08.嘘吐きは誰?

カン・バルクに帰還した一行は、奪取した船の機能掌握が終わるまで、城で待機することとなった。

何か手伝えることは無いかと聞いては見たが、当然素人に出来ることなど何もなく。
手持ち無沙汰になったラスヒィは、ローエンに呼び止められる。

「ご相談がありまして」

「ローエンさんが私に?」

「はい。次の決戦に備え、ラ・シュガル兵を呼び寄せようと思うのです。この戦いは、ア・ジュールだけのものではありません。戦力は少しでも多い方がいい。ですので、兵を動かす許可を頂こうかと」

「許可?」

「今の私は、ラ・シュガルの軍師ではありませんから。ナハティガル亡き今、軍の指揮権は貴方にあります」

「……そうなのですか?」

軍事にも政治にも関わってこなかったラスヒィは、そう言われても実感が湧かなかった。
そして、そんな自分自身に呆れる。

(……本来であれば、父上からきちんと引き継いでおくべきだったものが、沢山あるのでしょうね。私は何も……)

そのせいで、皆に苦労をかけてしまう。
だが今更それを悔いても仕方がない。今の自分に出来ることをやらなければと、ラスヒィはローエンに頭を下げる。

「貴方に頼ってばかりで申し訳ありませんが……私の指揮では、ラ・シュガル軍が持つ本来の力を発揮させることなど出来ないでしょう。ですから、采配は全て貴方にお任せします。頼めますか?」

「承知いたしました」

笑顔で引き受けてくれたローエンに、ラスヒィは彼が居てくれることの有難みを改めて実感しつつ礼を述べた。

ローエンを送り出した後は、また何もすることが無くなってしまったので、もう先に行って待っていようと、集合場所である謁見の間に入る。

中に居たのはガイアスと、数名の兵士だけだった。
様々な部隊の兵士達が、入れ代わり立ち代わりガイアスの所へ報告にやって来るのを、ラスヒィは部屋の隅から眺める。

やがて兵の来訪が途絶え、ガイアスと二人だけになった。
彼には色々と聞きたいことがある。今ならいいだろうかと、ラスヒィは相手の顔色を窺いながら近寄る。

「ガイアス陛下。少し宜しいですか?」

「……今はどちらだ?」

「?」

「今のお前は、何者として俺に声をかける」

キョトンとしていたラスヒィは、その質問の意図を考えて、参ったなと笑う。

「お気遣い有難う御座います。ですが、私は一度貴方に王子として名乗ったことを、無かったことにはしません」

ただの民間人として扱って貰えるのなら、その方がずっと楽ではあるが。
いつまでもそれに甘えている訳にはいかない。

「そうか。では、ラ・シュガルの王子が俺に何の用だ」

「その……この戦いが終わった後のことを考えているんですが、貴方の考えもお伺いしたくて」

「俺の主張は変わらん。このリーゼ・マクシアを統一し、一つの国とする。俺はその頂点に立つ」

「何の為にですか?」

「弱き者を守り、導く為だ。それが力を持つ者――人々の上に立つ者の義務だ」

その言葉と瞳には、何か強い意志が宿っているようにラスヒィには見えた。
何が彼をこうさせるのだろう。知りたい気持ちが顔に出ていたのか、ガイアスは理由を語り始める。

「かつての俺には力が無かった。武力ではなく、物事を己の思う方へ進める為の力が無かったのだ。上に立つ者の命令に従うしか無かった……それがどれだけ馬鹿げた内容であったとしてもな」

「……と言うと?」

「ファイザバード会戦のことは知っているか?」

「ええ。と言っても、本に書かれている程度のことしか私は知りませんが……二十年前にファイザバード沼野で起きた、ラ・シュガルとア・ジュールの大規模な軍事衝突のことですよね」

当時一歳だった自分は、その戦いの中でナハティガルに拾われた。
ラスヒィがファイザバード会戦について知っているのは、とても個人的なそのエピソードだけだ。争いがどんなものだったのか、詳細については何も知らない。

「そうだ。俺はあの戦いに参加していた。ロンダウ族の一部隊としてな。結論から言えば、あの戦は双方痛み分けの形で終結した。戦場を津波が襲い、両軍に甚大な被害が齎されたのだ。俺の部隊も……生き残ったのは俺一人だった」

なんとも痛ましい話だ。
以前ローエンが語っていた、ナハティガルの妹が津波に呑まれた事件というのも、この時の話なのだろう。

ラスヒィは被害に遭った人々に心中で祈りを捧げた。
ガイアスも当時を振り返って、悔し気に眉を顰める。

「あの犠牲は、避けようと思えば避けられたのだ。俺は津波が迫っていることに気付いていた。撤退するよう進言もした。だが……指揮官はそれを聞き入れず、あろうことか、部隊に突撃を命じたのだ」

たった一人の愚者のせいで、多くの罪なき命が奪われる。
あの経験が、あの時の怒りが、一人の少年をガイアスという王に変えた。

「二度とあの様な悲劇は起こさせん」

「……成程。慕われるわけですね」

「お前はどうだ? ラ・シュガルの王子として、何を思い、何を果たさんとする?」

「私は……そういった志があるわけでは無いんです。王子という立場も、ただ与えられただけのもので……」

「ならばその座を退き、ラ・シュガルを俺に渡せ」

今のところ、そうなる可能性は高いが。
ラスヒィは首を振る。

「それを決めるには、私はまず皆と話をしなくてはなりません。ラ・シュガルはそこに生きる全ての人のもので、私一人のものではありませんから」

「ほう。その結果、民が我らと戦うことを望めば、お前はどうする?」

「……戦います」

「お前一人でか? それとも、ジュード達を味方にでもするつもりか」

「彼らが共に戦ってくれるのであれば心強いですが……例え一人だとしても、戦いますよ」

「一人で、俺に勝てる見込みがあると思っているのか」

侮られたものだと言いたげなガイアスに、実力差は承知の上だとラスヒィは返す。

「それでも、私はラ・シュガルを任された者として、出来る限りのことはします。皆が私に戦うことを望むのなら、それに応えることが、私に出来る一つの償いだと思うのです」

「そうか。ならばジランドを討った後に、その覚悟のほどを見せて貰おう」

ラスヒィはその時を想像して身震いした。
出来ることなら、彼とは戦わずに済ませたいものだが。

「陛下、船の準備が整いました」

入ってきた兵のその知らせを受けて、ラスヒィは皆の様子を見に行こうと、ガイアスに一礼して部屋を出る。

ミラとミュゼ以外の面々は、既に広間に集まっていた。
ラスヒィが今出てきた扉を、四象刃の面々が潜る。

「ラスヒィさん、ガイアスと話してたの?」

「ええ。あちらはもう準備万端の様ですが、こちらはどうですか?」

「僕達は大丈夫。でも、ミラがまだなんだ。今ミュゼと話してて……」

「お待たせしました」

もうすぐ来るだろう、とジュードが言おうとしたところで、ちょうどミラを連れたミュゼが現れた。
全員揃ったことを確認して、一行はガイアス達と共に改めて空飛ぶ船に乗り込む。

甲板にはア・ジュールとラ・シュガル、両軍の兵士達が並び立っていた。
ガイアスは皆の前に立ち、決戦のために集った顔触れを見て頷く。

「かつて俺達は、リーゼ・マクシアの覇権を争い、互いに剣を向けた……たが、この戦いは、これまでとは一線を画するものだ。敵の本拠地、ジルニトラの場所は既に分かっている。臆するな、我が同胞よ! 信頼せよ、昨日までの敵を! 我らの尊厳を、再びこの手に!!」

その言葉に、聞いていた兵士たちは鬨の声を上げた。
切迫した状況が後押ししてはいるのだろうが、長年対立してきた両軍をこうもアッサリと団結させるとは。

感心しているラスヒィを、隣のアルヴィンが肘でつつく。

「任せといていいのかよ、旦那。このままじゃ、軍も国もガイアスに乗っ取られちまうぜ」

「皆が納得した上でそうなるのなら、私はそれでも構いませんよ。少なくとも、今回は共に戦うべきだと私も思います」

「そうやって油断してると、背後から突然刺されるかもよ」

「ガイアス陛下は、そんな卑怯な真似はしないと思いますよ」

「へぇ。随分とあいつのこと信頼してるんだな」

面白くなさそうに言うアルヴィンに、ラスヒィはその感情の所以を聞こうとしたが、何やら慌てた様子のア・ジュール兵の声に遮られる。

「リーゼ・マクシア全域に、高出力魔法陣の展開を感知! ――来ます!!」

直後、皆の全身から力が抜けた。
この感覚は覚えがある。ファイザバード沼野で経験した、クルスニクの槍によるマナの強制搾取だ。

「クルスニクの槍のマナ吸収機能を、世界中に向けて使ったんだ……!」

「燃料計画が始まったか……」

「民を犠牲にはさせん……リーゼ・マクシアは俺が……!」

ガイアスはすぐに船を出すように指示。
飛び立った船はみるみる高度を上げていき、やがて雲の上に出る。その瞬間、マナの搾取は止まった。

「どうやらこの高度では、魔法陣の影響は無いようですね」

「ですが、下にいる人達はまだ……あの調子で吸われ続ければ、ラフォート研究所に捕らわれていた方々と同じように……」

「だな。早いとこ止めねーと」

エリーゼは特に影響が強かったのか、蹲り頭痛を訴えていた。
レイアは彼女を医務室へ連れて行き、ジュードは姿の見えないミラを探しにその場を離れる。

下の様子が気になって、ラスヒィは甲板の端で雲海を見下ろした。
その光景は、シャン・ドゥでワイバーンに初めて乗った時に見たものと同じ。

(……この景色、やっぱり以前にもどこかで……)

この謎の既視感は一体何なのだろう。
一人頭を捻っていると、アルヴィンに「落ちるなよ」と揶揄い混じりに言われる。

「そういや、城を出る前、プレザとちょっと話したんだけどよ」

「……どうでした?」

「気安く話しかけないで≠セってさ」

「うーん……前途多難ですね。まあでも、しょうがないですよ。気長にやるしか……」

「旦那はなんだってそう、俺とあいつをくっつけようとするんだよ?」

どこか不満気なアルヴィンに、ラスヒィは目を瞬かせた。

「厄介払いしようとしてんのか?」

「? 言ってる意味が分かりません」

「俺をあいつに押し付けようとしてんのかって聞いてんだよ」

「なんでそんな考えになるんですか」

「じゃあ他にどんな理由があるんだよ?」

「貴方とプレザさんが、互いに未練があるように見えるので、きちんと話し合ったほうがいいのではないかと思っただけですよ。お節介だったのなら謝ります」

「そんなことして、旦那になんの得があるんだよ」

「得というか……見ていて何だかモヤモヤするので、ハッキリさせて欲しいんですよ」

「モヤモヤって……だから旦那、それどういうつもりで言ってる?」

アルヴィンはラスヒィに詰め寄った。
甲板の手摺りとアルヴィンに挟まれて、ラスヒィはたじろぐ。

「どういうって……」

「仮にそれで俺とプレザがヨリ戻したら、旦那はスッキリすんの?」

「それは……多分。今よりは……」

「ふーん……」

「……なんですか?」

「別に。やっぱ旦那のことは、俺には理解出来ねーわ。何考えてんのか全然分からねぇ」

そう言って、アルヴィンは離れた。
背を向けて去っていく相手に、取り残されたラスヒィは、何故かざわついている胸を押さえる。

(何って……私はただ、その方が二人にとって良いと思ったから言っているだけで……)

二人の仲を引き裂いたのが、それぞれの立場のせいだったと言うのなら。裏切りを経ても尚、まだ好意が残っているのなら。その想いは本物だったと言うのなら。

その気持ちに蓋をするよりも、互いに言葉で伝え合った方が、あの二人は幸せになれるのでは無いだろうか。

(乗り越えるのは難しいことかもしれませんけど……乗り越えた先に、貴方の幸せがあるかもしれないんですよ、アルヴィン。だったら私は……)

それを応援したい。その背を押してやりたい。
それが友人としての務めではないだろうか。

(…………、友人………………)

不意に、教会でアルヴィンと過ごした夜のことを思い出して、ラスヒィはカッと顔を赤くした。

今の自分とアルヴィンは、なりたてではあるが友人と呼べる関係の筈だ。
だが、友人同士であんなことをするだろうか。
あんな――――

「……………………っ!」

これ以上考えてはいけないと、ラスヒィは頭を振った。

アルヴィンにとっては、あの行為は特別なことでは無いのかもしれない。
友人同士で、戯れに出来ることなのかもしれない。

そうだそうだと納得しようとしたが、まだ胸のざわつきは収まらない。

アルヴィンがそうだとして、自分は?
自分にとって、あれは「友人同士の戯れ」などでは無い筈。

どうしてあの時、体を許してしまったのだろう。
どうしてそれほど嫌だとは思わなかったのだろう。

(…………私は………………)

アルヴィンのことをどう思っているのだろう。

思い悩んでいると、突然大気が震え始め、空を光線が貫いた。
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