07.そして地獄の門が開く

それから一時間ほど。
ドロッセルからワイバーンの治療が終わったとの報せを受けた一行は、元気になったワイバーンと共に広場に集まる。

「アルヴィンは?」

「まだ来てないみたい」

「……また、ウソつく準備ですよ……」

未だ裏切られた怒り悲しみが抜けていない様子のエリーゼは、不貞腐れた様子でそう呟いた。

ジュードは「そんな筈ないよ」と、励ましともアルヴィンのフォローとも取れる発言をしたが、ミラは疑心暗鬼の状態を看過してはおけないと、改めて皆に問う。

「他の者は、アルヴィンをどう思う? この先の戦いを共にしていいのか?」

「……お母さんの事で頑張ってるんだから、私は応援してあげたいな」

「私は、彼自身このままで居るのか、とても心配しています」

レイアとローエンはそう答えて、エリーゼは答えるまでもないとそっぽを向いたが、

「でも、ボクを悪いヤツから取り戻したのは、アルヴィンなんだよねー」

と、彼女自身も気づいていなかった本心を、ティポが代わりに答える。

「ミラはどう思っているの?」

「真意が測れない以上、油断は出来んが……戦いにおいては、こと信頼している」

「確かに、アルヴィン君が居るのと居ないのとじゃ、全然違ったもんね」

「君はどうだ、ラスヒィ。良くも悪くも、奴のことを一番理解出来ているのは君だろう」

「ええと……そうですね、概ねミラさんと同じ意見なのですが……付け加えるとすれば、先のワイバーンの墜落事故の時にアルヴィンが取った行動は、信じても良いと思うんです」

「……ん? どの事だ?」

「ジュード君が危ないのを見て、咄嗟に庇った事ですよ。あれは信用を得る為の演技の類ではなかったと、私は思います」

元々は利用する目的でミラやジュード達に近付いたのかもしれないが、今のアルヴィンは少なからず、彼らに情が移ってしまっているのだろう。

そうでなければ、あの切迫した状況で、身を呈して庇いに出て行ったりはしない筈。

「ですからその……悪い面ばかりでは無いかと。何より、これからやろうとしている事を考えれば、私は彼が居てくれた方が助かります」

「だってよ。って事で、ついて行ってもいいよな?」

いつから聞いていたのか、そう言って場に現れたアルヴィンにエリーゼはムッとしつつ、今のラスヒィの言葉を振り返る。

「これからやろうとしている事……ラスヒィ、それにローエンも……本当に戦うんですか……?」

「お父さんで、友達なんでしょー?」

「……ナハティガルがこうなってしまったのには、私にも責任があります。私は、私の覚悟を持って戦います」

「ローエン……」

「頑張ろうね、ローエン! 私も頑張るから!」

「骨は拾ってやるよ、じーさん」

「その時は、宜しくお願いします」

「……マジに取るなよ」

軽い気持ちで言ったことを後悔していそうなアルヴィンに、そんな顔になるくらいなら言わなければいいのにと苦笑しつつ、ラスヒィも答える。

「そんな事にはさせません。……私はもう、父のせいで誰かが死ぬところは見たく無いんです」

黒匣の犠牲者、ハ・ミルの襲撃、始まろうとしている戦争、クレインの死。

取り返しのつかない事は数多くある。
それでも、だからこそ、これ以上その数を増やしてはならない。

「ラ・シュガルの王家に名を連ねる者として……ナハティガルの息子として、クレインの友人として。私は私の成すべきことを果たします」

「そうか。では聞こう。君の成すべきこととは何だ?」

「ナハティガルを止めて、ラ・シュガルの民を護ること。それが皆さんとの旅で見つけた、私の成すべきこと≠ナす」

毅然と答えたラスヒィに、ミラは彼の成長に驚きと喜びを感じて微笑む。

「……それが君の答えなのだな。ならば、私はそれを見届けよう」

「僕も一緒に戦うよ。ラ・シュガルの一国民としても、ラスヒィさんの考えは支持したいし」

「ボクも応援してるよー! ローエンもラスヒィもガンバレー!」

ローエンと一緒に笑顔でそれに応えたラスヒィは、見送りに来てくれていたドロッセルに向き直る。

「という訳で、私は彼らと一緒に行くけれど……すまない。こんな大変な時に、また君を一人に……」

「いいのよ。ただ……お兄様の為にも、必ず生きて帰って来てね。ローエンもよ」

「はい、お嬢様」

「世話になったな、ドロッセル。──さあ、行くぞ!」

そうして、一行はワイバーンに跨り、再び大空へと飛び出して行った。
ドロッセルは、街の人々や兵士と共にそれを見送る。

(……これで良かったのよね、お兄様)

本当のことを言えば、ラスヒィにはここに残っていて欲しかった。
自分が心細いからという理由では無く、彼がナハティガルと戦い、傷付くのを見たくないから。

子供の頃から彼を見てきた自分は、彼が兄のように強くは無い事を知っている。
自分以上に箱入りだった彼は、肉体的にも精神的にも、己を守る術を知らぬままに育ってしまった。

それ故に、単身家を飛び出して来たのだと本人から聞いた時や、クレインの死後に怪しさ満点の傭兵と共に何処かへ行ってしまったとローエンから聞かされた時は、心配の余り目眩がした。

けれど、先程皆の前で覚悟を語っていたラスヒィからは、そんな弱々しさは感じられなかった。

旅の中で何があったのかは知らないが、彼は変わったのだ。
やりたい事を見つけられたというのなら、自分は友人として、その背を押してあげたい。それがどんな結果を招いたとしても、受け入れて讃えてあげたい。

(きっと貴方も心配していると思うけれど……どうか見守ってあげてね)

ドロッセルは神に祈る代わりに、天に居るであろう兄にそう願った。






王都に隣接するバルナウル平原にワイバーンを降ろし、一行は無事イル・ファンに到着したのだが、何故か街は騒然となっていた。

自分達の動向がバレたのかとも思ったが、道の脇で子供が泣いているのを見るに、街で何かあったのだろう。

「ねぇ、あっち!」

その原因はレイアが見つけた。
彼女が指した方角を見れば、黒い煙が上がっている。

「あっちは……」

「研究所だよ!」

この街で研究所、と言えば、クルスニクの槍が置かれていたラフォート研究所しかない。
近くまで来てみれば、恐らくは中に居たのであろう職員や兵士達が外に避難して来ていた。

怪我人も何名か居るようで、ジュードはそのうちの一人に駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

「先生……ジュード先生なのか……?」

名前を呼ばれたジュードは、倒れている男の顔を隠している甲冑を外した。

「エデさん……?」

「ジュード君のお知り合いですか?」

「うん。ここの警備兵で、僕の患者さん。それより、酷い怪我……」

「聞いてくれ。研究員の中に、ア・ジュールのスパイが紛れ込んでいた。逮捕しようとしたら……そいつらが実験室を爆発させて……」

そいつら、という事は、スパイは複数人居るのだろう。ジュードの隣で話を聞いたラスヒィは思案する。
平時ならば研究成果を盗みにでも来たのかと考えるが、今このタイミングでア・ジュールからのスパイとなると──

「……ガイアス陛下は槍が研究所にあることは知っていましたよね。私達がカラハ・シャールに居た間に、彼の部下にでも先回りされたのでしょうか」

「その可能性はあると思う」

「急いだ方が良さそうだな」

ガイアスは槍の鍵を欲しがっていた。
単に戦力を削ぐ目的ならばまだ良いが、戦争に使うつもりなら、ラ・シュガルの敗戦は確定的なものになる。

そうなっては困ると、ラスヒィは先んじて研究所内に向かった。
ジュードもエデを兵士に任せて、ミラ達と共にその後を追う。

槍の在り処は分かっている。
記憶を頼りに、ミラ達と初めて出会った部屋の前まで来たラスヒィは、固く閉ざされた扉の前で止まった。程なくして、ミラ達も合流する。

「ここ……ですか?」

「ええ。ただ、ロックがかかっていますね。先に入ったスパイが何かしたのか……この騒ぎですから、職員が操作した可能性もありますが……」

「この中に入るのは、ちとキツイぜ」

どうしたものかと足踏みする一行を他所に、ミラは一人剣を抜いて前に出た。
そして、目の前の扉を何度も斬りつける。

「すぐそこに、クルスニクの槍がありながら……!」

「……きっと他に方法があるよ、探してみよう」

悔しげに奥歯を噛むミラをそう宥めて、ジュードは他の部屋を調べてみようと提案。
皆はそれに従って、ロックのかかっていない部屋を順番に見て回る。

多くはただの研究室だったが、ちょうどクルスニクの槍が置かれている場所の上にあたる部屋で、一行はガラス製の円柱が並んでいるのを見つける。

水槽のように水で満たされ、発光樹のような光を放つそれらの中には、あろうことか人間が閉じ込められていた。

まるでホルマリン漬けにされた生体標本のようで、初めてその光景を見たラスヒィは愕然とする。

「な……何ですか、これは……!?」

「……わからない。けど、僕は前にも見たことがあるんだ。その時は、中に閉じ込められてた人が溶かされるようにして消えちゃって……」

「大丈夫か!?」

ジュードの説明の途中、ミラが床に倒れている人陰を見つけて駆け寄る。
それがハ・ミルの村長であると気付いたエリーゼは、その傍らに膝を着く。

「村長さん!」

「しっかりしてよー!」

「ああ……! 皆が……氷漬けにされる……! やめてくだされ……!」

嗄れた声で、うわ言のようにそう呟いた老婆は、まるで集っていた微精霊が散っていくように崩れて、跡形もなく消えてしまう。

「ハウス教授の時と一緒だ……」

「村の人達が氷漬けにされるとは、一体……ガイアスの所で聞いた大精霊の力でしょうか?」

「ですが、四大精霊の属性は地水火風でしょう。それとは別の大精霊を、ナハティガルが従えているという事ですか?」

「そもそも、あの状態での言葉だから、どこまでアテになるか……」

「何れにせよ、許せることでは無いな」

村長の死に涙を流すエリーゼの頭を撫でながら、ミラが険しい顔で言った。
一方、考え込んでいたジュードは、部屋の隅に置かれていた端末を見て閃く。

「そうだ、あれなら……!」

慣れた手つきで端末を操作したジュードは、画面に映し出された映像を皆にも見せた。
そこには、先程は入れなかった例の部屋──槍の置かれていた部屋の内部が映っている。が、

「……何も無いよ?」

「あれ……? 場所は合ってる筈なんだけど……」

「クルスニクの槍が消えている……先のスパイによる爆発で破壊されたのか?」

「ですが、それなら残骸が残っていてもおかしくは無い筈」

「では、その前に何処かへ運び出されていた……そう考えるのが妥当なところか」

「ですが、あんな大きな物を普通に持ち出せば、人目に付きますよ。スパイにも気付かれてしまうと思いますが……」

当時の映像が残ってはいないだろうかと、ジュードは過去の記録も探る。
すると、研究員にはとても見えない派手な格好をした少女が、部屋の近くで兵に声をかけられている様子が映る。

「この女、確か前にここで……」

「そうだよ。突然、僕達に襲いかかってきた子だ」

「おい、女が何か取り出したぞ」

アルヴィンのその発言の直後、画面の向こうで爆発が起こった。
轟音と共に映像は乱れ、そこで途切れてしまう。

「……素性がバレて爆破した様だな」

「けど、ア・ジュールのスパイなんだよな? 俺なら素性がバレたとしても、自分をこんな危険には曝さないぜ。敵にしてみれば、死体だって貴重な情報源だからな」

「それなら、エデさんに見つかったのは偶然で、以前から槍の爆破を計画してたんじゃない?」

「この方も、クルスニクの槍がここには既に無い事を知らなかった可能性がありますね」

「となれば、今頃は運び出した場所に向かっているか、或いは……」

「運び出された場所を探してるね」

記録によると、爆破事件があってから、まだそれほど時間は経っていない。
この少女を捕まえれば何か情報が得られるだろう、との事で、一行は彼女がまだ街中に居ることを期待して、研究所を後にした。
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