06.追憶の旅路
「あ、お帰りー二人とも」そうして散策を終えて、皆の待つ宿屋に帰ってきたラスヒィとアルヴィンは、テーブルを囲ってエリーゼと談笑していたレイアに迎えられた。
出る前はエリーゼはまだ不貞腐れていた筈なのだが、今はいつも通りの穏やかな雰囲気に戻っている。
アルヴィンと目を見合わせたラスヒィは、戸惑いながらも買って来た物をテーブルの上に置いた。
「これ、なんですか?」
「皆さんにお土産です、宜しかったらどうぞ」
「わ、ありがと〜! ちょうどお腹空いてたんだよね!」
紙袋の中からお茶菓子を取り出してはしゃぐ女子二人とティポに、これはどういう事かとミラ達に目で問う。
「君たちが出掛けている間に一悶着あってな。雨降って地固まる、といったところだよ」
「そうだったんですか……、元気になったのなら良かったです」
「ユルゲンスはまだ戻ってないのか?」
「うん。二人が戻ってきたら様子を見に行こうかって、話してたところなんだ」
「そう言えば、王城の前は結構な行列でしたが……あれは一体何だったんでしょう」
空中滑車を下りた時に見た光景を思い返しながらラスヒィが言うと、部屋に備え付けられているポットで紅茶を淹れてくれているローエンが解説。
「恐らくは謁見を望む民の列でしょう」
「王がわざわざ民と面会するのですか?」
「現在のア・ジュール王は、かつて混乱を極めた国内を、その圧倒的なカリスマで統率した人物だと言われています。陳情を王自らが聞き届けているのも、支持される所以なのでしょう」
「皆の声をちゃんと聞いてくれる、いい王様なんだね」
感心したように言うレイアに、ラスヒィは自国の現状を憂いて視線を落とした。
ラ・シュガルでは考えられない話だ。国王としてどちらが正しいかは定かではないが、もし自分が民の側であったなら、ア・ジュールの方が安心出来るだろう。
(今のラ・シュガルにとってア・ジュールは敵国……、でも、これだけ民に慕われる王なら、戦わず降伏してア・ジュール王の傘下に入った方が、民も兵も幸せなれるのでは……?)
戦争になれば少なからず犠牲が出る事になるだろう。無辜な人々が命を懸けて守るだけの価値がナハティガルに――彼の統治する今のラ・シュガルにあるのだろうか。
暴君も、何の役にも立たない自分のような放蕩息子も、居なくなった方がよほど皆の為になるのではないか。
(……こんな風に考えてしまうのも、自らの使命から逃げている事になるんでしょうか)
幾分表情の明るくなった一行の中で、ラスヒィだけは暗い顔のままだった。
その後、暫しの安息を楽しんだ一行は揃って王城へと向かっていた。
民の列を横目に門の前まで来ると、タイミング良くユルゲンスが現れる。
「ごめんなさい、待ちきれなくて」
「いや、ちょうど良かったよ」
「ワイバーンの方はどうなった?」
「問題なしだ。それと、ミラさんに頼まれた謁見の件だが、ちょっと驚いたよ」
「……?」
「皆の名を伝えたら、逆に陛下が会いたいって仰ったんだ。ひょっとして、ラ・シュガルじゃ有名人なのか?」
「あ、いえ、そんな事は無いと思うんですけど……」
苦笑交じりに答えたジュードはきっと、指名手配の件を思い出しているのだろう。
まさか今話している相手がお尋ね者だとは思わないユルゲンスは、闘技大会の結果が陛下の耳に届いたのだろうかと喜ぶ。
一方で、ラスヒィはそんな二人のどちらとも違う予測を立てて眉間に縦皺を刻んだ。
アルヴィンがア・ジュール王と繋がっている事を知っているミラやローエンも同じことを思ったようで、ユルゲンスの言葉に俄かに表情を険しくする。
「何かの罠だったりしないよね?」
「あまり良い予感はしませんね」
「そうかなー。会えないで帰るよりは良かったじゃない」
ワイバーンの準備をする為に先にシャン・ドゥへと帰ったユルゲンスを見送って、残ったメンバーは円になって思い思いの考えを述べた。
一番事情に通じて居そうなアルヴィンはと言うと、黙ってそれらを聞いているだけ。
「また隠し事か? アルヴィン」
「ったり前だよ。だから俺は魅力的なんだ」
その軽口の意味が分からなかったらしいミラは、呆けた顔でジュードに説明を求めていた。
二人を置いて城の中へと歩を進めるアルヴィンを、ジュードが呼び止める。
「アルヴィン、嘘は嫌だからね」
答えに迷うような間を置いて、アルヴィンは振り向きもせずに答えた。
「お前たちが俺を信じてくれてるってのは、知ってるよ」
ジュードはそれを肯定の意味として受け取ったのだろう、安心したように微笑んでその後を追う。
「……実際、どう思われますか?」
レイア、エリーゼとそれに続いて、残ったローエンがミラとラスヒィに問う。
「警戒はしておいた方がいいと思います」
「同感だ。だが、ア・ジュール王との面会を諦めるつもりはない」
「そう仰ると思いました。では、いざという時の為の備えだけはしておきましょう」
ローエンはそう言って二人から離れると、エリーゼを捕まえて何か話し始めた。エリーゼはそれに頷いて、ティポを謁見の間の守衛に渡す。
「……? 預けてしまって良いのですか?」
「王との謁見に、ぬいぐるみはどうかと思いますので」
そんな理由付けをしつつ、ローエンは周囲に悟られないようにラスヒィにウインクを飛ばした。
それがローエンの"有事の備え"なのだと理解したラスヒィは、納得して謁見の間に続く階段を登った。
(……そう言えば、ここに来るのも二度目ですね)
以前ここに来た時の自分は心身共にボロボロだった。あの時の事をア・ジュール王が忘れていてくれるといいのだが。
そんな事を思いながら階段を登り切ると、何故かそこにはジャオの姿。
「ジャオさんがどうして?」
「わしは四象刃が一人、不動のジャオじゃ」
「四象刃?」
「王直属の四人の戦士です、あの方がその一人だったとは……」
一般市民だと思っていた訳でもないが、直属の戦士というからには、相応の手練れなのだろう。
そんな人がどうしてエリーゼを執拗に追いかけているのかは謎だったが、その問いを発する前に奥の扉が重々しく開く。
出て来たのはラスヒィにとっては暫くぶりとなるア・ジュール王と、黒衣を纏った理知的な顔の若い男性。
「イルベルト元参謀総長、お会い出来て光栄だ」
「まさか、ア・ジュールの黒き片翼、革命のウィンガル……」
ラスヒィは以前来た時に居ただろうかと頭を捻る程度だったが、ローエンにはそうではないらしい。
互いに知り合っているという事は、ウィンガルと呼ばれたこの男も、その道の者にとっては高名な人物なのだろう。
「お前がア・ジュール王か」
「我が字はア・ジュール王ガイアス。よく来たな、マクスウェル」
「お前たちは陛下に謁見を申し出たそうだが、話を聞かせて貰おうか?」
「ア・ジュールで作られた増霊極は、既にラ・シュガルに渡っています。もし両国で戦争が始まれば、取り返しのつかない事態になってしまうんです」
「ほう……。それを伝える為に、わざわざ来たというのか?」
高座に踏ん反り返って座るガイアスに見下ろされ、萎縮気味のジュードがぎこちなく頷く。
「それでわたし達、ラ・シュガルの兵器を壊そうと思ってるんです。それが無くなれば、ラ・シュガル王は戦争が始められないんじゃないかって……。協力とか……してもらえ……ませんか?」
「用件はそれだけか?」
ジュードのピンチに勇気を出したレイアも、威圧的なウィンガルの視線に負けて閉口してしまう。
張り詰めた空気の中、こういった場に慣れているのだろう、落ち着いた様子のローエンが続ける。
「もう一つ、お伺いしたい事があります。以前、王の狩り場にあったという増霊極の研究所の事です」
「あの場所に親を亡くした子供を集め、実験利用していたというのは本当か?」
「ふっ、何を言い出すかと思えば。精霊のお前に関係があるのか?」
「私はマクスウェル、精霊と人間を守る義務がある」
「精霊が人を守るとは、実に面白い事を言ったな」
「貴様は王でありながらも、民を自らの手で弄んだ。違うか?」
ガイアスの気迫は常人ならば耐えられるものでは無かったが、対するミラの気迫も劣ってはいなかった。
圧倒的強者による言葉での攻防を黙って見ている事しか出来ない一行に対し、さして動じた様子のないウィンガルが口を開く。
「その件は全て私に任されている。あの研究所に集められた子供たちは、生きる術を失った者達だった。お前たちが想像するような事は無い、実験において非道な行いはしていない」
「それを信じろというのか?」
「だ、だけど、わたしは……」
黙って居られなかったのだろう、控え目にだが声を上げたエリーゼに、皆の視線が向けられる。
「この娘、例の被験体か?」
「そうじゃ」
「エリーゼはハ・ミルの村でも閉じ込められていたんですよ。それじゃ、あまりにも……」
「非道だと?」
「え、あ、はい……」
勢いに乗って抗議しようとしたジュードを、ガイアスが視線と言葉で黙らせた。
消沈してしまったジュードに、ガイアスは問いかける。
「お前は民の幸せとは何なのか、考えた事があるか?」
「幸せ……?」
「人の生涯の幸せだ。何をもって幸せか、答えられるか?」
「それは……」
「己の考えを持ち、選び、生きること」
「そう、僕もそう思う」
毅然と答えたミラと同意したジュードを鼻で嗤って、玉座に胡坐をかいていたガイアスは立ち上がった。
「俺は違う。人が生きる道に迷うこと、それは底無しの泥沼に嵌まっていく感覚に似ている」
「生きるのに迷う……?」
「そう。生き方が分からなくなった者は、その苦しみから抜け出せずにもがき、より苦しむ。故に民の幸福とは、その生に迷わぬ道筋を見出す事だと俺は考える。――俺の国では決して脱落者を生まぬ。王とは、民に生きる道を示さねばならぬ。それこそが俺の進む道……俺の義務だ」
ラスヒィは、無意識の内に自分が拳を握りしめている事に気付いた。
ガイアスの言葉はこの上なく説得力のあるものだった。特に今の、己の道に迷う自分にとって。
だからこそ、それを体現するガイアスに対し、彼の言う義務を果たせていない自分が情けなかった。
自分は、今の彼の言葉に感動していい立場ではないのに。
彼の言葉に負けぬだけの説得力のある言葉を、ラ・シュガルの民に聞かせなければならない立場の筈なのに。
ガイアスは口を結んで俯くラスヒィを一瞥して、だが何も言わずミラに向き直る。
「お前たちをここに呼んだ理由を単刀直入に話そう。マクスウェル、ラ・シュガルの研究所から鍵を奪ったな? それをこちらに渡せ!」
「断る。あれは人が扱いきれる物ではない。人は世界を破滅に向かわせるような力を前に、己を保つことなど出来ない」
「……俺の言葉が、お前には理解出来なかったと見えるな」
「どれだけ高尚な道とやらを説いたところで、人は変わらない。……二千年以上見てきた」
ガイアスとミラは互いに譲らず、暫くの間、嫌な沈黙が続いた。
「……では、貴方に鍵の所在を聞くとしよう」
それを破ったウィンガルの言葉に、行動で応じたのはアルヴィンだった。
一人前に進み出る彼を見たジュード達の顔に、動揺と驚愕の色が浮かぶ。
「アルヴィン……ウソ……だよね?」
「……ひどいです」
「アルヴィン……」
「すまんね。これも仕事ってやつなのよ」
アルヴィンは飄々とした態度でそれらを受け流して言った。
予想はしていたし、散々彼の非道を見て来たラスヒィには驚きも悲しみも無かったが、信頼を裏切られ傷つくジュード達を見ると胸が痛んだ。
彼が鍵の在処をバラすのと同時に、騒々しく女性が場に飛び込んできた。
何度か見かけた事のある顔だ。プレザと呼ばれたその女性はアルヴィンの顔を見て狼狽えていたが、何用かとウィンガルに問われて当初の目的を思い出す。
「ハ・ミルが、ラ・シュガル軍に侵攻されました」
「なっ……」
「なんですと!?」
「村民の大半が捕らえられ、ラ・シュガルへ送られた模様。殺害された者も多数おります。そしてその場には、大精霊の力と思わしき痕跡が多数ありました」
「……バカな、四大が解放されていれば感知出来るはずだ。――まさか、クルスニクの槍の力……!? ナハティガルは新たな鍵を生み出したのか!?」
「全ての部族に通告しろ、宣戦布告の準備だ! 我が民に手をかける者は、何人たりと許しはしない!」
言うや否や、ガイアスは鬼の形相で部屋を出て行った。
残ったウィンガルは、動揺する一行を見下ろす。
「さて、貴方達はもう用済みになってしまったが……、陛下が精霊マクスウェルを得たとなれば、反抗的な部族も従わざるを得ない」
気が付けば、周囲は兵によって取り囲まれていた。
最初から帰すつもりは無かったのだろう。歯噛みするミラを後目に、ローエンがエリーゼに指示を出す。
「ティポ!」
「今のうちだー、逃げろー!」
兵の腕に抱かれていたティポが勢いよく飛び出して、動転した兵に襲い掛かる。
退路を確保してくれたのだと理解した一行は、先導するティポを追う形でその場から逃げ出す。
走りながらもジュードと揃って玉座を振り返ったラスヒィは、その場に残って涼しい顔で手を振るアルヴィンを見た。