01.平穏を裂くは紅の

「それじゃ、大佐たちに宜しくね」

そう母親に見送られて数時間。
あれだけ苦労してたどり着いた居心地の良い故郷にたった半日しか居られなかったディルは、項垂れながらいつも世話になっているケセドニアの宿屋に入った。

「いらっしゃいませ。……あら? ディルさん、もう戻られたんですか? 今回は早いですね」

「ちょっと用事が出来ちゃってね。部屋上がらせて貰っていい?」

「どうぞ。……あ、ちょっと待ってください!」

重い荷物を背負い直して階段を上りかけたところで呼び止められ、顔だけを受付の女性に向ける。

「今別のお客様がいつものお部屋の隣に入られてるんですが……その、どうにも訳アリの様でして」

「? と言うと?」

「……ここだけの話なんですけど、マルクトの軍人さんや神託の盾の方が何人か居らっしゃって……どこかのご要人の方なんじゃないかって……気絶した方も居らっしゃったので、何かあったんじゃないかと……」

「……マルクトの軍人? 神託の盾?」

「だからと言ってどうという事も無いのですが、事件性があるのなら隣室では巻き込まれてしまう可能性もありますし、一応お耳に入れておいた方がいいかと思って」

まさかと思い二階に駆け上がって件の部屋を覗いてみると、やはりそこに居たのはアニス達だった。
気絶しているのはルークだったようで、静かにベッドに横たわっている。

「はぅわっ、また来たの!? しつこいなぁーもうっ」

「……いえ、違いますね」

いち早くディルの存在に気付いたアニスが人形を構えたが、ジェイドは警戒することなく部屋の扉を開ける。

「お早いお帰りですね」

「あれ、そっくりさんの方? もーわっかんないよぉ〜、ややこしいな〜」

頭を押さえてぐるぐると上体を回すアニスを視界の端に収めながら、ディルはジェイドに招かれるままに部屋に足を踏み入れる。

「……よく直ぐに見分けが付きましたね?」

「簡単ですよ、服が違いますから。あとは……目の色、ですかね」

「目の色?」

そんな細かいところまで見ていたのかとディルは感心してしまった。
パッと見て分かるほどの差は無かったように思うのだが。

「ところで、そっちは気を失ってるみたいですけど、大丈夫ですか?」

「ええ。……貴方は何ともないんですね」

ジェイドの言葉に、ルークとこちらを見比べて、ティアが不思議そうな顔をする。
皆もそういえば、といった顔で同じように視線を往復させる。

「それもそうだな……ディルさんは違うんじゃないのか? やっぱり双子だったとか……」

「……? どういうことですか?」

話が理解出来ず、ディルも皆の間で視線を彷徨わせた。

「……まぁ何にせよ、今は言及を避けましょう」

「ジェイド! もったいぶるな」

「もったいぶってなどいませんよ。ルークのことはルークが一番に知るべきだと思っているだけです」

「……俺がどうしたって?」

意識を取り戻したらしいルークが、気だるそうに上体だけを起こす。

「いえ、何でもありません。どうです? まだ誰かに操られている感じはありますか?」

「いや……今は別に……」

「多分、コーラル城でディストが何かしたのでしょう。あの馬鹿者を捕まえたら術を解かせます、それまで辛抱して下さい」

「……頼むぜ、全く。ところで、イオンのことはどうするんだ?」

「とりあえず六神将の目的がわからない以上、彼らにイオン様を奪われるのは避けたいわね」

「もしご迷惑でなければ、僕も連れて行ってもらえませんか?」

「イオン様! モース様が怒りますよぅ!」

「僕はピオニー陛下から親書を託されました。ですから陛下にはアクゼリュスの救出についてもお伝えしたいと思います」

さっきからペラペラと話しているが、これは聞いていていいのだろうか?
ディルは不安になって一度外に出ようとしたが、ジェイドに止められた。

「何か用があったのではないのですか?」

「……ああ、母が世話になったと聞いたので、お礼をしに来たんですが……」

「母?」

「エンゲーブの村長です」

「えっ、ディルってそうなの!?」

名字でわからなかったのかと思ったが、普段はローズ夫人としか呼ばれていないので仕方ないことかもしれない。

「でも今お忙しいようでしたら、後で構いませんよ。ロビー待ってますから、暇な時に声をかけて下さい」

「いえ、その必要はありませんよ」

半分外に出ていた体を引き戻され、ドアを閉められる。
なんだなんだと皆が思うなか、ジェイドは眼鏡を光らせて言った。

「少し喋りすぎてしまいましたので、貴方にはこの作戦が終わるまでの間、我々に同行して頂きます。他言しないとも限りませんので」

「……はい?」

そんな無茶苦茶な話があるか。こっちは聞きたくて聞いていた訳ではないのに。
あまりにも理不尽な発言にディルは言葉を失った。

「……というのはまあ建前で、イオン様の護衛の数は多いに越したことはありませんので、お力添えいただけると助かります。それがお礼ということでいかがでしょう?」

真剣な表情を崩した相手にどちらが本心か分かりかねて、とりあえず周りの意見を仰ごうと目を向けてみる。

「ですがそちらの方は民間人なのでしょう? 危険なのではなくて?」

「戦えない訳ではないと思いますよ?」

ね? と自信あり気に聞かれて、ディルは返答に困った。
この男に戦えると言った覚えはない。否定も出来ないが。

「大したお力にはなれませんよ」

「いーんじゃねーの? 雑用係にでもすれば」

「えーっ? 連れて行くんですかぁ? 下手についてこられても足手まといだと思うんですけど〜……」

「……でも、大佐の言うことも一理あるわ。ディルさんを疑っているわけではないけれど、この作戦が他所に漏れてしまっては騒ぎになるもの」

「ボクは大歓迎ですの!」

あーだこーだと会議がなされ、結果とりあえずアクゼリュスまでという期間限定で同行することになった。
果たしてこれがお礼になるのかは分からないが、本人らが提案したことなのでこれで良しとしよう。

「では、短い間でしょうが、宜しくお願いします。今更ですが、自己紹介をしておきましょうか。私はマルクト帝国軍第三師団所属、ジェイド・カーティス大佐です」

「ご丁寧にどうも。カーティス大佐、で宜しいですか?」

「出来ればジェイド、でお願いします。貴方も皆さんに自己紹介をお願い出来ますか? 名前は既に皆知っていますが」

ディルは全員で喜怒哀楽を表現しているような顔の皆に向き直り一礼する。こちらもほとんどの人の名前は知っているのだが。

「ディル・スエンテです。名前はお好きにお呼び下さい。事情は詳しく知りませんが、邪魔にならぬよう働かせて頂きます」

「そんな畏まらなくてもいーんじゃないか? 俺はガイ・セシルだ、宜しくな」

「私は神託の盾騎士団モース大詠師旗下情報部、第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」

「ティア、そこまで言わなくて良いって。シブレット謡手じゃないんだから。えーっと、イオン様の護衛役のアニスちゃんでーす。謡手のことはファミリーネームで呼んでるから、こっちはディルって呼ぼうかなー」

「俺はルーク・フォ……そういやこいつってマルクト人だっけ? うかつに名乗らねー方がよくねぇ?」

「大丈夫だと思いますよ。ケセドニアは中立の方が多いですし、彼から敵意は感じません。──僕はイオンといいます。ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、宜しくお願いしますね」

「私はナタリア・ルツ・キ……ではありませんわね、今は身分を棄てているのですから。ナタリアで構いませんわ」

ツッコミどころが満載だが、短期間の付き合いなのだからそれほど踏み込む必要もないだろうと、ディルは清聴した。

「では今日はもう遅いですし、領事館にはまた明日向かいましょう。ルーク、それで宜しいですか?」

「勝手にしろ」

「……ってことは、今日は全員この宿に泊まるのか?」

「何か問題でも?」

参ったな、八人も居ると確実に全員が相部屋になってしまう。
問題という程でもないが、いつも一人で寝ているのもあって、誰かと同じ部屋で寝るというのには少々抵抗があった。

「いや……何でも」

「では人数分の部屋を取ってきます」

さっさと部屋を出ていってしまうジェイドをディルが慌てて追いかけ、そういう事こそ自分の役目だと申し出る。

「そうですか? ではお言葉に甘えて」

「……っと、すみません、部屋割りはどうすればいいですか?」

「……特に決まっていませんので、お好きにどうぞ?」

意地悪そうに笑って、ジェイドはディルをカウンターに残して二階に消えていった。

この宿にある部屋は四室、そのうちの一室はもう埋まっていたので使えるのは三室。二つは三人部屋で、あとは二人部屋だ。

三人部屋の一つは女性に充てるとして、問題は男性陣の分け方だった。
どう分けるのが自然なのか、どう分けるのが最善なのか。ディルは馴染みの受付嬢に見守られながら長いこと悩み続けた。

そして漸く決めて、各部屋の鍵を受け取り皆の元へ帰る。

「随分遅かったですわね」

「悪い、ちょっと部屋割りに悩んでた」

「そんなの適当でいいぞ?」

「それで、どうなりましたか?」

ディルはまず鍵の1つを女性陣に渡した。そして残りの鍵をガイとジェイドに渡す。
つまりこの時点でこの二人は別室ということになるが、気になるのはその後。

ディルは無言でガイとルークの隣に移動した。
その行動の意味を理解したガイは、先に出た女性陣同様に二人と部屋を出ていった。

「……この人選理由を聞きたいものですねぇ」

残されたジェイドは、気まずそうな顔をして出て行った相手にくつくつと笑う。

「……ジェイド、ひとつ聞いてもいいですか」

その隣で、同じく残されたイオンは真面目な声で言った。

「彼を同行させた理由は何ですか? 同行者が多ければ六神将に見つけられるリスクも高まります。情報の漏洩の防止というのが建前なら、僕の護衛というのも建前ですよね」

「流石イオン様、仰る通りです」

「……何か考えがあるんですね?」

「考え……と言うより、ただ確かめておきたい事があるんです」

ジェイドは眼鏡を指で押し上げて、窓の外に目をやった。

「まぁ、大丈夫ですよ。彼が足手まといになる、なんてことは恐らくありませんから。まだ戦う姿を見てはいないので、断言は出来ませんが」

「……? 見ていないのに何故そうだと?」

「彼は恐らく、元は神託の盾兵士です。どの程度の階級だったかは調べなければ分かりませんが……。彼自身無意識に言ったことだったのでしょうが、一度だけイオン様を導師と呼んでいました。彼にはイオン様の事は話していませんし、ただの民間人なら導師のお顔はご存知ないでしょう」

「ですが僕の知る限り、教団でこちらのディルの名は聞いたことはありませんでしたよ? あれだけ似ていれば、有名になりそうなものだと思いますが……」

ジェイドはそれには答えず、静かに微笑しただけだった。

イオンもそれ以上は追及せず、話題となっている青年の居る部屋の方を見つめて、哀しげに目を伏せた。
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