01.其は脱兎の如く

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●ミラ=マクスウェル
イル・ファン内ラフォート研究所にて遭遇。
見た目は20前後の女性。結っている前髪の色が黄色から黄緑へと変色しているあたり、染色していると思われる(※人間の場合)
本人は精霊の主、マクスウェルと名乗っているが、ハッキリとした証拠は今のところ提示されておらず、信憑性は薄い。
しかしながら彼女が使う精霊術は普通の人間のそれと比にならぬものであり、研究所では四大を扱うところも確認されている為、マクスウェルでは非ずとも人間ではない可能性は低くはないと思われる。
言動も一般的なものからはズレている為に、あれが演技でないとすればやはり人間という生物とはまた別のものであると推測される。
また服装は露出が多少多いものの成人女性、話し方は成人男性のそれと似ていたり、本日出された料理を「美味しい」と評価していたところから、味覚や言語は一般的なそれと変わりはないと思われる。
空腹・眠気・疲労等も感じている辺り、仮に精霊であったとしても今は身体的には人間と大差ない様である。
後日続筆。

●ジュード・マティス
遭遇場所、時期共に同上。
見た目は15前後の少年。短髪黒髪。肌の色が飛びぬけて白いという訳でもなかった為、イル・ファンが出身地という訳ではないと思われるが、ア・ジュールでの土地勘が見られない為、ラ・シュガル出身であると推測される。
あの歳でイル・ファンに居るところや医学に精通しているところから見て、タリム医学校の生徒である可能性が高い。
ちなみに料理も得手としている様でその腕は(私の味覚がおかしくなっていなければ)確かである。
戦闘においては秀でた体術を披露している。道中聞いた話では、幼少期に鍛えられたものらしい。
その反面、人の気持ちに敏感、というか過敏になりすぎているところがある為、荒事には向かないように思える。
恐らくは研究所に侵入し何かしらの損害、または軍事機密を握った等のことで追われる身となっており、詳細は知らされていないが(※この件については近日中に調べること)捕えて極刑にするという対応をする辺り、研究所に裏がある可能性があると思われる。
後日続筆。

●アルヴィン
イル・ファン海停にて遭遇。
見た目は25前後の男性。長身短髪。身形に気を使うほうなのかブランド物に詳しい。
一般的に見てこちらが悪いと思われる場面にて助けに入った辺り、余程のお人好しか喧嘩好き。または他に目的があると思われる。
言動に矛盾が多く、不可解な点も見られる。
名前をフルネームで名乗らないのは傭兵という職業柄か性格か、もしくは偽名を使用しているからだと推測される。
武器は大剣と銃。見る限り両利き。スピードよりパワー型。体力もある。
こちらの払った謝礼と仕事量に分が合わないとして今は私に雇われている、らしいが義理堅いだけでは無さそうだと感じられた。
嘘が多いが現段階ではその件で支障は来していない為放置してもさほど問題はないと思われる。
他二名に比べて掴めないことが多いが、何にせよあまり信用すべきではないと判断。なぜなら────


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(……『なぜなら、例えば今この文章を、貴方が私に無断で見ているからである。後日続筆』)

読み終わったと同時に、アルヴィンは凄い勢いで本を閉じ背後を振り返ったが、筆者はすやすやと寝息を立てているだけだった。

試しに書いてみただけか、それともやはり盗み見ることが最初から分かっていたのか。
一気に煩くなった心臓を落ち着かせるために何度か呼吸を繰り返して、アルヴィンはそっとノートを元の位置に戻した。

しかし見られるのを承知で書いたということは、ここに書いてあることは見られてもさほど問題のない事ということか。
そういえば、あれだけ長ったらしく綴っておきながら、ラスヒィ自身に関する話が1つも書かれていなかったことに今になって気付く。

どうやら自分の雇い主は、ただのお坊ちゃんということだけじゃあないらしい。
おっかないねぇと心中でぼやきながら、アルヴィンは白み始めた空に慌ててベッドに潜り込んだ。






翌朝、ラスヒィが起きると部屋にアルヴィンの姿はなく、ロビーに向かうとミラと二人でいるところを見つけた。

「おはようございます、よく眠れましたか?」

「……旦那、それわざと言ってる?」

「はい?」

「おはようラスヒィ。昨日は途中で眠ってしまったようで、すまなかったな」

「いえ、お疲れだったのでしょう。お気になさらず」

しばらくするとジュードもやって来て、揃ったところでミラがこれからの事を話す。
次の目的地はニ・アケリアという村になった。なんでもそこがミラの出身地──正確には祀られているらしいが、とにかくそこに行けば四大を再召喚できるかもしれない、とのことだった。

「そこでだジュード、私と一緒にニ・アケリアに行かないか?」

「え?」

「今の君の状況は身から出た錆というものだが、私の責任であるのもまた事実。ニ・アケリアの者たちに、私が口添えをしよう。きっと君の面倒を見てくれるはずだ」

「へぇ、意外と考えてやってるのな」

「うむ。お前にまるで他人事だと言われて、少し反省してみた」

「ミラ、剣の練習はもういいの?」

「うむ、安心しろ」

アルヴィンの昨日の助言もあったからか、ミラの申し出にすぐには応えずにしばらく考えてから、ジュードが頷いた。

「僕、一緒に行くよ」

「わかった、安心するといい」

「もうちょっと剣の練習してもいいと思うぜ」

「そうだろうか?」

「ま、それも含めて、準備出来たなら声をかけてくれよ」

「アルヴィンも来てくれるの?」

「ジュード君忘れてない? 俺、今雇われてんの。俺の行き先は旦那の行き先だよ」

嬉しそうなジュードに、その隣に立つラスヒィの肩に腕を回して「なぁ?」と同意を求めてくる相手に、ラスヒィは一応言葉だけでも「そうですね」と返すと、さっさと一人でどこかへ行ってしまった。

「……まだ駄目?」

「いえ、大丈夫ですよ、昨日よりは」

「なら良かった」

相変わらずアルヴィンとの関係を心配しているらしいジュードに、信頼には足らないけれど、と心中で付け足して、ラスヒィは笑顔を返す。
そのやり取りを、ミラは不思議そうに眺めていた。








「んじゃ、行くとしますか」

大体のものを買い揃えて、海停の出口のアルヴィンを呼ぶ。
ニ・アケリアまではかなり距離があるらしいが、途中に村があるらしいので、とりあえずそこまで向かうことになった。

道程を考えると足が重いとその場を動けずに居る3人を置いて、率先してミラが歩き出す。

「ミラさんは行動力がありますね……」

「俺らも見習わないとな」

「疲れたら言ってね、休憩しつつ行こう」

「いざって時は、俺がおぶってやるよ」

成人した男性がおぶられてたまるものかと、自力でニ・アケリアまで歩くことを堅く心に誓って、ラスヒィは前を行く女性を追いかける。

道のりが長いということはそれだけ敵との遭遇も増えるという訳で、今度ばかりは流石に余裕とはいかなかった。
しかも悲しいことにこのメンバーで一番体力が無いのは自分らしく、ラスヒィは度々足を止めてしまう。

「はぁ……はぁ……っ、すみません……」

「いいから、無理しないで」

「ジュード、ラスヒィ! 後ろだ!」

休もうとしても敵の目につかぬところなどそうそう在るわけでもなく、疲れた体に追い討ちをかけるように次から次へと襲い掛かってくる。

いよいよ限界がきて、戦闘中だというのにラスヒィは膝をついてしまい、それを逃すまいと牙をむいた魔物に向かって銃弾が一閃した。
倒れる魔物を飛び越えて次の魔物がやって来たが、それも再び銃弾が打ち抜き、鳶色のコートが視界を覆う。

自分の盾になってくれているのだと気付いて、ラスヒィは重い体を無理矢理起こした。

「アルヴィンさん……共鳴解いて下さい。これだと足枷になります……」

「今解いたら、あんたを見失っちまうだろ」

離れて戦っていたミラとジュードも、2人に気付いて援護に回る。
なんとか自分たちを取り囲んでいた魔物を蹴散らして、4人は一斉に座り込んだ。

「流石に……堪えるな……」

「ミラ、怪我してる。ちょっと見せて」

手際よく処置を施すジュードとは裏腹に、足を引っ張るだけで何も出来ない自分に、元々劣等感を抱いていたラスヒィは益々自己嫌悪に陥る。

「旦那、無理しすぎ」

「無理って、皆さんと同じか、それ以下の働きしかしてないじゃないですか……」

「同じ労働量でも、人によって感じ方が違うだろ。旦那がこういうのに慣れてないのはよく分かったよ。──なぁ、ここから先はなるべく敵は避けて通らないか? ちっとしんどいだろーが、村はもう見えてきてる。あそこまで一気に駆け抜けようぜ」

「そうだな、アイテムも残り少ない。村に着くまでに倒れてしまっては意味がないからな」

「でも、僕らはそれでいいけど……今から走って大丈夫なの?」

その問いが自分に向けられているのは目線で分かって、しかし大丈夫だと言えるほどの体力などもう残ってはおらず、いっそ置いていってはくれないだろうかと言いかけたところで、ラスヒィはアルヴィンに抱えられた。

そのまま更に上に持ち上げられ、荷物のように肩で担がれる。

「っ!? ちょっ、何を!?」

「心配ご無用。さぁ、走るぞ!」

ラスヒィを支えているのと反対の手に剣を持ち、アルヴィンは有無を言わさず走り出す。
あっけにとられていたミラとジュードも、はっとして立ち上がった。

「いやあの、アルヴィンさん! 自分で歩けますから……!」

「はいはい。文句はあとで聞いてやるよ」

自分の為にやってくれているというのは分かるが、ミラとジュードの前でこの様は、あまりにも格好が悪い。子供じゃあるまいし。

かと言って彼らの足をこれ以上引っ張る訳にも行かず、ラスヒィはとにかく早く村についてくれと必死に願った。
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