07.そして地獄の門が開く
結局、他にどうする事も出来ず、一行は大人しく二人、または三人一組でワイバーンに跨った。組み合わせはミラとジュード、ローエンとレイア、エリーゼとアルヴィンとラスヒィになり、怖いもの知らずのミラが戦々恐々としているジュードを連れて真っ先に飛び立つ。
「だ、大丈夫でしょうか……?」
「頼んでおいて偉そうに言うのも何ですけど、墜落だけはやめて下さいね」
「善処はするけど、もしもの時はヨロシク」
「ヨロシクってなんだよー!」
前にエリーゼとティポ、後ろにラスヒィを乗せて、操縦士として間に座ったアルヴィンは、ユルゲンスに教わった通り、握った手網でワイバーンを叩く。
するとワイバーンは大きく翼を広げ、後ろ足で地を蹴って勢い良く空へと舞い上がった。
振り落とされないように、ラスヒィはアルヴィンの背中越しにエリーゼを抱き締める。
乗客の事などお構い無しに、ワイバーンは凄まじいスピードでグングンと上昇していき、ついさっきまで足下にあった地面は一瞬で見えなくなった。
あちこちから聞こえる悲鳴を聞きながら、右へ左へ振り子のように揺れるワイバーンを、アルヴィンは必死で落ち着かせようとする。が、なかなか上手くはいかない。
「アルヴィン! もうちょっと何とかならないんですか!?」
「まっすぐ飛んで欲しいですー!」
「ちゃんと操縦しろー!」
「うるせえ! 黙ってろ!」
三頭のワイバーンはア・ジュールの国土を離れ、ラ・シュガルの大地を目指してデタラメな動きで海の上を飛んでいく。
岩礁や断崖にぶつかりそうになりながらも何とかそれらを凌ぐと、荒ぶっていたワイバーンは雲海の上でやっと大人しくなった。
閉じていた目を開けば、辺り一面に青く澄んだ空が広がる。
「わあ……!」
「ピカピカだ〜!」
見惚れるエリーゼやはしゃぐティポと同じく、アルヴィンもその景色に魅入っていたが、背後がやけに静かな事に気付いて「大丈夫か?」と声を掛ける。
「…………」
「旦那?」
「…………」
「おーい。生きてるか?」
「生きてます……逆にどうしてそんなに平然として居られるんですか……?」
縦に横にと揺さぶられ、ぐったりとしていたラスヒィは、風に煽られてボサボサになってしまった髪を整えながら、顔を上げて皆と同じものを見た。
光芒に照らされた白い雲に青い空。
雲間から僅かに覗く地上の景色。
「……あれ……?」
「どうした?」
「あ、いえ。ただちょっと……何だか懐かしい気分になって……」
「懐かしい? ワイバーンに乗るのは初めてなんじゃなかったか?」
「そうですね……その筈なんですが……」
「?」
アルヴィンは首を傾げていたが、ラスヒィ自身も何故この景色に懐かしさを感じるのか分からずに戸惑っていた。
見覚えなどある筈がない。雲の上の景色など、それこそワイバーンにでも乗らないと見ることなど出来ない筈だ。
けれど、この景色はよく知っている気がする。
「──なっ、何だコイツは!?」
一体いつ何処で見たのだろうと、ぼんやりと考えていたラスヒィは、アルヴィンのそんな驚きの声で我に返った。
見れば、ワイバーンよりも遥かに大きなドラゴンが、すぐ目の前に居る。
「ひっ!?」
「デカ過ぎー!!」
「くそっ!」
アルヴィンは手網を引いて、間一髪のところでドラゴンの攻撃を躱した。
ラスヒィは応戦しようとしたが、ワイバーンで飛び回っている状態では、上手く狙いを定める事すら出来ない。
「このままじゃ落とされちゃう!」
「降りよう、皆!」
ジュードの合図でそれぞれが降下を始め、ドラゴンがそれを追う。
ミラは巧みな手綱捌きでドラゴンが吐き出す火の玉を避けていたが、やがてそのうちの一つに被弾してしまう。
「ミラさん!」
「ジュードッ!」
二人を乗せたワイバーンは制御を失い、そのまま地上へと落下していった。
落ちた先はカラハ・シャールの街中で、突然空から降ってきたワイバーンに民衆が騒然となる。
「旦那! 先行くから後は任せた!」
「は!? ちょっ、無茶言わないで下さいよ!」
アルヴィンは手綱を放り出してワイバーンから飛び降り、ラスヒィは彼に代わって宙を舞う手綱を握った。
だが、ここからどうすればいいのか分からない。このままではミラ達の二の舞になってしまう。
「ティポ! エリーゼちゃんを飲み込んで下さい!」
「ええ!? エリーゼを食べるのー!?」
「いいから早く!」
もうイチかバチかだ。
ティポが頭からエリーゼを飲み込んだのを見届けてから、ラスヒィは全力で手綱を引いた。
それにより、降下していたワイバーンは地面スレスレで軌道を変えて、ぐるんと空中で一回転し、乗っていた二人は振り落とされる。
ティポはゴムボールのように数回跳ねて転がり、クッションの役目を終えると、中にいたエリーゼを吐き出した。
「ラスヒィ! 大丈夫ですか!?」
「痛た……な、何とか……」
着陸成功、とは言い難いが、エリーゼを無事に降ろせただけマシとしよう。
ラスヒィはそんな風に自分の健闘を讃えつつ、強打した背中を摩って起き上がる。
先に降りた面々は、早くも追いついたドラゴンと交戦していた。
ラスヒィとエリーゼもそれに加わり、何とか勝利を収める。
「ミラ、ジュード! 二人とも無事!?」
「ああ、大事無いよ」
「僕も平気。でもアルヴィンが……」
申し訳なさそうに言うジュードの視線の先には、膝を着くアルヴィンの姿があった。
聞けば、墜落直後で動けなかったジュードを庇って、ドラゴンの攻撃を受けてしまったらしい。
それでさっき急に飛び降りたのかとラスヒィが納得していると、騒ぎを聞きつけたドロッセルが兵を率いてやって来た。
「エリー!? どうして……」
「ただいま……です」
「お嬢様」
「ローエン……それに皆さんも……」
状況が飲み込めていないまま、見知った顔触れを順に見たドロッセルは、最後にラスヒィと視線を合わせる。
「ラスヒィ……」
「……ドロッセル、その……」
ドロッセルと顔を合わせるのは、クレインを亡くしたあの日以来の事だ。
合わせる顔が無いと、録に挨拶もせぬまま出て来てしまった事もあって、どう振る舞えばいいのか分からず惑うラスヒィに、ドロッセルは一先ず怪我人の治療が先だと皆を屋敷に招き入れた。
「それじゃあ、やっぱり開戦するって噂は本当なのね……」
負傷したアルヴィンやワイバーンの治療が終わるのを待ちながら、広間の小さなテーブルをラスヒィと共に囲んでいたドロッセルは、彼から諸々の経緯を聞くなり暗い顔でそう呟いた。
ラ・シュガル軍がハ・ミルを襲った事は、カラハ・シャールまで伝わっていたらしい。
先の騒ぎですぐ出て来られたのも、ア・ジュール軍が攻めて来た時の為にと、予め備えておいたからなのだとドロッセルは語る。
「待ってくれ。それじゃあ、もしもの時は君は戦うつもりなのか?」
「勿論よ。街の皆が殺されるのを、ここで黙って見ている訳にはいかないもの」
「駄目だ、危険過ぎる。君は精霊術もあまり得意では無いだろう。ア・ジュールでは増霊極の研究も行っていたし、君一人でどうにかなるような相手では……」
「それでも、今は私がこの街の領主なの。民を見殺しには出来ない……きっとお兄様も、同じ事をする筈よ」
「それは……けれど、もし君にまで何かあったら私は……」
護れなかった事を思い出して、ラスヒィは組んでいる指に力を込めた。
ドロッセルは心を痛める幼馴染を慰めるように、その手に優しく触れる。
「私だって、ずっと心配していたのよ。ラスヒィったら、何も言わずに出ていくんだもの」
「……すまない。あの時は……その、気が動転していて……」
「分かってるわ。けれど、分かっているからこそ、あの時はとても怖かった。あのまま、貴方まで居なくなってしまうんじゃないかって……もう戻っては来ないんじゃないかって、私、毎日不安で……っ」
ドロッセルの声が震えた。
零れた涙を指で拭う姿を見て、当時の彼女がどんな心境だったのかを今頃知ったラスヒィは、指を解いて乗せられた手を握る。
「っごめんなさい、泣くつもりは……ただ、貴方の顔を見たら、何だかホッとして……」
気合いで涙を引っ込めたドロッセルは、ラスヒィに笑顔を向けた。
子供の頃から変わらない、見る者を安堵させる優しい笑顔。
「お帰りなさい、ラスヒィ」
彼女と同じく、張り詰めていたものが解けて溢れそうになる涙を堪えながら、ラスヒィも笑顔を返した。
「……ただいま、ドロッセル」