれだけ話上手となれば言い寄られた女性が貴方に惚れてしまうのも仕方がないでしょう。ですからあまり戯れでエリーゼちゃん達にちょっかいをかけるような事はしない方がいいと思いますよ」
「…………」
「聞いてます?」
頬杖をついたまま横目でアルヴィンを見たラスヒィは、相手が微かに赤面している事に気づいて目を瞬かせた。
「どうしたんですか」
「……おたく俺の事嫌いなんだよな?」
「そうですね」
「なのによく真顔でそんだけ褒められるな」
「私が貴方に抱いている感情と、貴方に対する一般的な評価は別問題でしょう」
「そういうもんかねぇ……」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという考えはラスヒィには無いらしい。懐が広いというか、器が大きいというか。
「……何事も無ければ、私は貴方の事が好きでしたよ。カラハ・シャールでクレインを助けてくれた時の貴方は、誰よりも格好良かったですから」
好きという言葉に浮かれかけたアルヴィンは、久しく聞かなかったクレインの名を聞いて落胆した。
ラスヒィは当時を思い返しているのか、心ここに在らずといった顔で再び遠くを見つめる。
「私ね、こうやって普通の人達のように、友人と街中を歩くのが小さな夢だったんです。私もクレインも、好きに遊び歩けるような身分ではありませんでしたから」
いつか叶えばいいなと、そのぐらいの気持ちではあったけれど。
一度でいいから、クレインとこの景色を観たかった。
「……俺で悪かったな」
そんな夢に思いを馳せていたラスヒィは、アルヴィンのその言葉で現実に引き戻された。
苛立っているようにも、傷ついているようにも見えるその苦し気な表情の理由が分からないラスヒィは、同じような顔で答える。
「誰もそんな事言ってません」
「でも、今隣に居るのがクレインだったら良かったのにって思っただろ」
「……別に、そんな事」
「無理しなくていいって。こんな風に友達の真似事したって、俺は領主様の代わりにはなれねーよ」
滑車が頂上に到着し、停止と共に扉が左右にスライドして開いた。
さっさと降りて先に行くアルヴィンを、ラスヒィが慌てて追いかける。
「私は貴方にクレインの代わりをして欲しいだなんて思ってません」
するとアルヴィンは急に立ち止まり、追い付いたラスヒィは背中に衝突しそうになった体を寸でのところで止めた。
「じゃあ、俺と居る時にクレインの事なんか考えるなよ」
「……ちょっとセンチメンタルになっただけじゃないですか、そんなに怒らなくても」
困惑するラスヒィにアルヴィンは何も言わず、背を向けたまま坂道を下っていくだけだった。