07.そして地獄の門が開く

追っ手から逃れ、慌ただしくシャン・ドゥの街に駆け込んだ一行は、先に戻っていたユルゲンスと合流した。

カン・バルクでの騒動が伝わっている可能性もあったが、幸いユルゲンスの耳には届いていない様で、彼はいつもの調子で声をかけてくる。

「謁見はどうだった?」

「すまない、ユルゲンス。話はまたの機会にしたい。すぐ発てるか?」

「ああ、出来ないことは無いが……何か急ぐ理由でも出来たのか?」

「うん、ボクたちガイアスに──」

余計なことを喋ろうとするティポの口を、隣にいたジュードが慌てて塞ぐ。

ア・ジュールの国民であるユルゲンスに、国王たるガイアスと対立してしまった事など知られてしまっては、ワイバーンを貸してもらう事は出来なくなるだろう。

騙すようで心苦しくはあるが、他にラ・シュガルへ渡る術は無い。
とにかく今は、カン・バルクの兵が追いつく前に早くここを出なければと焦る皆に、

「急ぐ必要は無くなったよ」

いつの間に来ていたのか、城で別れた筈のアルヴィンがそう告げた。

「奴ら、今頃せっせと山狩りでもしてるからな」

つまり、適当に誤魔化して追っ手を遠ざけてくれたという事らしいが。
ついさっきこの男に裏切られたばかりの面々は、胡乱な顔で相手を見る。

「……手土産のつもりか?」

「土産も何も、仲間だろ? 俺達」

疑心に満ちた仲間達の視線を一身に浴びながら、アルヴィンは仲間内でも際立って意思の弱いジュードに狙いを定めて肩を組む。

「まだ俺の事信じてくれるよな?」

「う、うん……」

「サンキュな、ジュード」

強引にジュードを丸め込むのに成功したアルヴィンは、次いでエリーゼとレイアを見た。
エリーゼは全く気持ちの込もらない語調で、

「お、おかえり……帰ってきてくれて、うれしい……です」

と言って、ティポと一緒にアルヴィンを睨む。
アルヴィンはその様を揶揄うように笑った。

「とにかく、暫く時間は稼げそうですね」

「……事情は聞かない方が良さそうだな。全く、君達と関わっていると飽きないよ」

重苦しい空気を感じ取ったユルゲンスはそう言って、準備が出来たら来てくれと言い残し、一人ワイバーンの元へ。

それについて行こうとするアルヴィンを、ジュードが呼び止めた。

「待って、アルヴィン」

「まーだ納得いってないってか? 他の連中もそういう顔してんな」

「そりゃあ……事情があるなら、説明くらいはして欲しい……かな」

レイアに控えめに言われて、アルヴィンは「しゃーないか」と、城での行動の理由を明かした。

この旅の最初の頃、ニ・アケリアで密かにウィンガルと会っていた事。その時に、いざとなればミラを引き渡すという約束を交わしていた事。

「アルヴィン君ひどい! やっぱミラやジュードを裏切ったんだ!」

「待てよ。確かにあの時は色々考えてたけど、今回は逆にそれが利用できると思ったんだ。ワイバーンの許可が下りたのだって、事前に話を通してたからなんだぜ」

「え……? それって、ガイアスの前で裏切ったのは……」

「そう。あの場で裏切ったフリしてなきゃ、ワイバーンも使えなかったってこと。だから、わざわざシャン・ドゥとは真逆に逃げたって嘘吐いたんだ」

スラスラと語るアルヴィンに、黙って聞いていたジュードの表情はどんどん険しくなっていく。

流されやすく、お人好しではあるが、彼は他者の話を鵜呑みにするような単純な子ではない。
イスラの嘘を暴けたのも、その賢さ故だ。
が、今はその頭の良さが彼を苦しめているのだろうと、ラスヒィは思う。

「僕はアルヴィンを信じたい……けど、まだ……」

「そうだったな。あのプレザという女だ。キジル海瀑の時といい、知った仲だった様だぞ」

「……何が聞きたい?」

「あのプレザって人、どういう人なの?」

苦々しい顔で、アルヴィンは言い渋って他所を向いた。

その心の内──恐らくは、元恋人とのいざこざの暴露を躊躇っている──が何となく理解出来ているのはラスヒィだけで、何も聞かされていないジュードの目には、その態度は不誠実なものにしか映らない。

「アルヴィン!!」

「……なんだお前、泣いて……」

「泣いてなんかない! ただ僕は……僕は……」

真剣な想いが伝わらない悔しさと、適当に扱われる悲しさや憤り。
それらが綯い交ぜになって、胸が苦しい。上手く言葉が紡げない。

つい最近、アルヴィンに全く同じ気持ちにされたラスヒィには、今のジュードの気持ちが痛いほどに分かった。

流石にアルヴィンも参ったのか、観念したように話し出す。

「出会いは、俺がラ・シュガルの情報機関に雇われてた時だよ。あいつはア・ジュールの工作員として、イル・ファンに潜入中だったけどな」

「……それで?」

「その後、個人的に……なんつーのよ。色々あったのは聞かないでくれよ」

ジュードにも、この話題を避けたいアルヴィンの心の内が伝わったのか、素直にその嘆願を受け入れて頷く。

「納得はした。けど、まだ信用し切った訳じゃないからね」

「くくく、ジュード君は可愛いねぇ」

「な、何だよそれ! 僕は怒ってるんだよ!」

「ふむ。アルヴィン、最後に一つだけいいか?」

「なんなりと」

「お前が私達に肩入れする理由を教えて欲しい。メリットがあるのか?」

「今更聞く? 優等生や皆が大好きだからに決まってるでしょーよ!」

大声でそう言い切ったアルヴィンに、真剣に聞いていたレイアはガックリと肩を落とし、ローエンは呆れて肩を竦めた。
エリーゼの心境は、彼女に抱かれたティポが代弁。

「ウソつきやがってー!」

「なんだそれ。ちょっとヒデーじゃねーか!」

酷い茶番だと、やり取りを傍観しているラスヒィは思った。

だが無駄にしか思えなかったこのやり取りのお陰で、最悪だった場の空気は幾分マシなものになり、一行はアルヴィンも連れてユルゲンスの待つワイバーンの檻へ。

「旦那は俺に何か言わなくていーの?」

「ああ、おかえりなさい」

「いや、そうじゃなくて。他の感想は?」

「特に無いですよ。予想していた事なので」

「そうかい……」

至極あっさりと返されて、アルヴィンは先のレイア達よろしく落胆した。
ジュードの様に泣かれてしまうのも困るが、かといって全く気にもされないのは、それはそれでクるものがある。

そんなアルヴィンの心情など心底どうでもいいと言わんばかりに、ラスヒィの視線はアルヴィンではなく三頭並んだワイバーンに向いていた。

「流石にラ・シュガル王都に降りる訳にはいかないぞ。近くの街道にでも降りることになると思う」

「それは構わないが……ワイバーンとこちらの人数が合わないな」

「すまない、貸し出せるのはこの三頭だけなんだ。一頭に大人二人程度なら乗れるから、何とか頑張ってくれ」

「頑張るって……おいおい、まさか自分達で飛ばせって事かよ!?」

船や馬車ならともかく、ワイバーンなど民間人には乗る機会すらそうそう無い。
そして簡単に操る事が出来ないからこそ、ユルゲンス達キタル族のような者が重宝されるのだ。

つまり、素人だけでワイバーンを飛ばすのは、それだけでもかなりハードルが高い。

「えーっと……この中でワイバーンを飛ばしたことある人〜!」

冷や汗を流すレイアの問いに、手を挙げる者は誰も居なかった。
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