06.追憶の旅路

「や、やっぱり……アルヴィンはウソつきです」

「アルヴィンをダンザイしろー! 引き摺りだせー!」

「何が僕たちが信じてるのを知ってる、だ。アルヴィンなんか……もう!」

珍しく本気で憤るジュードを心配そうに見ていたレイアは、ミラとローエンとラスヒィが比較的落ち着いている事に気付く。
視線に気づいたラスヒィは、心底申し訳ないといった顔で謝る。

「どうしてラスヒィさんが謝るの?」

「……私は、以前からアルヴィンが彼らと通じている事を知っていました」

「え!?」

「……どういう事?」

「ちゃんと説明しろー!」

ラスヒィはミラやローエンにしてきたのと同じように、これまでの経緯をジュード達に――自分が辱められた事は伏せて――説明した。

「そんな大事なこと、どうして黙ってたの!?」

「ジュードさん、ラスヒィさんにも色々と事情があるのです」

「それに君たちに話していたところで、結果が変わった訳でもない」

「それは……そうかもしれないけど」

「とにかく今は逃げなきゃ!」

城の外に出ると、街の至る所が封鎖されていた。
ガンダラ要塞の時と同様に制御石にマナを注ぐ事で強引にロックを解除している間にも後方からは追手が迫り、皆は脇目も振らずに一目散に街の出口を目指す。

だが事はそう簡単には行かず、モン高原に続く道の前には先回りしていたらしいプレザとウィンガルが待ち構えていた。

「私を置いて先に行くなんて、そんな奴滅多に居ないわよ」

「プレザと言ったな、まさかガイアスの部下だったとは。やはりイル・ファンを脱出した私たちは、始めから狙われていた訳か」

「ニ・アケリアじゃ、アルが陛下に貴方達の情報を売ったのよ」

「アルヴィンは……最初から貴方達の仲間だったんだね」

「やめて。あんな男……仲間でも何でもないわ」

悲しそうに言ったジュードの言葉を、それまで勝ち誇った笑みを浮かべていたプレザが一転して冷えた声で切り捨てる。

「……ふふ、私たちの関係はご想像にお任せするわ。けど、アルは組織を渡り歩く、根無し草の一匹狼よ。誰にも心を開かない……信じた方が悪いわ、ボーヤ」

その突き放すような言葉とは裏腹に、声色には憐みや憂いのようなものが感じられた。

(……もしかして、この人がアルヴィンの言っていた以前の恋人、なんでしょうか)

アルという愛称も、アルヴィンの彼女に対する態度も、ただのビジネスパートナーのようには見えない。

今のプレザの発言も、アルヴィンの事を良くも悪くも理解している者のそれだ。ジュード達に同情を寄せるのは、彼女もかつて裏切られた事があるからなのだろうか。

「戦になればクルスニクの槍が最たる脅威となるのは明白……、それが解らぬマクスウェルではないだろう」

「お前たちの縄張り争いに手を貸すつもりはない。あれをお前たち人間が手にすれば、待っているのは悲惨な結末だけだ」

「……随分上から見られたものだな」

抜刀したウィンガルに対抗して剣を抜こうとするミラを制し、ローエンが前に出る。

「おやめなさい。戦巧者と名高い貴方でも、その誉、剣で得たものではないでしょう。若さが見誤らせているのでは?」

「イルベルト殿、それが貴方の限界。古い、故に間違い……逃げ出す!」

気合いの声と共に、ウィンガルの身体から可視化出来るほどの膨大なマナが溢れ出した。
黒かった髪は白く逆立ち、どこか気怠そうにも見えた瞳が大きく見開かれる。

「あれは……!?」

「増霊極!?」

「どうして……!」

「なんだオマエーっ!」

『エリーゼ、誰に向かってそんな口を利いてる? 先輩には経緯を払うものだ』

先程まで普通に話していた筈のウィンガルの口から全く耳馴染みのない言語が飛び出して、突然の変化に警戒していたラスヒィは首を捻った。

「……なんて言いました?」

「これはロンダウ語……!?」

『マクスウェル、捕らえるつもりだったが……殺した方が早そうだ!』

「こうなったウィンガルは怖いわよ」

「ふむ、何を言っているかわからん」

「気にしないでいいわ、すぐに身をもって知る事になるからね!」

ウィンガルが飛び出したのと同時にプレザが魔導書を開き、ジュード達もそれぞれの武器を構える。

動きが早く手数の多いウィンガルと、高威力広範囲の術を使うプレザの組み合わせはかなり厄介だった。
固まっていると纏めて潰されてしまうので分担して各個撃破を試みるも、相手にその考えが読まれているのか、二人は互いにフォローし合える距離を保ったまま離れようとしない。

前衛と後衛を兼ねるラスヒィは、戦況を見て適宜武器を持ち換えて戦いつつ、隙を見て魔術の詠唱を始める。
だが目敏くそれを見つけるウィンガルに妨害され、なかなか術の発動まで至らない。

(……こういう時、いつもならアルヴィンが護ってくれるんですがね)

今はそんな事を言っても仕方がないのだが。改めて彼が居なくなる事のリスクを実感しつつ、ラスヒィは剣に持ち替えた。
だが斬りかかりには行かず、その場で再び詠唱を始める。

『バラバラにしてやる!』

「ラスヒィ! 避けろ!」

ミラ達の攻撃を掻い潜りながらこちらに迫って来るウィンガルを視界に捉えたラスヒィは、ミラの忠告には従わずに詠唱を続けた。
ウィンガルの剣を己の剣で受け止めて、その衝撃に途切れそうになる言葉を必死に繋ぎ留める。

「……っ、天空に座す灼熱の焔よ、流星となりて地の尽くを灰塵と化せ! レイジングサン!」

剣が弾かれ、切っ先が腕を抉ったが、それでも最後まで詠唱を言い切ったラスヒィの術は発動し、太陽の如き炎の塊がウィンガルに直撃した。

膝を着いたウィンガルにジュード達が追い撃ちをかけてくれている間に、護りが無くなったプレザに標的を移す。
相手も負けじと詠唱を始め、互いの精霊術が幾度もぶつかり合っては消える。

「貴方、前にもアルと一緒に居た子よね。随分酷い目に遭っていたみたいだけれど、彼の本性を知った上でまだ一緒に居るなんて物好きね。それとも、甚振られるのが好きなのかしら?」

「そんな訳無いでしょう!」

「なら、どうして陛下の誘いを拒んだのかしら」

プレザが言っているのは、恐らく以前カン・バルクに来た時の事だろう。
ガイアスに救いの手を差し出され、それを取れなかった時の絶望を今でも覚えている。

「別にアルヴィンを選んだ訳じゃありませんよ。ただ、あの時の私はガイアス王の優しさに甘えて良い立場では無かった。それだけの話です」

「……自分に厳しいのね、やっぱりそういう趣味があるんじゃない?」

「ありませんよ!」

「別に誰かに甘えたって、誰も貴方を咎めたりなんかしないわ。皆が皆、独りで強く在れる訳じゃないもの。陛下はそれを分かって下さるわ。……今からでも考え直したらどう? 優しくしてあげるわよ」

何ともまあ魅力的な話だ。だが、ラスヒィはその誘いに魔術の詠唱で答える。

「強情な人。きっといつか後悔するわよ」

ウィンガルを下したジュード達がラスヒィに加勢し、プレザの術の発動を邪魔しながら数の暴力で押し切った。
力尽きた敵二人にミラはとどめを刺そうとするが、城からの援軍が押し寄せてくるのを見て踵を返す。

「……また逃げるのか、イルベルト殿?」

息も絶え絶えになっているウィンガルは、負け惜しみなのか何なのか、ミラを追って駆けだそうとするローエンにそんな言葉を投げた。

「貴方が逃げたから、ナハティガル王は……!」

「……え?」

「……っ」

唐突に父の名が出た事に驚きラスヒィは足を止めてしまったが、ローエンは何も答えず走り去ってしまう。

何の話なのか聞きたいところだが、追われている以上長居も出来ず、ラスヒィも諦めてカン・バルクを出て行った。
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