08.嘘吐きは誰?

灼熱の洞窟を抜けた先に、広がっていたのは雪景色だった。

方向を誤って入口に戻って来てしまったのかと思ったが、遠くに教会のようなものが建っているのが見える。どうやら別の場所らしい。
近くまで行ってみると、上の方にカン・バルクの王城も見えた。それによって、ラスヒィ達は漸く現在地を知る。

幸い、教会の前でジュード達とも合流を果たした。エリーゼがミラに駆け寄り、レイアはジュードを見て胸を撫で下ろす。
そしてアルヴィンは、ラスヒィの傍へ。

「旦那…………幽霊、じゃないよな?」

冗談とも本気とも取れる声色と表情で言って、アルヴィンはそっとラスヒィに手を伸ばした。
実体があるか確認するように、恐る恐る頬に触れる。

「生きてますよ、ちゃんと」

「……そう、みたいだな。良かった…………」

アルヴィンは深く長い息を吐いて、ラスヒィを抱き締めた。
すぐに解放されたが、彼が人前でこういう事をするのは珍しい。ラスヒィは少し驚きつつも「ご心配おかけしました」と返す。

「でも、どうやって助かったんだ? 流沼に落ちる前に撃たれてただろ」

「それが、私にも何が起こったのかよく分からないんです。撃たれた場所に氷が貼り付いていたので、セルシウスさんに聞いてみようかと……」

「セルシウス……氷の大精霊の名ですね」

そう会話に割って入ってきた見知らぬ女性に、ラスヒィは目を瞬かせた。
尖った耳、背中に生えた紋様のような形の羽。足下を見ると、僅かに宙に浮いている。

「ええと……この方は?」

「ジュード君のツレだよ。詳細はそっちに聞いてくれ」

アルヴィンに話を振られたジュードは、「僕もまだよく知らないよ」と困り顔で答えた。
女性はにっこりと微笑んで名乗る。

「精霊のミュゼと申します。マクスウェル様から、お噂はかねがね……こんな所でお会いするとは思いませんでしたが」

「マクスウェル……つまりミラさんのお知り合いですか?」

ラスヒィが問うと、エリーゼと話していたミラもミュゼの存在に気付く。

「む? 誰だ? 初めて見る者だが……」

「「え?」」

話が違うと、ジュードとラスヒィは揃ってミュゼを見た。
ミュゼは気にした様子もなく平然と答える。

「私は貴女の姉です」

「姉……? 私に姉など居ないぞ」

「どういうこと、ミュゼ?」

「私も話をするのは初めてです。けれど、私達は同時にこの世に生を受けた精霊であることは事実……」

「ふむ……確かに、精霊であることは間違いない様だが……」

それはそうだろう。普通の人間は宙に浮かない。だが、マクスウェルに姉が居るなどという話は聞いた事が無い。
ラスヒィは興味津々な様子でミュゼを観察し、それを見たアルヴィンは「旦那のそういうの久しぶりだな」と苦笑する。

「うふふ。そんなに警戒しないで。姉と偽って貴女を騙す意味など、精霊には無いでしょう? だって、貴女はマクスウェルなのだから」

「確かに、何の得にもならないもんね」

「では何故、ジュードの前に現れた?」

「貴女の彼を思う強い感情が、私を彼の元に召喚させたのよ」

「そんなこと……あるのでしょうか?」

「どうだろうか……確かに私も、夢で声を聞いたりはするが……」

今一つ納得がいかず、ミラは質問を重ねようとしたが、その前に閉ざされていた教会の扉が開いた。

中から出て来た男――ウィンガルは、警戒する一行に対し、「話は後にしてもらおう」とだけ告げて、空を見上げる。
同時に、鐘の音とノイズ混じりのハウリングの音が、辺り一帯に響いた。

「情報通りか……」

『私はジランド。まずは、君達の街に強引に進駐した非礼を詫びよう』

どこから話しているのか。拡声器越しの男の声を聞いて、ラスヒィは沼野での一件を思い出し、眉根を寄せた。
隣を見れば、アルヴィンはより険しい顔で空を睨んでいる。

『だが、我々の目的は支配などでは無い! これは、大国間による最終戦争を回避する為の非常処置だ。諸君の生活と安全は、アルクノアが責任をもって保証しよう! 我々と諸君の願いは一つのはずだ! リーゼ・マクシアに、永遠の平和を!』

「……何も知らなければ、良い演説に聞こえなくも無いですね」

「ふざけた男だ、ジランド……黒匣などを使って、人や精霊に害をなしながら……!」

「……もう、あの者達を討つしか、道は無いのではないかしら?」

「でも、どうするんですか?」

「あいつら、めっちゃ強かったでしょー?」

ティポの言う通り。不意を突かれたとは言え、沼野では逃げるだけで精一杯だった。
無策で挑んでも勝ち目は無い。だが対策を練るには、まだ敵の情報が足りない。

「……アルヴィン、もう知ってること全部話してよ」

「………………」

「アルヴィン!」

ジュードには取り合わず、黙ってその場を離れたアルヴィンは、降りてきた鳥から手紙を受け取って読み始めた。
彼をアテにするのは無理そうだ。ミラは嘆息しながらウィンガルに問う。

「ガイアスは、奴らに抗うのだろう?」

だがウィンガルもその問いには答えず、踵を返して教会の中へ。

「誘っていますね……わざと私達の前に現れるとは」

「僕達を試してるの……?」

「罠……とか?」

新たな脅威の排除の為であれば、敵対関係であれ今は手を組むべきだ。ガイアスもそう考えている可能性はあるが、まだそう易々と気を許せるような間柄でも無い。

渋る皆に、戻ってきたアルヴィンが言う。

「……行こうぜ。ケリつけるんだろ?」

「アルヴィンはイヤーッ! また裏切られる〜!」

騒ぎ立てるティポを無視して、アルヴィンは真剣な顔でミラの前に立った。

「もう裏切らない……約束する」

「信じろと言うのか?」

「ジランドは許せねぇ……頼む、俺にジランドを殺らせてくれ。次にもし裏切ったら、迷わずお前の剣を俺に突き立ててくれてもいい……だから、俺も一緒に行かせてくれ」

「……ダメだと言ったら?」

「…………。……俺だけでも奴を殺る」

「そんな、無茶ですよ」

思わず声が出たラスヒィをミラは一瞥し、悩んだ末に同行を許可する。
謝罪と礼を述べるアルヴィンに、残ったメンバーはヒソヒソと話す。

「アルヴィン、何かあったのかな……」

「何だか様子がおかしいよね」

「さっきの手紙、何だったんでしょうか……」

それを聞きながら、ラスヒィも手紙の内容について考えを巡らせる。

あの手紙が届くまでは、アルヴィンはジランド達とこちら側、どちらに味方するか悩んでいるようにも見えた。
それがこちらに傾いたという事は、ジランドから何か嫌な報せでも届いたのだろうか。

色々と気になる点はあるが、とりあえず今はガイアス達の意向を聞こうと、一行はウィンガルを追って教会の扉を開いた。
中にはガイアスと、今は三人に減ってしまった他の四象刃の姿もある。

「来たか」

「……結局その男を信じると言うのか。意外と甘いな、マクスウェル」

同行しているアルヴィンを見たウィンガルが、呆れた様子で言った。
ミラはそれを受け流して尋ねる。

「私達をここへ導いた狙いは何だ?」

「我らは奴らと雌雄を決すべく、立つ。お前達が勝手に奴らに挑むと言うのなら、それはそれで良い」

「だがその前に、お前には話して貰うぞ。お前がひた隠しにしてきた、断界殼の事をな」

多くの者は聞きなれない単語に首を傾げたが、ラスヒィにはやはりその言葉が馴染みのあるものに聞こえた。
ミラは観念した様子で語り始める。

「今から二千年前……このリーゼ・マクシアは、私の施した精霊術、断界殼によって、閉ざされた世界として生まれた。すべては、精霊と人間を守るために……」

「この世界が……ミラに創られた世界?」

「びっくりー! 神様みたい!」

「……閉ざされた、と言ったな。それでは、断界殼の外にはまだ、世界が広がっているというのか?」

「うむ。その世界を、エレンピオスと言う」

「…………!」

ラスヒィは息を呑んだ。
エレンピオス。空から来た未知の敵の出処。アルヴィンの母レティシャが言っていた、アルクノアや彼女達の――アルヴィンの故郷。

外の世界と言われても上手く想像がつかないが、アルヴィンが否定しないという事は、ミラの説明は正しいのだろう。

「クルスニクの槍について、私は大きな思い違いをしてしまった……奴らはナハティガルに兵器と伝え、謀り、断界殼を打ち消す装置を造っていたのだ」

「打ち消すだと……? それに何の意味がある?」

「わからない……エレンピオスにマナを還元する算段でもしていたか……」

「……ちがう。アルクノアは、ただ帰りたかっただけだ。生まれ故郷のエレンピオスにな。この世界に閉じ込められた二十年余り……その為だけに動いてきた。断界殼をぶち破る方法を見つけるか、断界殼を消すか……」

「……なるほどな。それで私の命を狙っていたのか」

「どういうことですか?」

「断界殼を消す為には、生み出した者を排除しなければならないのだ」

皆は合点がいった様子だったが、ガイアスは「解せんな」と訝る。

「ジランド……何を企んでいる?」

「そうですね……アルクノアの目的と、ジランドの行動はそぐわないものです」

ローエンが同意して言った。
アルヴィンも付け加える。

「エレンピオスから軍を呼び寄せる必要なんて無い。リーゼ・マクシア統一……? 俺達は、そんなこと望んじゃいない……!」

「……ジランドは、断界殼がある今の世界の在り方を、何かに利用しようとしているのかもしれないな」

「利用…………そうか、異界炉計画か!」

「あ? なんだそれ」

「通称精霊燃料計画=\―まだ俺が向こうに居たガキの頃、従兄が話していたのを覚えてる。黒匣の燃料である精霊を捕まえるって話がある、ってな」

「……つまり、ジランドの狙いは、精霊の囲い込みってワケ?」

「だけど、それおかしいよ。精霊だけなら、あんなウソつく必要ない。ジランドは……霊力野を持つ僕達も一緒に、リーゼ・マクシアに閉じ込めるつもりだよ」

ジュードの推理に、ラスヒィはこれまで見てきた光景――クルスニクの槍が、人々からマナを吸い取る様を思い出しながら納得。

「クルスニクの槍の仕様を思えば、最初からそれが目的だったのかもしれませんね……」

「リーゼ・マクシアの民を資源とするつもりか……! 馬鹿げた事を……!」

「……多分ジランドは、海上にあるアルクノアの本拠地に戻ってる。エレンピオス軍も来てるんだ、船で近付くにも厳しいぜ」

「では、カン・バルクに停泊している、連中の空駆ける船を奪うのはどうかと」

「……あの人、サラッと凄いこと言ってない?」

「ですが、それしか手はないでしょうね」

「――よし。明日、決行する!」

ウィンガルの提案を受け入れて、立ち去ろうとするガイアスを、ジュードが呼び止める。

「待ってガイアス! 一緒に戦ってくれるんだよね? 僕達の目的は同じでしょ? だから……」

「冗談ではない。マクスウェルが勝手に断界殼を創り出し、我らをこの世界に閉じ込めている事実……これも知った以上は捨て置けん。お前達とは、また争うことになるかもしれぬ」

「そんな人達とは、必要以上に馴れ合えないわ」

「勘違いしてんじゃねーよ!」

「お前達は勝手にやるがいい――が、我らの邪魔はするな」

そう一方的に告げて、今度こそ部屋を出ていくガイアス達に、レイアが立腹。

「もー! なにあれー!」

「まぁまぁ。譲歩してくれた方だと思いますよ」

「そうだな。奴らも手が足りないのだろう。情報を共有させたのが、何よりの証拠だ」

「ああ言いつつも、今は私達をアテにしているのでしょうね」

態度こそ刺々しいが、今はこちらと事を構えるつもりは無いのだろう。
警戒を解いている大人達に、アルヴィンが釘を刺すように呟く。

「……今は、な」
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