08.嘘吐きは誰?
行為は愛撫から始まった。アルヴィンの掌が肌を摩り、指先があちこちの敏感な部分に触れる度に、ラスヒィは身体を震わせる。
下衣を剥ぎ、露わになった内腿を撫でられ、硬くなり始めている竿を擦られ、少しずつラスヒィの思考が快楽に染まっていく。
「アルヴィン……やっぱりやめましょう、こんな……」
アルヴィンはそんなラスヒィの反応から目を逸らすまいとしていた。
本当に嫌がっていたら、彼が以前までと同じリアクションをするようなら、止めるべきだと思っていた。もう彼を傷付けるような真似はしたくない。
だが今のラスヒィは、殆ど意味を成さない弱々しい抵抗しかして来ない。
(なんだよ……何なんだよ……ッ)
クレインのことが今も好きだと言うのなら、こちらには全くその気がないと言うのなら、いっそのこと突き放して欲しいのに。
(俺を試してんのか……? 信頼を裏切るような真似をしないかどうか……それとも……)
まさかこれすらも、レティシャに言われた言葉の影響なのだろうか。
彼の優しさが、慈悲が、拒むことを封じているだけなのだろうか。
(流石にそこまでは…………いや、旦那なら有り得るか)
その優しさに付け込むことに後ろめたさはあるし、虚しさも感じるが、それでも、自分を受け入れようとしてくれているのなら、今はそれに甘えたい。
キスを交えながらラスヒィの竿を扱き続けていると、先走りが溢れてきた。
アルヴィンはそれを己の指に絡めて、ラスヒィの中を解し始める。
「っ……、アルヴィン……」
「ん、痛かったか?」
違うと首を振って、ラスヒィは火照った顔でアルヴィンを見た。
瞳は僅かに潤んでいるが、その表情は苦痛や嫌悪とは違うように見える。
「……嫌なら、ハッキリそう言ってくれよ」
「…………わかりません」
「わからないって、何だよそれ……」
今相手がどんな気持ちでいるのか互いに理解し合えないまま、二人は口付けを繰り返した。
アルヴィンは張り詰めた自分のものをラスヒィにあてがい、狭い隙間に押し入れる。
流石にキツいのか、ラスヒィの表情が歪んだ。
アルヴィンは慣らすように、最初は浅く緩く腰を動かし、少しずつ奥へと進んでいく。
次第にラスヒィの眉間に寄っていた皺は和らいでいき、苦しそうだった息遣いは吐息へと変わった。
アルヴィンの目には、ラスヒィがこの行為を気持ち良く感じているように見えて、確認の為に一度動きを止める。
「……旦那。このまま続けていいか?」
ラスヒィは乱れた呼吸で胸を上下させながら、視線をアルヴィンに向けた。
(……駄目だ、こんなこと……)
頭ではそう思っていたが、首を横に振ることは出来なかった。
身体は彼に抱かれることを嫌がってはいなかった。心も同じ。
アルヴィンが自分を求めている。
今のアルヴィンを突き放したくない。
その気持ちの根底にあるものが何なのか、ラスヒィには分からなかった。
ただの憐憫や同情なのだろうか。それだけで、こんなにも胸が熱くなるものなのだろうか。涙が零れそうになるものなのだろうか。
ややあって、ラスヒィが頷くのを見たアルヴィンは、ピストンを再開した。
先程よりも速く、より深く。抱くことを許されて、自制の枷が外れていく。
善い所を突いたのか、ラスヒィの口から出る声が上擦った。
アルヴィンはそこを執拗に刺激し、ラスヒィは抗えずに果てる。
以前した時よりも強い、脳髄が痺れるような快感。
ラスヒィはアルヴィンのものを深く咥え込んだまま、キツく目を閉じ、ビクビクと痙攣した。
アルヴィンがトントンと腰を打ち付けると、ラスヒィの竿から精子が吐き出される。
「……今ナカだけでイッたか?」
「はっ……はぁっ……、……っなん、ですか……?」
何が起きたのか理解していない様子のラスヒィを、アルヴィンは苦笑混じりに抱き締める。
「気持ちいいんなら、良かった」
安堵したような声だった。
ラスヒィは呼吸を整えながら、アルヴィンの髪を撫でる。
「ん? なんだよ」
この部屋に入る前に比べると、アルヴィンの表情には幾分明るさが戻っている。
だがそれも、この時間が終われば消えてしまうのでは無いだろうか。
(こんな一時凌ぎじゃなく、ちゃんと……)
彼を絶望から掬い上げることは出来ないのだろうか。
アルヴィンはじっと見詰めてくるラスヒィに口付けて、再び腰を動かし始めた。
「もうちょっとだけ、ごめんな」
「んっ、 あっ」
蕩けた肉壁を、アルヴィンの竿が擦る。
その感触が刺激となって、ラスヒィを再び快楽の渦に堕としていく。
抵抗も躊躇いも消えて、二人は互いを求め合うように四肢を絡ませた。
アルヴィンは夢中でラスヒィの中を穿ち、ラスヒィは奥深くでそれを受け止める。
そうしてアルヴィンは、ラスヒィの温もりに包まれたまま吐精した。
アルヴィンの熱を中に浴びたラスヒィも、再び達する。
絶頂による多幸感。
二人は暫くそれに浸っていたが、アルヴィンは以前のカン・バルクの宿での事を思い出して、サッと青ざめた。
「だ……旦那。大丈夫か? 悪い、俺…………」
また同じことをしてしまったのではないかと狼狽えるアルヴィンに、まだ呼吸が整わないラスヒィは、その不安を取り除こうと笑いかける。
「大丈夫ですよ」
「…………ごめんな」
「大丈夫ですってば」
せっかく関係性を修復出来そうだったのに。これではまた振り出しに戻ってしまう。
そんな思いで、申し訳なさそうに濡れた互いの身体を拭うアルヴィンを、ラスヒィは抱き締めた。
「……旦那、だからそういう……期待させるようなことしないでくれ」
ラスヒィにとっての自分は、良くて「ただの友人」なのだ。
今のこれも、赤子をあやすような気持ちで付き合ってくれているだけで、クレインに向けられている好意が己に向いた訳ではない。
平時ならそう弁えていられるが、隙を見せられると歯止めが効かなくなる。
多少強引にでも、自分のものにしてしまいたい。自分のことしか考えられなくなるようにしてしまいたい――そんな欲望が溢れ出てしまう。
「今のうちに逃げてくれ」
「逃げませんよ」
「……なんで」
「慰めるって言ったじゃないですか」
「それはもういいって。十分だ」
「私が嫌なんです」
ラスヒィには、母を亡くしたアルヴィンの姿が、父を亡くした己と重なって見えていた。
ナハティガルが殺されたあの瞬間、アルヴィンは傍に居てくれた。
だから今度は自分が、彼を支えたい。
「……傍に居させてください」
「…………っ」
その言葉に、アルヴィンの瞳が揺れた。
「だったら、ずっと俺の傍に居てくれよ……!」
心の奥底にしまい込んでいた、本当の願望が口に出た。
それはラスヒィだけに向けられたものでは無く、これまで関わってきた全ての人々に対する積年の想いだった。
「どいつもこいつも、みんな俺を置いて行っちまう。俺の人生はそんなのばっかりだ! なんで……っ!」
両親も、友人も、恋人も。
傍に居ると言ってくれた人は、皆何処かへ行ってしまった。
もう全て諦めてしまおうと、何度心を殺しても、人と出逢う度に期待してしまう。
消えない寂しさが「誰か」を求めてしまう。
ならいっそ、自分のものにしてしまえばいい。
それ以外に、繋ぎ止める方法が分からない。
その心境の吐露を聞いて、ラスヒィはアルヴィンを抱く手に力を込めた。
「私は、居なくなったりしませんから」
「……嘘だ」
「本当です」
「そんな簡単には信じられない」
「今はそれでもいいですよ」
ラスヒィは綺麗になった身体に衣服を纏わせて、今日はもう寝ようとアルヴィンを誘った。
アルヴィンは今一つ納得のいかない顔をしつつ、大人しくそれに従う。
元の部屋に戻った方がいい気もするが、身体が怠い。それに、今は二人だけで居たい。
互いにそう思って、狭いベッドで身を寄せ合う。
アルヴィンは遠慮がちにラスヒィに触れた。
拒絶されないのを確認してから抱き寄せる。
ラスヒィはアルヴィンの存在を全身で感じながら目を閉じた。
この胸に広がる感情は何なのだろう。
自分は、アルヴィンのことをどう思っているのだろう。
クレインに向けていたものとも、ジュード達に向けているものとも違う。
アルヴィンだけに抱いている感情。
それについて考えている内に、ラスヒィは眠りに落ち、アルヴィンも後を追うようにして眠った。