07.そして地獄の門が開く

「……勝負あったようですね」

ミラ達と共にウィンガルとジャオを制したローエンは、膝を着く彼らを見下ろして武器を収めた。

ラスヒィもプレザに抵抗の意思が無いのを見て、剣を鞘に戻す。

「旦那、怪我してないか?」

「ええ、軽く擦り剥いた程度ですね」

「そりゃ良かった。けど、トドメはきっちり刺した方がいいぜ」

と、アルヴィンは起き上がったプレザに銃口を向けた。
ラスヒィはそれを叩き落とす。

「必要ありません」

「……ほらね。こういう男なのよ。さっきの貴方の考え、ちょっと甘過ぎるんじゃないかしら」

「そうかもしれませんね……」

「さっきのって? 何話してたんだ?」

「無抵抗の女性に銃を向けるような方には教えません。それより──」

ラスヒィはアルヴィンとプレザから離れ、一人道の先を眺めているミラに駆け寄った。
目的地である高台は既に見えている。二人は互いの顔を見て頷き合い、仲間達の方へ振り向く。

「クルスニクの槍まであと少しだ。皆、思うところはあるだろうが……先へ行かせてくれ」





断崖に囲まれた道の行き止まり。
見上げれば、霧の向こうにクルスニクの槍が見えた。そして、自分達の目の前には先客が居る。

「──ガイアス!」

「……そうか。ウィンガル達は敗れたか」

一人その場に佇んでいるガイアスは、ジュード達が来た事によってそれを悟り、背を向けたまま言った。

「やはり貴方も、戦場に赴いていましたか」

「無論。これは俺の道だからな」

迷いなく答えるガイアスはやはり眩しかった。
格の違いに尻込みしそうになる己を心中で叱って、ラスヒィはミラと共に一歩踏み出す。

「ガイアス陛下、お伺いしたい事があります」

「……先に名を聞かせて貰おうか」

「ラ・シュガル王家ファン家が長子、ラスハイルト・I・ファンです」

「そうか。漸くその立場に在る者として俺の前に立つか」

ガイアスは振り向き、腕を組んでラスヒィを見据えた。
ラスヒィも負けじとその目を見詰め返す。

「……いつから気付いていたのですか?」

「初めからだ。だが、あれはお前とは別の人間だろう。お前とは、今が初対面だ」

「? どういう……」

と、言いかけたところで、ラスヒィは意味を理解した。

どうやら、これまでの自分の醜態は無かったことにしてくれるらしい。
敵に塩を送るとはこの事かと、ラスヒィはその懐の広さに内心で猛烈に感謝しつつ、本題に入る。

「貴方がクルスニクの槍を求める理由をお聞かせ願いたい。あれがどういうものかは、貴方もご存知でしょう」

「全ての民を守る為だ。力は全て、俺に集約させ管理する」

「それはただの独占に過ぎない。結果お前も、守るべき民も、槍の力が災いし、身を滅ぼすだろう」

「俺は滅びぬ。弱き者を導く、この意志がある限りな」

「……確かに貴方は、ナハティガルとは違います。その高潔な志を疑っている訳でもない。ですが……ハ・ミルの襲撃を防げなかったように、一人で出来る事には限界があるでしょう。槍が貴方の元にあるからといって、懸念が完全に消え去る訳ではありません」

「それに、お前がいくら力ある者であっても、いつかは必ず死ぬ。その後はどうなる? 遺された者達は過ぎたる力を持て余し、自らの身を滅ぼす選択をする……それが人だ。歴史がそれを証明している」

二人の言葉を受けて、ガイアスの視線がほんの一瞬、僅かに揺らいだ。
だが、その迷いのようなものはすぐに消えて無くなる。

「……ならば俺が、その歴史に新たな道を標そう」

「ガイアス……やはりお前も人間だな」

「そうだ。人間だからこそ俺には、リーゼ・マクシア平定という野望がある……お前は、ただの欲望と捉えるのだろうがな」

「平定……もしそれが成された場合、貴方はラ・シュガルの兵や民を、ア・ジュールの方々と同等に扱って下さいますか?」

「無論。俺の国の民は、皆等しく俺の護るべきものだ」

「それを聞いて安心しました。これで、心置きなく槍を破壊出来ます」

安堵した様子のラスヒィに、ガイアスは理解できないといった顔で刀を抜く。

「お前には、戦に勝たんとする気概や、己が手で民を導かんとする意志は無いのか?」

「ええ。私は将や指導者には向いていないのでしょうね。ですが、私にもラ・シュガルの未来の為に出来ることはあります。それを果たすために、ここに来たんです」

「最後だ、ガイアス。槍は渡さない。どうしても退かないか?」

ミラの問いに、ガイアスは大太刀の切っ先を向けることで答えた。
ミラとラスヒィ、ジュード達も、それぞれの武器を手に取る。

そうして、雌雄を決するべく、両者は同時に地を蹴った。






ガイアスの剣圧が起こした鎌鼬を避けて、一行は間合いを取る。

戦いを始めて暫く、時間と体力だけが削られていく事に焦りを感じながら、ラスヒィは尽きた矢を再装填。

「大した強さだ」

「お前達も、流石と言っておこう。だが──クルスニクの槍は必ず手に入れる!!」

ガイアスは太刀を眼前に据えて、その刀身を撫ぜた。
炎のように煌めくマナを纏った刀。それを霞の構えで握ったガイアス自身からも、同じ赤いマナが滲み出る。

膨れ上がった尋常ならざる闘気は、それだけでミラ達を圧倒した。
大地も空気も何もかも、彼に恐れをなして震え出す。

「ちょっ、アレやばそうだよ!」

「避けるのは難しそうですね……障壁で防げるかどうか……」

「私とエリーゼさんとラスヒィさんでタイミングを合わせれば、一撃ぐらいは凌げるかもしれません」

「でも、わたし達はきっとそれで力尽きちゃいます。だから……」

「あとはジュード達が何とかしてねー!」

「分かった。泣いても笑っても、これが最後のチャンスだね」

持てる力の全てを次の一撃に込めるつもりで、皆が意識を集中させる。
場の緊張が高まり、それが限界に達した時、ガイアスが動いた。

「──さらばだ!!」

「来るよ!!」

だが、双方の全力の一撃は不発に終わった。

剣を振る直前、自身目掛けて飛んできた短剣に気付いたガイアスは、剣の軌道を変えてそれを叩き落とす。

剣が飛んできた方角を睨むガイアスと、つられて同じ方を向いたジュード達は、空を飛ぶワイバーンから飛び降りてくる人の姿を見た。

「そこまでだ!」

「イバル? 何故ここに……」

「ミラ様! 本来のお力を取り戻し、その者を打ち倒して下さい!」

そう言って、イバルは懐から取り出した物を天高く掲げた。
その手からふわりと浮かび上がり光り出すソレは、四大が捕らわれたクルスニクの槍の鍵。

槍が敵の手の内にあろうが、鍵が無ければクルスニクの槍は使えない──その最後の砦を崩されたラスヒィは絶句した。

そして、彼がどうしてここに来たのか、誰が彼をここに連れてきたのかに思い至って、ラスヒィはイバルの登場に全く動じていないアルヴィンを睨む。

「アルヴィン……!!」

「わりーな、旦那。でも、俺もこれだけは……どうしても譲れねーんだよ」

「はははっ! どうだ偽物! お前との違いを見せつけてやる!」

イバルはジュードに向けてそう言うと、制止も聞かず一息で槍の元へ。
長く沈黙を保っていた槍は最後のピースを得て起動し、砲身がその口を開く。

その光景に釘付けになっていたガイアス、ジュード達、そして戦場の兵士達から、槍がマナを吸い上げ始めた。
ラスヒィは剣を地面に突き立てて、倒れそうな己の身体を支える。

止めなければ。その使命だけは果たさなければ。
ただその一心で槍の元へ向かおうとしたラスヒィは、ふと気付く。

クルスニクの槍の銃口が、戦場ではなく空に向けられている事に。

(なんだ……どういうつもりだ……?)

兵器として用いるつもりなのなら、銃口はア・ジュールに向けられている筈だ。
ジランドが敵に寝返ったのなら、ラ・シュガルに向いていなければおかしい。

イバルが操作を誤ったのだろうか? 誤射で終わってくれるのならそれでいいが──ラスヒィの胸騒ぎは収まらない。


何かを見落としている気がする。
何か、とてつもなく重大な何かを────


その感覚はミラも感じていた。
危機感の正体が分からぬまま、二人が見詰める先で、槍はついにその本領を発揮する。

何千、何万という人から吸い上げられたマナは、眩い光線となって雨雲を貫いた。
ぽっかりと空いた雲の穴の向こうで、何かが砕け散る。

キラキラと光を反射しながら降ってくる破片が、ラスヒィの髪に触れて消えた。
ワイバーンで雲海の景色を見た時と同じ感覚が湧き上がってくる。


あんなものは知らない。知らない筈だ。
なのに、今何が起こったのかが、ラスヒィにはハッキリと解った。

目次へ戻る | TOPへ戻る