07.そして地獄の門が開く
「居たぞ、赤服の女だ」未だ騒ぎが収まらず、人の往来が絶えないイル・ファンの街の片隅に探し人の姿を認めたミラは、通り過ぎかけた皆を呼び止めた。
恐らくは仲間なのであろう、研究員に扮した者達もミラに気付いて、背を向けていた少女が一行に振り返る。
「あんたは……! アハハハハ! 漸くあんたを殺れる日が来た!」
「恨みたっぷりのところを悪いが、聞かせてもらいたい事がある」
「アハハハハ! バーカ、答える訳ないだろ!」
言っている内容を除けば無邪気な子供にしか見えない相手に、この子が本当にア・ジュールのスパイなのだろうかとラスヒィは訝しんだが、その後ろのローエンがそれとは別の事実に気付く。
「あなた……ひょっとして、トラヴィス家のナディア様ではありませんか?」
「なっ……!」
「やはりそうでしたか」
「え、この子がトラヴィス家の……?」
「ラスヒィさんも知ってるの?」
「家名だけは存じてます。私やドロッセルと同じ、ラ・シュガルの代表貴族、六家の一つです。私はシャール家以外とは面識が無いので気付きませんでしたが……」
それにトラヴィス家は、数年前の放火事件で一族の殆どが亡くなったと言われている。
その生き残りがどうしてア・ジュールのスパイなどしているのかと問うローエンを、少女は睨み付ける。
「あたしはトラヴィスなんて関係ない! あたしは四象刃、無影のアグリアだ!」
「四象刃って……!」
「つまり、ガイアスの命令で動いているのか。お前はクルスニクの槍を破壊しようとしていたのだな」
「だったら何だよ?」
「私も同じだ。つまり、私達は敵では無い。槍の運び出された場所を知っているなら、教えてくれ」
「アハハハハ! 誰が教えるかっつーの!」
「お願いよ! あなたもあんな危ないもの、壊したいって思うでしょう!?」
レイアの懇願を聞いたアグリアは、高笑いをピタリと止めた。
そして、心底不愉快だと言いたげな顔で相手を見る。
「くせぇな……」
「え?」
「アハハハハ! 決めた〜。槍を壊す前に、ラ・シュガルに向けて一発ぶっぱなしてやるよ」
「な……何言ってるの、あなた。皆一生懸命やろうとしているのに、どうして邪魔しようとするの!」
「アハハハハ! やっぱりくせぇよ、お前!」
「何? 失礼な人!」
「お前、頑張れば世の中どうにかなると思ってるだろ? お前からはそんな悪臭がプンプンすんだよ!」
「頑張るのはいい事じゃない!」
「うっせーブス! 喋るんじゃねーよ!」
「な、なによ〜!」
と、まるで子供の喧嘩のようなアグリアとレイアのそんなやり取りに、緊張を削がれた他の面々は失笑。
結局交渉は決裂し、そのまま戦いになってしまう。
「お貴族様も色々、だな」
「さ、流石に彼女は特異だと思いますが……」
「レイア、なんだかいつもより強い……です」
「めっちゃ怒ってるー!?」
「ええ、棍捌きから怒りがビシビシと伝わってきますね」
アグリアと戦うジュード、ミラ、レイアをサポートしつつ、他の敵を相手取る他4人はそんな会話。
言動はともかく、アグリアの実力は四象刃を名乗るだけのことはあった。
だが他は雑兵と呼んで差し支えない程度で、彼らが倒れると一気に形勢は傾く。
「てめぇら丸焼きだ! 焼き払え、ロギズ・イーター!」
「なんのっ! お母さん直伝──活伸棍・神楽ぁっ!!」
アグリアが精霊術で起こした巨大な火柱を飛び越えて、天高く舞い上がったレイアが棍を術者の脳天目掛けて撃ち込む。
華麗に着地したレイアは「パーフェクト!」と自身の技の出来栄えを評価し、アグリアは頭を押さえてフラフラとその場に倒れた。
逃げられぬよう、すかさずミラが剣を向ける。
「生憎、剣は不得手でな。うっかり手が滑らないよう、よく考えて答える事だ。──槍は何処だ?」
「ちっ……研究所の地下には秘密の通路があって、オルダ宮に繋がってたんだ」
「オルダ宮?」
「ナハティガルの居る城だよ」
「そのような通路があったとは初耳ですね」
「オルダ宮に繋がる地下の通路……って」
──ああ、そうか、それがあったのか。
アグリアの証言でその存在を思い出したラスヒィは、どうして気づかなかったのかと失念していた己を恥じた。
「どうしたよ旦那。もしかしてその通路、知ってたとか?」
「はい……実は私が城を抜け出してくる時に通ったのがその通路でして……」
「ああ、それであの時研究所に居たんだね」
「殆ど知られてはいませんし、滅多に使われることもありませんが……確かに槍を運び出すのにはうってつけです。父なら知っていてもおかしくはありませんしね」
「その通路は何処にある?」
「残念。もう潰されたみたいだよ」
「……使えないか」
と、ミラの注意が一瞬逸れた隙に、アグリアは寝転がったまま器用に足だけを動かしてその場から離脱する。
「あ、逃げるな!」
「マクスウェル、あんたもいつかグチャグチャにしてやるからね! ──それとブス! これだけは言っておいてやる。お前がいくら努力しよーが、報われることなんて無いんだよ!」
「どうしてそんな事あなたに……!」
というレイアの反論は最後まで聞かず、アグリアは言うだけ言ってさっさと退散してしまった。
「なんなのよあの子!」
「オルダ宮か……敵の本陣だな」
「それに、ラスヒィのお家……なんですよね?」
気遣わしげに見上げてくるエリーゼに頷いて、ラスヒィはイル・ファンで最も大きな家樹であるオルダ宮を見上げた。
外の世界を満喫して、気が済んだらただいま、と言って帰ってくるつもりだった場所。
だが、もうそうはいかなくなってしまった。
「……行けるか? 旦那」
「はい。行きましょう」
ラスヒィはそう言って先陣を切り、他の皆がそれに続いた。