02.焔に近付きすぎた鳥
船を降り、次に向かったのはデオ峠だった。アクゼリュスに向かうにはこの道を通るしかないとはいえ、長く続く傾斜は出来れば避けて通りたくなるようなものだった。
港からここまでを走ってきたルークも、それを見て足を止める。
「ちぇっ、師匠には追いつけなさそうだな。砂漠で寄り道なんかしなけりゃよかった」
「寄り道ってどういう意味……ですか」
到着早々不穏な空気が漂い始めて、“砂漠で寄り道”というのが六神将からイオンを奪還しに行ったことを指しているのだという事に思い至らないディルは、何やらルークが不味いことを言ったらしいということだけは理解した。
「寄り道は寄り道だろ。今はイオンがいなくても俺がいれば戦争は起きねーんだし」
「あんた……バカ……?」
アニスが怒りを通り越して、呆れた目でルークを見る。ティアやナタリアも、それは思い上がりだと諭す。
当のイオンはというと、ルークを気遣ってか謙遜した発言をしていたが。
「なるほどなるほど、皆さん若いですね。じゃ、そろそろ行きましょう。ディルが一人で蚊帳の外になっていることですし」
「え、いや、俺は……」
そんなのは今に始まったことでもないから気にして居なかったのだが、それを聞いた皆は悪いことをしたと今までの経緯を細かく説明してくれた。
さっきまでのピリピリとした空気はそれでだいぶ緩和され、ああこれが狙いだったのかとディルは前を行く軍人を見た。
説明が終わる頃には峠の山頂近くにまで到達していて、大体の経緯を把握したところでイオンが疲労に負けて座り込んでしまった。
「イオン様!」
「大丈夫ですか? 少し休みましょうか?」
「いえ……僕は大丈夫です」
明らかに大丈夫ではない様子のイオンに、アニスが休憩するように言うが、一刻も早くヴァンに会いたいらしいルークは反対した。
すると今度はナタリアがそれに反論する。
「ルーク! よろしいではありませんか!」
「そうだぜ。キツイ山道だし仕方ないだろう?」
「親善大使は俺だ! 俺が行くって言えば行くんだよ!」
「ア……アンタねぇ!」
「では、少し休みましょう。イオン様、よろしいですね?」
「おい!」
「ルーク、すみません。僕のせいで……」
心底申し訳なさそうに謝るイオンに、ようやくルークが承諾する。
口論に参加出来ず、というかするつもりもなかったディルは離れた場所でボソッと呟いた。
「これは子供の遠足か……?」
「いい例えですねぇ」
いつの間にか側に移動していたジェイドに反射的に飛び退く。幸い他の人間には聞こえていなかった様だ。
「いつもこうなんですか?」
「いつも、と言うほど私たちも彼と一緒に居た時間が長くはありませんがね。ルークのことならガイに聞くのが一番ですよ」
「俺がなんだって?」
イオンのことはアニス達に任せたのか、ガイも同じく隣にやって来る。
「いや、ルークさんはいっつも……その、あんな感じなのか?」
「んー、まあ我が儘なところは結構前からだが、ケセドニアを出てからは何か妙に焦ってるみたいだな。まあ急ぐ気持ちは分からないこともないんだが……ところで、何でルークだけさん付けなんだ?」
「ナタリアさんもだぞ? 明らかに貴族か上流階級の人間を呼び捨てにする勇気は出ないからな」
「なんだバレバレじゃないか。でもナタリアはあれで隠してるつもりらしいから、呼び捨てにしてやった方がいいんじゃないか? ルークも呼び方なんて大して気にしないしな」
「そうなのか? ならそうさせて貰うけど……そういえばそのルークはどこに行ったんだ?」
「おや、心配ですか?」
意外といった風に言われ、確かにさっきの彼の発言は呆れられても仕方がないと思った。だがそれでも気になって、結局二人を置いて探しに向かう。
そんなディルにガイとジェイドは、目を見合わせて苦笑した。
イオンの回復を待って、再び歩き始めた一行。
さっきよりも重苦しい空気の中、最後尾にいたガイはあの後1人で戻ってきたディルに小声で話しかけた。
「ルークに追い返されたのか?」
「いや、何て声かけたらいいかわからなかったから、そのまま帰ってきた」
なんだそりゃと笑うガイは、そんな楽しそうな雰囲気を見て益々苛立っている前方には気付いていなかった。
先頭を歩くルークの歩調は増していくばかりで、それについて行っているのはミュウだけだった。その他はそれより数歩後を歩いている。アクゼリュスにつくまでこのままかと思うと流石に気が重かった。
「止まれ!」
そんな空気を良くも悪くもぶち壊してくれたのは、銃声と鋭い女性の声。
「ティア、何故そんな奴らといつまでも行動を共にしている」
切り立った崖の上から銃口をこちらに向ける女性の服は、六神将のそれだった。
「モース様のご命令です。リグレット教官こそ、どうしてイオン様をさらってセフィロトを回っているんですか!」
「人間の意思と自由を勝ち取るためだ。この世界は預言に支配されている、何をするのにも預言を詠み、それに従って生きるなどおかしいとは思わないか?」
「預言は人を支配するためにあるのではなく、人が正しい道を進むための道具に過ぎません」
「導師、あなたはそうでも、この世界の多くの人々は預言に頼り支配されている。酷いものになれば、夕食の献立すら預言に頼る始末だ。お前達もそうだろう?」
「そこまで酷くはないけど……、預言に未来が詠まれてるなら、その通りに生きた方が……」
「誕生日に詠まれる預言はそれなりに参考になるしな」
「そうですわ。それに生まれた時から自分の人生の預言を聞いていますのよ。だから……」
「……結局の所、預言に頼るのは楽な生き方なんですよ」
「……そうでもないと思うけどな」
それぞれがリグレットの意見に頷いてしまう中で、一人異を唱えたディルに視線が集まる。
それに圧されディルはたじろき言葉を濁した。
「いや、まあ、どっちでもいいんじゃないですかね」
「お前は……シブレットか? アッシュたちと共に行動していると聞いたが、何故そちら側に居る?」
「彼はシブレット謡手ではありません、今回の件とは何の関係もない民間人です。今は訳あって同行してもらっているだけです」
「何?」
位置の関係からか見下すような目線でしばらく観察されたと思ったら、リグレットはルークとこちらを交互に見てフッと笑った。
「とんだ巡り合わせだな、類は共を呼ぶというやつか。――ティア、その出来損ないたちの側から離れなさい」
類はって、俺がルークみたいに我儘で横暴って意味に聞こえるじゃないかとディルが少しばかりショックを受けていると、ジェイドが血相を変えて前に出た。
「そうか、やはりお前達か! 禁忌の技術を復活させたのは!」
「ジェイド! いけません! 知らなければいいことも世の中にはある」
「イオン様……ご存知だったのか!」
おいてけぼりにされているルークの叫びも無視して、リグレットが崖から飛び降りる。
皆は咄嗟にイオンを背に庇ってそれぞれ武器を構えた。
「この世界は狂っている、誰かが変えなくてはならないのだ。ティア! 私たちと共に来なさい」
「私はまだ兄を疑っています、あなたは兄の忠実な片腕。兄への疑いが晴れるまでは、あなたの元には戻れません」
「では、力ずくでもお前を止める!」
繰り出される弾丸を避け、皆は隙を見て反撃する。
ディルも最低限の助力はしようと応戦はしたが、流石に護身用の短剣では限界があり、更にイオンを庇いながらでは攻撃を弾くのがやっとだった。
それに気づいたリグレットが、前衛の合間を縫って詰め寄ってくる。
「どうした、お前は剣を振り回すことしか出来ないのか? 似通っているのは見た目だけということか」
「〜〜っだから」
ディルは刀身に充てられた銃口を弾いて、僅かに体勢を崩した相手の腹に全力で蹴りを叩き込む。
「俺は関係ないって言ってるだろ!」
「くっ……」
銃を構え直したリグレットにルーク達が畳み掛ける。
戦局が不利になってくると相手はさっさと崖の上に後退した。
「待ちなさい! 誰の発案だ、ディストか!?」
「フォミクリーのことか? 知ってどうなる? 采は投げられたのだ、死霊使いジェイド!」
ジェイドが槍を構えるより先に、リグレットが閃光とともに姿を消す。
「……くっ、冗談ではない!」
「大佐……、珍しく本気で怒ってますね……」
アニスの呟きに、怒りを顕にしていたジェイドが我に返った。
「……失礼、取り乱しました。もう……大丈夫です。アクゼリュスへ急ぎましょう」
無人となった崖の上を一瞥して、ジェイドが先に峠を抜ける。
後ろでまだ怒鳴り散らしているルークを気にしつつも、ディルは前を行くティアに尋ねる。
「さっきの女性は知り合いか?」
「ええ、私に戦い方を教えてくれた人なの。厳しくはあったけれど、それも私が戦場で生きていけるようにと思ってくれてのことだったと思うわ」
「それで教官、か」
そんな相手と戦うのは心苦しいだろうと思うが、戦わなくていいと言ってやれるほどの権限も力も今の自分にはない。
まだ若い女性がこんな無理をしてまで旅をする理由はなんなのか、ティア個人の目的を知らないディルには分からなかった。