07.そして地獄の門が開く
「皆さん、私から離れないで下さい」崖を降り、いよいよ流沼とご対面したところで、ローエンは持っていた増霊極を起動させた。
皆の足元に一瞬魔法陣が映って、周辺の足場が安定する。
「思ったより視界が悪いね。敵がどこに居るか、全然わからないよ」
「迂回して、安全なルートを探すか?」
「ううん、真っ直ぐに駆け抜けようよ。それが一番早い」
「戦場を突っ切るのですか? 巻き込まれて命を落としかねませんよ」
「ボクたち死んじゃうかもねー」
「恐れるな。今最も恐れるべきは、人間と精霊の命が脅かされる事だ」
それはそうかもしれないが、槍の破壊を前に死んでしまっては元も子もない。
多少時間がかかっても安全を優先すべきではないかとラスヒィは思ったのだが、ミラとジュードはさっさと行ってしまう。
「ミラ、かっこいい〜!」
「……行くしかなさそうですね」
「だな」
腹を括って、残りの五人も先行した二人に続く。
立ち止まっては囲まれてしまうので、一行は敵を蹴散らしながら、ひたすらに高台を目指して走った。
何度目かわからない敵の攻撃を弾いたラスヒィは、相手を見てギョッとする。
「ラ・シュガル兵……!?」
「何するんだ、僕達は敵じゃないよ!」
「ジランド参謀副長より、全軍に通達があった! ラスハイルト殿下と指揮者イルベルトは敵となった、殺してでも排除せよ≠ニな!」
「なんですと?」
「ラ・シュガル戦略要点の破壊など、絶対にさせん!」
そう叫ぶ兵にラスヒィは納得して、しかし大人しく降参する訳にもいかず、襲いかかってきた相手を斬り伏せる。
「すみません……貴方は何も間違っていない。でも……」
「走れ旦那! 次来るぞ!」
アルヴィンに呼ばれ、ラスヒィは血を流す兵に再度謝って、その場を離れた。
彼らは国の為に戦っている。
理由があるにしても、圧倒的劣勢のこの状況下で、最終兵器たるクルスニクの槍を破壊しようとしている自分達は、彼らにとっては裏切り者でしかないのだろう。
クルスニクの槍を破壊して、この戦いをラ・シュガルの敗北で終わらせるのなら、自分はその責任を負わなければならない。勝利に代わる何かを、彼らに与えなければならない。
ラスヒィは戦いの中で、必死にそれを考えていた。
「見て、あそこに兵が集まってる」
「ジランドか?」
「ううん、違う。あれはア・ジュールの……」
「四象刃……」
レイアが指し示した先の人集りを見て、皆が順に発言。
アグリアは居ないようだが、ウィンガル、プレザ、ジャオの三人は、自分達を包囲しているラ・シュガルの兵士達を見事な連携で倒していった。
指揮官を一撃で仕留めて戦いを終わらせたウィンガルは、プレザとジャオと共にミラ達に身体を向ける。
「来たか、マクスウェル」
「……やはり戦場で見える事になったか。悲しい時代だのぉ」
「山狩りは楽しかったわ、アル」
「そいつは良かった」
「ジランドを討ったの?」
「答える義理は無いな」
「ならば話を変えるとしよう。道を空けろ!」
剣を向けて言うミラを、三人は怯むこともなく見据える。
「うふふ。冗談でしょ?」
「槍は破壊する。それでこの戦いはお前達の勝利だろう。何故それで満足出来ない?」
「陛下の望みだからだ。この戦は通過点に過ぎない」
「ここで争えば、貴方達も命を落とすかもしれない。王を支える者が居なくなるのですよ!」
「陛下はお一人でも歩まれるわ」
「貴方のように、後ろに隠れてこそこそ戦うような真似はされない」
「……どういう意味でしょうか?」
「尚、誤魔化されるつもりか? イルベルト殿。民の先陣を切り、戦わねばならない者である貴方は、最後尾に回ってしまった。その結果がナハティガルの独裁を許し、自らの手にかける結末を迎えたのだろう」
ウィンガルの容赦ない物言いに、アルヴィンが「情報早えーな」と呟いた。
ナハティガルと戦ったことも、彼がその後死んだことも、どうやら既に知られているらしい。
大方、アグリアにでも聞いたのだろうと見当付けながら、黙って聞いていたラスヒィは口を開く。
「彼の苦悩も覚悟も、父との間に何があったのかも知らず、ただ外から見ていただけの貴方に、そこまで言われる筋合いはありませんが」
「国にとって、個人の是非など関わり合いの無い事だ。導く指導者が居なければ、民は路頭に迷うだけ……それとも、貴方にはその責任が取れるとでも言うつもりか、ラスハイルト殿下」
「……私の身分をご存知だったのですか」
「陛下から聞いたのよ。まさか王子様だったなんてね」
「それよりも、先の問いに答えて貰おう。陛下と対等に渡り合えるだけの王の器が己にあると、貴方はそう断言出来るのか?」
「それは……」
「……そこで言い淀む様では話にならない。民も、覚悟無き王に付き従う事を望んではいないだろう。故に槍は我らが、陛下の力として貰い受ける」
「確かに私は、王としては相応しく無いのかもしれません。ですが、罪なき人の命を奪うあの兵器を、誰かの手に委ねるつもりはありません。父の過ちが生んだ悲劇は、息子である私が終わらせます」
「そうか。ならば、ここで決着をつけてやる!」
増霊極を起動させたウィンガルの身体からマナが迸り、プレザとジャオが武器を構えた。
ミラ達もそれぞれに武器を取り、それを合図に戦端が開かれる。
「娘っ子は下がるがいい!」
「下がりません!」
「死んでも知らないわよ」
「酷いこと言うなよ」
「貴方に言われたくないわ!」
アルヴィンに向けて放たれた術をラスヒィが打ち消し、アルヴィンはその後ろからプレザに弾丸を放つ。
「貴方、まだその男を庇うの? どんな甘い言葉を囁かれたのか知らないけど、利用されてるだけよ」
「好き勝手言ってくれるねぇ。悪いけど、旦那のことは本気なんだよ。それに、俺と旦那の事は、お前にはもう関係ないだろ」
「────ッ! ああそう。なら、二人纏めてあの世へ送ってあげる!」
プレザは魔導書を開いて、術の詠唱を始めた。
それを阻止しようと単身彼女に向かって行くアルヴィンを見て、ラスヒィは彼と繋いでいたリンクを切った。
「ん? あれ、旦那?」
「アルヴィン、貴方はエリーゼちゃんのサポートに回って下さい。プレザさんは、私が一人でお相手します」
そう言って、ラスヒィは攻撃し損なったアルヴィンに代わって、プレザに矢を撃ち込む。
プレザは詠唱を中断して、魔導書でそれを叩き落とした。
「へえ? どういう風の吹き回しなのかしら」
「アルヴィンが居ると邪魔でしょう」
「邪魔って……俺、何かしたか?」
「いいですから、ほら早く。エリーゼちゃんが困ってますよ」
ウィンガルに狙われて、詠唱も出来ずに逃げ惑っているエリーゼを指して言うラスヒィに、その考えが読めないアルヴィンは首を捻りつつも従った。
「……それで? 彼抜きで、私に何か聞きたいことでもあるのかしら。彼から受けた仕打ちが知りたいのなら、つぶさに語ってあげるけど」
「それは結構です。別にコッソリ聞きたい事がある訳でもありません。ただ、見ていられなかったので」
「気遣い痛み入るわね。昔の女を憐れむなんて、本命様は随分とお優しいこと」
「はい? 何か勘違いしてらっしゃいませんか」
「勘違いも何も、今アルが言ってた事が答えじゃない!」
プレザの攻撃を掻い潜って、ラスヒィは彼女に接近。
連弩を着けているのとは逆の手で剣を引き抜いて、プレザに振り下ろす。
プレザはそれを躱して、素早い詠唱で術を発動させた。
頭上に出現した巨大な水球を、ラスヒィは剣で真っ二つに割く。
「……プレザさん。貴女はまだ、アルヴィンの事が好きなんですね」
「馬鹿言わないで。あんな男の事なんて、もうどうでもいいわ。今の私には陛下が居る。今こうして戦っているのも、彼が憎いからじゃない。陛下の為よ」
「なら、どうしてまだそんな呼び方を続けているんですか?」
魔導書の頁を捲っていたプレザの手が止まった。
ラスヒィも、一度剣を下ろして続ける。
「本当にどうでもいいのなら、そんな愛称、さっさと捨ててしまえばいいじゃないですか」
「…………身に染み付いてるのよ。そう簡単には変えられないわ」
「……私はお二人のご関係について詳しく知っている訳ではありませんが、元は恋人同士だったのでしょう? どうして別れてしまったんですか」
「そんなの、戦場でする話じゃないわよ」
「戦場以外で貴女とお話する機会を頂けるのなら、今は控えますが」
「…………。大した話じゃないわ。私は彼を信じて、彼はそんな私を裏切った。それだけの事よ。彼にとって私は、使い勝手の良い情報源でしか無かったんでしょうね。なのに、そんな男の言葉に乗せられて……私は全てを失ったの」
そして、そんな自分をガイアスは拾ってくれた。
彼も、仲間達も、アルヴィンの様に裏切ったりはしない。自分の居場所はここにある。
プレザは女としての自分を捨てて、四象刃としての勤めを果たさんと魔導書に手を翳す。
「お喋りはここまでよ。──龍精召還、ドラゴネス・スニーカー!」
魔導書から這い出た二体の水龍が、ラスヒィの足元から天に向かって絡み合いながら昇っていく。
それに巻き込まれる形で天高く打ち上げられたラスヒィは、風の精霊術を用いて宙を移動。術が決まって油断しきっているプレザを頭上から剣で襲う。
落ちた影でそれに気づいたプレザは、しかし避ける事は出来ずに地面に倒された。
馬乗りになった状態で、ラスヒィは彼女の首筋に剣を添える。
「……人前で女性を押し倒すなんて、貴方、意外と大胆なのね」
「お嫌いですか?」
「いいえ、悪くないわ」
戯れのようなそんなやり取りの後、プレザはポツリと零す。
「貴方みたいな人も居るのに……どうしてあの時出会ったのが、よりにもよってあんな男だったのかしらね。裏切り者には裏切り者がお似合いって事なのかしら」
「? どういう事ですか?」
「私がアルと出会った頃に居た所はね、嘘と裏切りを得意とするような部隊だったの。私がアルに近付いたのも、最初は彼から情報を聞き出す為だったのよ。……なのに、気付いたら本気になってた。無様なものよね。向こうは作戦が上手く行って、大喜びだったでしょうけど」
彼を信じて、素性を明かして──その直後に、彼は居なくなった。
仲間達が次々と捕まっていくのを見た時のあの絶望は、ずっと色褪せる事は無い。
「でもね……許せないって気持ちもあるけど、私には、彼の気持ちも分かるのよ。私も、ずっと同じだったから……誰とも真っ当な関係を築けないのって、寂しいものよ。私もアルも、恋人ごっこなんてしてたのは、その寂しさを紛らわせる意味もあったのかもしれない」
「…………そうですね。私もそう思います。アルヴィンは確かに、貴女を裏切ったのかもしれませんけど……」
ラスヒィは、ウィンガルと交戦しているアルヴィンを見た。
今だって、仲間のフリをしているだけなのかもしれないけれど。
「貴女と一緒に居た時も、今も。気持ちは、貴女と同じなんじゃないかと思いますよ」
そう言って、ラスヒィはプレザに視線を戻した。
プレザは辛く悲しい笑顔で問う。
「……本当に、そう思う?」
絶望の中で希望に縋るかのようなその表情に、ラスヒィは祈るような気持ちで答えた。
「私は、そう信じたいです」