08.嘘吐きは誰?
「――――ラスヒィ、しっかりしろ! 目を覚ませ!」意識が戻った時、最初に認識出来たのは、自分を呼ぶ誰かの声。
少し遅れて、体を揺さぶられる感覚と、地面の冷たさや風の寒さがやって来て、ラスヒィは険しい顔で薄く目を開く。
視界に映ったのは、安堵したように微笑むミラの顔。
「良かった……もう駄目かと思ったぞ」
「ミラさん……? ここは……私は何をして……痛ッ」
起き上がると同時に、胸に鋭い痛みが走った。
反射的に手を当てると、指先が硬いゴツゴツとしたものに当たる。
何かと思えば、服の下に胸を覆うようにして分厚い氷の膜が張っていた。
その中央に突き刺さっていた弾丸が、起きた弾みで転がり落ちる。
「これは……そうだ、確か私は、ファイザバード沼野でジランドに撃たれて……」
「撃たれた? 何があったんだ?」
ラスヒィはこれまでの経緯を思い出せる範囲でミラに語った。
だが、肝心の部分が今一つ分からない。
「この氷は一体……」
「君が自分でやったわけでは無いのか?」
「あの時は詠唱どころじゃありませんでしたから」
「ふむ……ならば状況から考えて、恐らくそれはセルシウスの仕業だろう。奴は氷を操っていたからな」
「だとすれば、何の為に? ジランドに従っている今の彼女が、主の行動に逆らってまで私を助ける理由は無いと思うのですが……」
「気になるのなら、本人に直接尋ねればいい。奴らにはまた会うことになるだろうからな。それより、動けそうなら他の皆を探しに行きたいのだが、どうだ?」
「他のって……そう言えば、ジュード君達は? この場所も……ファイザバード沼野から流されてきたのでしょうが、どの辺りですか?」
「わからない。私も、気が付いた時にはこの近くで一人倒れていたんだ。今のところ、見つけられたのは君だけだ」
「そうですか……分かりました、ジュード君達を探しましょう」
「ああ。敵が彷徨いているから慎重にな」
ミラの手を借りて立ち上がったラスヒィは、体に積もった雪を叩き落としながら、ファイザバード沼野に現れた謎の軍団を思い出す。
「彼らもアルクノアなのでしょうか?」
「いや、奴らはまた別の組織だろう。協力関係にはある様だがな」
「別の組織……ミラさんはご存知なんですか?」
「ああ。あれはエレンピオスから来た連中だ」
「エレンピオス……」
何度か聞いた名だ。直近ではジランドが、少し前にはアルヴィンの母レティシャが口にしていた。
「……ミラさん、エレンピオスとは一体何なのですか? 何処かの都市や土地を指す名前なのでしょうが、私はそんな場所は知りません」
「そうだな……本来であれば、これは人に話すべきことでは無いのだが……こうなった以上、私が知る限りの事を話してもいい。だが、詳しい話は皆と合流してからにさせてくれ。ジュード達にも同じ説明が必要だろう」
「ミラー! ラスヒィさーん!」
ラスヒィが承諾したところで、静かな雪原にレイアの元気な声が響き渡った。
大きく手を振り駆けてくる彼女の傍らには、ローエンの姿もある。
「ラスヒィさん、ご無事でしたか。心配いたしました」
「ミラってば、勝手に居なくなるから吃驚したよ〜」
「あれ、ミラさんは元々お二人とご一緒だったんですか?」
「……そうなのか? 私が起きた時には見なかったが……」
「私とレイアさんは近辺の見回りを行っていたのです。まさかお一人で出ていかれるとは思わず……書き置きを残しておくべきでしたね」
「すまない、迂闊だった。他の皆は?」
皆一緒に居るだろうと思っていたミラとラスヒィは、暗い顔で「……わからないの」と答えるレイアに眉を顰めた。
事情を知らない二人に、ローエンは経緯を説明。
「つまり、あの場に居た人は殆ど流沼に呑まれてしまったんですね……」
「うん……でも、あのまま戦場に居ても危なかったと思う。ア・ジュールの人達が助けてくれるなんて、思ってなかったよね」
「ガイアス王は、国を一つに纏めてその頂点に立つことが目的のようですからね。ラ・シュガルとの戦争も、私達との対立も、ただ弊害を取り除こうとしているだけなのでしょう。戦う理由が無ければ、彼は優しい人なのだと思います。それに……」
ラスヒィは空を見上げた。
遥か上空、分厚い雲に覆われた空の合間に、戦場を焼いた空飛ぶ戦艦が見える。
「ア・ジュールであれ、ラ・シュガルであれ、今戦うべきはあちらでしょうから」
「そうですね……あれは一体何なのでしょうか……」
「意外。ローエンでも見当つかないことってあるんだ」
「勿論。いっぱいありますとも」
三人がそんなやり取りをする間、ミラは浮かない顔でずっと黙り込んでいた。
どうかしたのかとレイアが問うても、「なんでもない」とはぐらかすだけ。
「それよりも、ジュード達を捜そう。きっと近くに居る筈だ」
「では、洞窟を進んでみましょうか」
「洞窟?」
「ええ。こちらです」
先導するローエンについて行ってみると、確かに洞窟の入口らしきものがあった。近付いてみると、寒気が一転して熱気に変わる。
洞窟の中は更に暑く、あちこちに溶岩が流れていた。
皆の髪や服についていた雪も、ラスヒィの胸元に貼り付いたままだったセルシウスの氷も、すぐに溶けて消える。
「これは……あまり長居はしたくありませんね……」
「寒暖差が激し過ぎるよね〜。ここってどの辺りかな? ア・ジュール?」
「見当もつきません。世の中、分からないことだらけですね……」
「……ウィンガルに言われたことを気にしているのか?」
「そうですね……ナハティガルは頑なな男でしたが、民を纏めあげる資質は持っていました。これからのラ・シュガルを考えると、不安でたまりません」
ローエンのその悩みは全く他人事ではなく、ラスヒィも視線を落とした。
ある程度覚悟していたとは言え、いざ実際にナハティガルを喪うと、心細くて仕方がない。
「……などという弱音は、ラスヒィさんの前で言うべきではありませんでしたね。今の話は忘れて下さい」
「いえ……私もきちんと向き合うべきものですから。ラ・シュガルの民や、父に従ってくれていた兵達を、路頭に迷わせるわけにもいきません。何とかしないと……」
とは言え、すぐに解決策が浮かぶはずも無く。ローエンとラスヒィは難しい顔で唸る。
と、不意にミラが剣に手をかけた。
静寂を促す彼女の視線の先には、例の空飛ぶ船と共に沼野に現れた兵が数名。
「ど、どうする?」
「一先ず様子を見ましょう」
一行は岩陰に身を潜めた。
気付いていない様子の兵達は、喋りながら近くまでやって来る。
「マクスウェルを見たか? どう見ても、ただの女だろ」
「あれを捕まえるなんて、チョロい任務だ。殺せないってのが面倒だけどな」
「……やっぱり狙いはミラさんなんですね」
「どうやら二人だけのようです」
「目的とか聞き出せるかも? どうしよっか、ミラ?」
「うむ……だが私達だけで捕らえる事が出来るだろうか?」
いつもなら率先して飛び出していく筈のミラの弱気な発言に、他三人は顔を見合せた。
一方、兵のうちの一人は、別の場所の物音に気を取られ、その場を離れる。
未知の敵とは言え、四対一なら負けることはまず無いだろう。
チャンスだと立ち上がる仲間達に続いて、ミラも意を決して剣を抜いたが、それが近くの岩に当たり音を立てる。
そのせいで、せっかく離れた兵は戻ってきてしまった。
結局そのまま戦いになり、何とか勝利を収めた一行は息を吐く。
「……すまなかった」
「気になさらないで下さい」
「ですが、ミラさんらしくないミスでしたね」
「ああ……私も自分で驚いている」
「……あのさ、ミラ。何かあるなら言ってね。何でもいいの。それで楽になることもあったりするからさ」
気遣わしげに言うレイアに、ミラは考え込んでしまった。どうやら自分でも不調の原因が分かっていないらしい。
一方、ローエンは地面にのびている兵が持っている武器を調べ始める。
「これは……黒匣でしょうか?」
「そう言えば、アルクノアの方々も、戦う時は黒匣の兵器を使っていましたね……」
「ねぇ見て。こっちのこれ、精霊の化石だよ!」
レイアは近くに転がっていた青い石を拾い上げて言った。
先程までは無かったものだ。状況から察するに、黒匣の中に入っていたのだろう。
精霊の化石にはマナが含まれている。これが黒匣の動力源になっているのだろうかと、ラスヒィは考察する。
(……でも、精霊の化石はそう簡単に幾つも手に入るものでは無い筈……沼野に現れた人数分の武器だけでも、相当な数の石が必要になると思いますが……一体どうやって集めて……)
その疑問の答えを示すようなものは見付からなかったので、一行は更に洞窟を進む。
道中、ミラはずっとらしくないミスを連発し、その度に謝罪を繰り返した。
「私は迷惑ばかりかけているな……」
「そういう時もあります。そうお気になさらず」
「……この上手く言葉に出来ない感覚は何だ? 私が集中しようとすると邪魔をする……」
「ミラ、ひょっとして……」
何か思い当たることがあるのか、レイアはそう呟いた後、ミラに尋ねる。
「あのさ……わたし、看護師になりたいのって、ジュードを手伝って働けたらいいなって、そういう不純な動機なんだけど……ミラはどう思う?」
ミラはその質問の意味が分からないといった顔をした後、
「いけないことなのか? 動機がそれほど重要だとは、私には思えないがな。それよりも、やろうとする意思が大切だと思っている。それで納得出来ないのなら、答えが出るまで考えてみるといい。その答えが見つかるまで、私はお前を見放すつもりはない」
と言って、優しく微笑んだ。
レイアは「そういうことじゃないんだけど……」と苦笑しつつも、その励ましには感謝を述べる。
「あれ……わたしの勘違い……?」
「? 聞きたい答えとは違いましたか?」
「え、ラスヒィさんも分かってない感じ?」
「ラスヒィさんは、その分野においては少々鈍感なところがありますから」
「……どの分野ですか?」
その質問には答えて貰えず、ただ笑顔を返すだけのローエンに、ラスヒィは首を傾げた。