07.そして地獄の門が開く

金属がぶつかり合う鋭い音が、謁見の間に響いた。

ミラの剣を、ともすれば大剣のようにも見える槍で弾き返したナハティガルは、背後に回っていたジュード共々、豪快な回転斬りで薙ぎ払う。

「アルヴィンと同じパワー型ですね」

「じゃあ俺の出番だな」

ラスヒィの考察を聞いてジュードとリンクを繋げたアルヴィンは、前に出て彼を狙う刺突を防ぐ。
ナハティガルはアルヴィンの大剣の腹を削るように切っ先をズラし、剣を槍の先に引っ掛けると、そのままアルヴィンを投げ飛ばした。

「おわっ!?」

「アルヴィン!」

彼が飛ばされた先に居たのはエリーゼで、慌てて避難する彼女と、彼女を救出する為に動いたローエンは、詠唱を中断してしまう。

「び、びっくりしました……」

「斬新な妨害の仕方ですね」

アルヴィンが空中で身を翻して受身を取るのを確認しつつ、レイアとリンクを繋いだラスヒィは彼女の動きに合わせて術を発動させる。

地面に立てた棍を軸に旋回するレイアの足が風を纏い、ラスヒィの術がそれを増幅させて竜巻を起こす。
小さな敵であれば上空に吹き飛ばせるだけの威力はあるが、ナハティガルはほんの少し体制を崩しただけ。

その僅かな隙を狙って撃ち込んだ連弩の矢も、手で掴み取られ圧し折られてしまう。

「数なら僕達の方がずっと有利なのに……」

「力のみを追い求めてきただけの事はあるようだな」

ラスヒィはミラとリンクを繋ぎ直し、術の詠唱を同時に始める。
レイアとジュード、アルヴィンは、その時間を稼ぐ為に三方から挟撃。

「霜雪散らし奮え!」

「断命の剣、アゼリアブレード!」

「流るる氷晶、其は天の落涙」

「地を穿て、アイシクルレイン!」

先に発動したローエンとエリーゼの共鳴術に、同属性のミラとラスヒィの共鳴術が重なる。

氷漬けにされたナハティガルをローエンの刃と氷柱の雨が貫き、休む暇を与えずジュード達も畳み掛ける。

「来て、アルヴィン!」

「了解! 魔人連牙斬!」

「ジュード、例のやつ!」

「任せて! 閃破封翼弾!」

三人で素早く共鳴を切り替えて技を繋ぎ、その間に再び後衛が詠唱を始める。

よろけていたナハティガルは槍を振り回して包囲網から抜け出すと、ありったけのマナを注いだ術を槍に込める。

「天上天下唯我独尊! デモンズランス!」

「うわっ!」

「きゃあ!」

「くっ……!」

豪速球のように一行の中心に投げつけられたそれは、闇属性の精霊術を周囲に展開して前衛を飲み込んだ。

圧倒的な威力にジュード達は膝を着き、追撃しようとするナハティガルを、前に出たラスヒィが制する。

「させません!」

「ふん。そんな細腕で、この儂を止められるものか!」

その言葉の通り、ラスヒィが幾ら足を踏ん張っても、ナハティガルの攻撃を剣で受け止める度に、その身体は後ろへと下がっていく。

エリーゼの術で怪我を癒したアルヴィンは、その背中越しにナハティガルへ向けて弾丸を撃ち込んだ。
上空へ躍り出たミラとジュードが、弾を避けたナハティガルを共鳴技で狙う。

「助かりました、アルヴィン」

「こちらこそ。けど、どーするよ? このままじゃジリ貧だぞ」

クルスニクの槍からマナの供給を受けるナハティガルに対し、こちらのマナは底を尽きかけている。今は拮抗していても、時期に崩れるだろう。

それに、戦いが長引くのもマズい。
早く決着をつけなければ、戦争が始まってしまう。

「……次の術に全てのマナを注ぎ込みます。避けられてしまっては困るので、発動直前まで彼の気を惹いて貰えますか?」

「いいけど、それタイミング間違えたら俺も巻き込まれないか?」

「そうですね。ですから──」

ラスヒィはアルヴィンに手を差し出した。
戦闘中のラスヒィのこの仕草は、リリアルオーブで意識を繋ぐことを乞うもの。

「けど旦那、まだ俺と共鳴は……」

無理なんじゃないか、と、シャン・ドゥでの特訓以降、まだ一度も共鳴出来ていない事から言おうとしたアルヴィンは、その途中で言葉を取り消した。

二人のリリアルオーブが、同じリズムで明滅する。久しく見ていなかった色の光が灯っている。

お互いの意思が、想いが、言葉では上手く表現できなかった感情が、リリアルオーブを介して伝わる。

「……やっぱりこれ、何だかちょっとくすぐったいですよね」

そう言ってはにかんで、ラスヒィは詠唱を始めた。
惚けていたアルヴィンは、ややあってから心の内でそれに答えて、剣を手にナハティガルの元へ向かう。

「α、β、γ、δ、ε 、ζ、η。宙に連なる七つの光点。天の中枢より出て、五つを巡り破軍に至れ──」

部屋の天井付近に小さな光が星のように並び、それらを繋ぐように端から端へと線が伸びていく。
アルヴィンはナハティガルがそれに気付かないよう、捨て身に近い猛攻を仕掛ける。

「暗雲を裂く神罰の光──グランシャリオ・レイ!」

ラスヒィが唱え終わる直前、アルヴィンは近くにいたミラとジュードを連れて、ナハティガルの攻撃を避けるような素振りでその場から離れた。

点と点が繋がる度に波紋のように広がっていた魔法陣が完成し、無数の光線が真下のナハティガルに降り注ぐ。

「小賢しい真似を………! この程度の術、クルスニクの槍の力で……!」

と、クルスニクの槍から更にマナを徴収しようとしたナハティガルを、滝のような光の柱が押し潰す。

魔法陣が役目を終えて消えると、攻撃から主を護れなかった槍が、ナハティガルの掌から滑り落ちて転がっていった。

ラスヒィの傍まで戻ってきたアルヴィンは彼に無言で掌を向けて、リリアルオーブのお陰で意図を理解したラスヒィとハイタッチを交わす。

「ぐ……っ、バカ者共が……! 儂を殺せば、ラ・シュガルはガイアスに飲み込まれるぞ……!」

「ですが、王とて罪は償わねばなりません」

「関係あるか! クルスニクの槍があれば……儂は絶対の力を……」

「人の分を超えた力は、世界そのものを滅ぼす。お前も同様だ」

玉座に縋り付くナハティガルにそう静かに告げて止めを刺そうとするミラを、戦いが終わってホッとしていたエリーゼが慌てて制する。

「ミラ待って! この人はラスヒィのお父さんで、ローエンの友達だから……二人に……」

「エリーゼさん……」

「……そうか、分かったよ」

「有難う御座います」

ミラに役目を譲られたローエンとラスヒィは、仲間達が見守る中、前に進み出た。
玉座に凭れたナハティガルは、そんな二人の姿を双眸に映す。

「ラスハイルト……何故理解せんのだ……貴様が今日まで生きてこられたのは、この力のお陰なのだぞ……」

「そうかもしれません。確かに私はずっと、貴方の庇護の下で生きてきた。外に出て、私は己の弱さを痛感しました」

「ならば何故、儂に歯向かう……国と共に滅びるつもりか……?」

「いいえ。私は、この国を護りたいと思っています」

「その為には力が必要だ! だからこそ、儂は力を求めたのだ……! 国を護る気があるのなら、何故クルスニクの槍を破壊しようなどと考える!?」

「あれもこの国を滅ぼす要因と成り得るからですよ! あれは、ラ・シュガルを救ってくれる切り札などではない……全てを滅ぼす、ただの殺戮兵器です……!」

ラ・シュガルもア・ジュールも関係なく、民の命を吸い上げて動く兵器。
そんなものを使って勝利を得ても、後に残るものなど何も無い。

「この世界を、民も精霊も居ない死の大地にする事が、貴方の望みなのですか? 貴方が力を求めたのは、そんな理由では無かった筈でしょう!」

力を求める理由。
必死に訴えるラスヒィを見て、ナハティガルは遠い昔に置き去りにしてきたそれを改めて振り返った。

「儂は……儂はただ、護りたかっただけだ……せめてお前だけは、もう失わぬようにと……」

妹を失ったあの時に刻まれた、強い憎しみと決意。
この世の悪意から己を、大切な者を護る為には、力で全てを支配するしかないのだと。愚かな兄達はそれを自分に教えてくれた。

人の良心、言葉の力、絆。ありとあらゆる綺麗で優しいものは、とても脆くて壊れ易い。
だから力あるものが護ってやらなければならないし、護る者がそれらを信じて命を預けるようなことがあってはならない。

「目を覚ませ、ラスハイルト……貴様が友だ仲間だと信じているその者共は、貴様を利用しようとしているだけだ……」

ラスヒィは首を振った。
実際、そういう面もあるのかもしれない。けれど、彼らとの関係は、決してそれだけのものでは無かった。

「父上。私や貴方も含めて、この世の多くの人々の心には、善と悪の両方が備わっているのですよ。私は、彼らとの旅でそれを知りました」

何かのきっかけで負の感情に呑まれれば、人は簡単に悪事に手を染める。
被害者にはただの理不尽な暴力にしか映らないものにも、加害者なりの理由があるのかもしれない。

アルヴィンがそうであったように。
イスラがそうであったように。
今のナハティガルがそうであるように。

「今の貴方は、貴方の事情を知らぬ民にとっては悪そのものでしかありません。身勝手な理由で貴方から妹を奪った、貴方の兄達と同じような悪に、今の貴方はなってしまっているのですよ。クルスニクの槍の犠牲になった人々や、ハ・ミルで殺された人々にも、家族や大切な人が居た筈です。そうして残された者達は、第二、第三の貴方になる……果てに待っているのは、醜い殺し合いと、この国の終わりです」

人の命をより多く奪うことを強さと呼ぶのなら、そんな強さは要らない。
王に必要な資格とやらが、そんなものであって欲しくは無い。

「貴方が力に固執する原因が私にあるのなら、私はもっと強くなってみせます。貴方が己の心を鬼にして、その手を血で染める必要の無いように……ですからもう一度、人の心を、力を、信じてみては貰えませんか?」

ラスヒィは仲間達に振り返った。
一人一人の力はクルスニクの槍には及ばないかもしれないが、合わさればそれに等しい強さにもなれる可能性を、彼らは持っている。

「民を動力源とした兵器で、たった一人の虚しい勝ちを得るよりも……皆で戦い皆で祝う勝利の方が、ずっと素敵だと思いませんか? クレインだってきっと……もしそうであったなら、貴方と共にこの国の為にと戦ってくれた筈です」

出来るのなら、そんな世界が見たかった。
もう二度と叶わないそんな風景を夢想して、ラスヒィは拳を握る。

「彼は私の友人だったのですよ、父上。私の、誰よりも大切な……」

ナハティガルの目には、クレインは己を脅かす敵にでも見えていたのかもしれないが。
殺す事を、ほんの少しでも躊躇って欲しかった。こちらの言葉に耳を傾けて欲しかった。

涙を堪えるラスヒィを慈しむように、ローエンが震えているその肩に手を置いて、役目を引き継ぐ。

「ナハティガル、私も貴方と同じなのです。背負うべき責任から目を背けた……その過ちを覆す事はもう出来ません。ですが間違えたからこそ、そこから学び、次に活かす事も出来るはず」

「……何が言いたい」

「この国には、民を導く王が必要です。その役目を誰かに託すのなら、それは私達が過去を清算し、己が役目を正しく果たした後では無いでしょうか」

ナハティガルは逡巡の後、彼の言わんとしている事を理解して目を見張った。

「イルベルト、まさか貴様……儂の生み出した業まで背負って……」

「構いません。私と貴方とで、もう一度、ラ・シュガルの未来を……」

「……ローエン……」

本当にそれでいいのかと、ナハティガルはラスヒィを見た。
ラスヒィは笑顔で頷く。

ナハティガルは、フッと全身から力を抜いて、眉を下げて微笑んだ。

「全く……相も変わらず甘い考えだ、ラスハイルト。だが……そうか、お前は……」

お前は、この世界の闇に触れても、その光を失わなかったのだな。

強くなったものだと、ナハティガルはその功績を褒め称えるべく、彼の近くに行こうとして────


突然、飛来した氷の矢に刺し貫かれた。

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