07.そして地獄の門が開く

「…………断界殻が……破られた……」

ラスヒィの口から無意識に零れたその呟きは、吹き荒れる突風に掻き消された。
大穴の空いた空の向こうから、巨大な戦艦が幾つも現れる。

「そうか……そういう事だったのか。槍は……兵器などでは無かった……!」

やっとその事を知ったミラが、強ばった表情で言った。
一方、何が起こったのか分からず戸惑う他のメンバーは、戦艦からの砲撃で焼かれていく戦場を呆然と見る。

「ついにやった。くくくく……」

槍の近くで皆と同じものを見ていたジランドは、高笑いと共に皆の前に姿を現した。
その風体は、ナハティガルの傍に居た控えめな軍師とはまるで別人。

「ジランド! どうなってる!!」

アルヴィンのその怒声を聞いて、放心状態になっていたラスヒィは我に返った。
ジランドに銃口を向けたアルヴィンを、氷の矢が襲う。

大精霊クラスの氷の精霊術──それを見たガイアスの表情が険しくなる。

「ハ・ミルをやったのは貴様らか?」

「そう。俺の精霊、このセルシウスがな」

ジランドが握る黒匣のようなものからマナが溢れ、冷気を纏った人型の大精霊が具現化する。
ミラはそんな名は聞いたことがないと訝しんだが、ラスヒィはセルシウスの名と姿にまたも既視感を覚える。

ガイアスは標的をミラ達からジランドに変えて、先に撃ち損なった必殺の一撃を放とうとしたが、空から降り注ぐ火の玉に阻まれた。

そして、一行は戦艦から滑空して降りてきた乗組員達に囲まれる。

「何なの……この人達……」

「アルクノアのジランドさんですね?」

「ああ、そうだ。あれが例の女だ、殺すなよ」

「アルクノアだと……? 貴様がナハティガルに黒匣を伝えたのか?」

「そんな……じゃあ、貴方は最初からこの為に……父を利用するつもりで近付いたのですか……?」

ナハティガルはきっと、槍の正体も、ジランドの思惑も知らなかったのだろう。
ジランドはそれらを鼻で笑って、アルクノアと共に何処かへ消える。

衝撃が怒りに変わって、ラスヒィは単身彼を追いかけた。
それに続こうとしたアルヴィンの行く手を、無数の銃撃と黒匣による攻撃が阻む。

「くそ……っ、旦那! 一人で行くな!」

「エリーゼさん!」

「エリーゼから離れろっ!」

敵の攻撃で吹き飛ばされたエリーゼに迫る兵を見て、ミラが剣を手に走り出す。
が、ガイアスはそんな彼女の鳩尾に肘鉄を食らわせた。

「ガイ……アス……?」

「寝ていろ。事態が複雑になる」

気絶したミラを担いで、迫り来る敵を斬り倒したガイアスは、駆け寄って来たジュード達にミラを投げ渡す。

「お前達との決着は後だ。奴らの狙いはマクスウェルのようだ。ここは退け!」

「でも、エリーゼを助けないと!」

「……ローエン、レイア、ミラをお願い。二人は先に!」

そう言って、ジュードは敵を薙ぎ倒すガイアスの脇をすり抜けてエリーゼの元へ。

一方、同じくガイアスが確保してくれた道を通ってラスヒィに追いついたアルヴィンは、ジランドに首を締め上げられているラスヒィを見た。

「ジランド! お前よくも……!!」

当初の予定と違う彼の行い──断界殻を破るだけの筈が、戦艦を呼び寄せて攻撃を始めた事──で募っていたアルヴィンの怒りは、その光景によって爆発した。

ジランドに向けて放たれた弾丸は、セルシウスの術で氷漬けになって失速し、地面に落ちる。

「まあそう怒るなよ。これもエレンピオスの為だ」

「うるせぇ! さっさとその手を離せ!」

「ああ? なんだ、こいつお前のお気に入りか? 確かに綺麗な面してやがるが、男は俺の好みじゃねぇな」

そう言って、ジランドはアルヴィンのものと良く似た銃でラスヒィの頬を突いた。
喉を圧迫されているラスヒィは、まともに呼吸も出来ない苦しさに呻く事しか出来ない。

「お前には感謝してるんだぜ。ナハティガルが槍の研究に協力してくれたのも、お前みたいなひ弱なガキが居てくれたお陰だからな。子供の為に親の為にって……全く、親子ってのはどこも一緒だよなあ、アルフレド?」

再びアルヴィンの銃口が火を吹いた。
ジランドは「馬鹿の一つ覚えだな」と嗤ってそれを避け、セルシウスの氷でアルヴィンの自由を奪う。

「だが、もう用済みだ。役に立ってくれた礼に、ナハティガルと同じところへ送ってやるよ。あの世で精々仲良くやりな」

「待て、やめろ……っ!」

氷から抜け出そうと藻掻くアルヴィンの目の前で、ジランドはラスヒィの心臓に弾丸を撃ち込んだ。
そしてそのまま、彼の体を高台の下へ放り投げる。

「旦那!!」

「くくく……あはははは!!」

嗤うジランドを無視して、拘束を解かれたアルヴィンは急いで斜面を駆け下りたが、その甲斐もなくラスヒィは沼に落ちてしまった。

一度沈めば、浮かんで来るのに十年かかることもあると言われているその流沼の前で、為す術の無くなったアルヴィンは地面に拳を叩き付ける。

その後ろで、未だ兵と戦っていたガイアスの元に、ミラ達との戦いで戦線離脱していた四象刃が集まってきた。

兵に連れて行かれそうになっていたエリーゼもジャオによって救出され、同じく彼女を助けに来たジュードの傍に下ろされる。

「あの……どうして、わたしを心配してくれるんですか……?」

「理由を言えー!」

エリーゼとティポにそう詰め寄られたジャオは、難しい顔で口を噤んだ。
そちらに気を取られている彼の背に、兵が黒匣で雷撃を放つ。

「ぐ……っ!」

「ジャオさん!」

攻撃を受けながらも反撃し、付近の敵を滅したジャオは、血を流しながらエリーゼに向き直った。

「……儂は謝らなければならない事がある。お前の殺された両親だが……殺した野党ってのは……儂だ」

「……え?」

「これ以上、お前を見守ることは出来ないだろう……だから、生きてくれ」

エリーゼの事を頼むとジュードに言って、彼は武器を手にガイアスの元へ向かった。
背後からガイアスに迫る敵を大槌で突き飛ばし、王の隣に並ぶ。

満身創痍の状態で、黙したまま見下ろしてくるジャオを見て、ガイアスは振るっていた刀を収めた。
そのまま敵の大群に背を向けて歩き出し、その場に残るジャオに一言。

「長年、世話になった」

「……皆を、頼みます」

周囲で戦っていたウィンガルとプレザもそれに気付き、二人はジャオに一礼してガイアスの後を追う。

更にそれを追おうとする敵を、ジャオが止めた。

「最期の足掻きじゃ。霊力野、全っ開!!」

ジャオの体からマナが溢れ出て、死の淵にあった肉体に活力が漲る。
その気迫に気圧された兵達はジリジリと後退を始め、ジャオは逃すまいと駆けた。

そして、手に持っていた大槌を、全力で地面に叩き込む。
瞬間、大地が轟き、地面が割れ、兵達は宙を舞った。

土煙が晴れると、そこには巨大なクレーターが出来ていた。
全ての力を使い果たしたジャオは、その手前に腰を下ろす。

上空からそれを見つけた戦艦の一つが、彼に照準を定めた。
指先一つで放たれた砲撃が、その場にあった全てのものを一瞬で焼き払う。

エリーゼと、途中で見つけたアルヴィンを連れて逃げていたジュードは、音と衝撃でそれに気付いた。
ジャオを屠ったのと同じものが、三人の周りにも降り注ぐ。

元々地盤の緩い沼野は、度重なる砲撃を受けてついに崩壊した。
ジュード達と、先に避難を始めていたレイア達は、別々の場所で流沼に飲まれ、散り散りに流されていった。
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