02.焔に近付きすぎた鳥
「大佐、ルーク様、お待ちしておりました。グランツ謡将より伝書鳩が届いています」明朝、ケセドニアの端にあるマルクトの領事館を、個性豊かな男女の団体が占領していた。
「グランツ謡将は先遣隊と共にアクゼリュスに向かわれるそうです」
「えーっ!? 師匠早すぎだよ!」
そのうちの一人、ルークはその伝言に落胆し、イオンは自分達も急がなければと先を焦る。
成行で同行することになったディルはそのどちらでもなく、暇を持て余した状態で窓の外を眺めていた。
昨晩、ルーク達と同室になったディルは、思っていたより静かな、静かすぎて賑やかな人間からしたら息が詰まりそうなぐらいの空気の中で眠りについた。
というのも、ルークは平民の出の新参者にまず興味がなかったし、ディルはそんなルークが日記をつける姿に最初のイメージが覆されてはいたのだが、上流階級であろう男に「何書いてんだ?」と踏み込む気にはならなかった。
唯一二人と普通に会話していたガイも、自分の素性について根掘り葉掘り聞かれては答えられるはずもなく、答えられたとしてもそれは誠意ある回答でもなく、ならば自分がズカズカと相手の領地に踏み込むのは不相応だとして、ほとんど何も尋ねることはなかった。
結果として妙に静まりかえった部屋で普段と変わらずにいたのはミュウだけで、そのミュウが寝入ってからはお通夜さながらの静けさの中で皆はいつもより数刻早く眠りについたのだった。
ただそのお陰で三人の中に寝不足の者はおらず、今からアクゼリュスまでの険しい道のりを絶好のコンディションで迎えることが出来たのだが。
「ガイ!?」
そんなことを思いながら穏やかに流れていく雲を眺めていると、いきなりガイが崩れ落ちるように片膝を地に着けた。
体からは不気味な光が発せられていて、苦しそうなガイにルークが手を伸ばすが、それを突き飛ばす勢いで払う。
「いてて……! お、おい、まさかおまえもアッシュに操られてるんじゃ……」
「いや……別に幻聴は聞こえねぇけど……」
ガイに近付き、痛そうに擦るその右肩を見たジェイドはあることに気付いた。
「おや、傷が出来ていますね。……この紋章のような形、まさかカースロットでしょうか」
「カースロット?」
「人間のフォンスロットへ施す、ダアト式譜術の1つです。脳細胞から情報を読み取り、そこに刻まれた記憶を利用して人を操るんですが……」
「医者か治癒術師を呼びますか?」
「……俺は平気だ。それより船に乗って、早いとこヴァン謡将に追い付こうぜ」
「……でも、ヤバくないのか?」
「カースロットは術者との距離で威力が変わるんです。術者が近くにいる可能性を考えれば、ケセドニアを離れた方がいい」
イオンの説明に、まだ辛そうなガイを仕方なく連れて外に出るルークの肩を、ディルが控えめに叩く。
「なんだよ?」
「代わります、手伝えることも少ないんで」
「はぁ? いーよこれくらい」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。貴方はこれからやることが山ほどあるんですから」
ジェイドに言われて渋々その役目を譲ったルークは、先導するマルクト領事に大人しくついて行く。
「悪いな、早速世話になって」
「いや、逆に何もせずに居るのは落ち着かないから、出来ることはやらせてくれ」
ディルはガイの腕を首に回して、無理のないペースでルーク達に続く。それをジェイドが感心しながら眺めていた。
イオンも少し面食らった顔で去っていく二人を見る。
「……今のは、ただの偶然でしょうか。それともカースロットがどういうものか理解して、でしょうか。……どう思いますか?」
「どうでしょうねぇ、彼はいまいち意図が掴みにくいですから」
二人に噂されているとは露知らずに、ディルは領事に礼を述べて、皆と共に停泊していた船に乗る。
出港して暫くすると痛みはひいたらしく、ガイはもう大丈夫だと皆に伝えに行った。
無理をしている風にも見えなかったので、ケセドニアを早めに離れた方がいいと言ったイオンは正しかったのだろう。
「すみません、少しよろしいですか?」
一人ずつに充てられた部屋でしばしの船旅を楽しんでいると、戸を叩く音と男の声が背後から聞こえた。
窓を開け放して窓枠に乗せていた上体を起こしてから「どうぞ」と答えると静かに扉が開き、入ってきたのはジェイドだった。
「何か?」
「お寛ぎのところ失礼します、お聞きしたいことがあったので」
「はぁ、またですか」
彼にとって自分はそんなに興味深い対象なのだろうか。
快く招き入れる気分にはなれなかったが断る理由もなく、まして相手も貴重な休息時間を割いてやってきたのだということを踏まえて、ディルは部屋に備え付けられていたテーブルセットの椅子を引いて座るよう促した。
相手が席につくと、自分はその向かいに腰を下ろす。
「それで、何を聞きに来たんですか?」
「そうですね、直球で申し訳ないんですが……、ディル・シブレットという男をご存知ないですか?」
なんとなく予想はついていたが、面と向かって聞いてくるあたり胆が座っているというか、無遠慮というか。
ディルは小さく溜め息をついた。
「知りません」
「本当に?」
「そういえばティアとアニスが俺のことを何度もシブレット謡手と呼んでいましたね。あとは導師を拐かした一味の中に居た男がそんな名前だったかと」
「ええその男ですよ、貴方とよく似た顔の。ご存知なんですね?」
「たった今知らないと言ったつもりだったんですけどね。他人の空似じゃないんですか?」
「そうですか。つまり貴方は同じ職場に居て自分とそっくりな人物が居ることも知らず、名前を聞いたことすらなかったと」
「同じ職場?」
「ケセドニアで店を構える前は何をしていましたか?」
「何って……」
そこでようやく、今なされているのが純粋な質疑応答などではないことに気付いたディルは、一度口を閉ざして相手を睨む。
「神託の盾兵士ではありませんか?」
「……俺が喋ってもいないことを知られているのは不愉快です」
「これは失礼。ですが私は別に誰かに聞いた訳でも、貴方について調べた訳でもありませんよ?」
「ならどうしてご存知なんですか?」
「ついさっきまでは推測でしたが、おかげで確信に至りました」
「……俺はそんな推測をさせてしまうような言動をした覚えがないんですが」
「やはり無意識でしたか。では、貴方のそっくりさんが居た一味に拐かされたのはどなたでしたか?」
「だから導――――」
言いかけて、ディルは自分の失態に気付いて沈黙する。
確かにこれでは自分で神託の盾関係者だと言っていたようなものではないか。
「……よく分かりました。確かに俺の前職は、貴方の仰る通りですよ。でも、それだけです」
「あくまで他人だと?」
「彼とはあの時が初対面ですよ、本当に」
真っ直ぐ相手の目を見て言い放つと、ジェイドは「そうですか」と席を立った。
「会って間もないというのに、立て続けに質問ばかりぶつけてすみませんでした。もうすぐカイツールに着きますので、荷物は纏めておいた方がいいですよ」
それでは、と入ってきた時と同様に静かに扉を閉め、遠ざかっていくジェイドの足音を聞きながら、ディルは机に突っ伏した。
あの様子では信じたかどうか怪しいが、自分は嘘は言っていない。彼とは会話したこともないし、教団内で会ったこともない。
「……やっぱついて来ない方がよかったかもなぁ……」
親の恩もあったとはいえ、流石に安請け合いし過ぎたかと過去の判断を悔やんだが、言ったところで船は戻らず、目的地の到着が近いことを知らせる汽笛が虚しく響いた。