02.焔に近付きすぎた鳥
「こ……これは……」「想像以上ですね……」
いざこざはあったものの、何とか全員無事にアクゼリュスに到着し息をついたのも束の間、その眼前に広がる悲惨な光景に一同は言葉を無くす。
いつもは明るく活気のあるはずの街は赤暗い霧に包まれ、仕事に精を出していたであろう人々は道に倒れていたり辛そうに壁に手をついていたりで、その辛さは見ているだけでも感じ取れてしまいそうなほどだった。
「お、おい、ナタリア、汚ねぇからやめろよ、伝染るかもしれないぞ」
真っ先に治療を始めたナタリアにルークが心ない発言をしてしまい、ナタリアは信じられないといった顔で怒鳴り付ける。
「……何が汚いの? 何が伝染るの! 馬鹿なこと仰らないで!」
またこのパターンか。ディルは巻き添えを食わぬよう他の住民に手を貸しに行くと、背後から子供がやって来て思い切りタックルされた。
「やっぱり! ディルにーちゃんだ!」
無邪気に笑う子供は、エンゲーブに住む一家の息子だった。
名をジョンというその少年は、近くにいた父親も呼び寄せる。
「あんたはローズ夫人のとこの……、何でまたこんな時期にこんなところまで?」
「訳あってあちらの方々と一緒に行動しているんです。何か手伝えることはありませんか?」
「そりゃあ助かる! 実は坑道の中にまだ仲間が居るんだが、出来るところまででいい、連れてきてやってはもらえねぇか?」
彼の指差した坑道からは障気が流れ出しており、ディルのやる気のメーターが一気に下がる。
あの中に入って果たして大丈夫なのか不安がっていると、先にティア達が入っていくのが見えた。少なくとも入ってすぐに倒れるようなことは無いらしい。
「……わかりました」
「ただくれぐれも注意はしてくれよ、あんたらまで倒れたら意味がないからなぁ」
「ディルにーちゃん、頑張ってね!」
ぶんぶんと手を振る子供に片手で応えて、視界の悪い坑道に入る。
すると先に入ったばかりのティアが、何故か神託の盾兵士と共に出てきた。
「ティア? どこ行くんだ?」
「第七譜石が見つかったらしいの。申し訳ないけれど、私はそれを確かめに行くわ。大佐たちはこのまま真っ直ぐ進んだ所に居るから、直ぐに合流出来るはずよ。魔物もいるみたいだから気をつけて」
立ち止まることなく早口で説明し街の中へ消えていったティアに、忙しいなあと同情しながら奥へと進む。
余計な体力は使うまいと、道中の魔物はなるべく避けて通った。
中程まで来ると今度はジェイドが逆走してきて、危うくぶつかりそうになる。
その後ろには広い空間があり、ナタリアが救護のために忙しなく駆け回っているのが見えた。
「ああ、貴方も来て下さったんですね」
「母の知り合いに頼まれたもんで。大佐はどちらに?」
「上がやけに騒がしく感じたので、少し様子を見に行こうかと」
言われてみれば、さっきよりもガヤガヤとした声が遠くから聞こえなくもなかったが、今はそれより頼まれたことを済ませるべきだろうなと、ジェイドと入れ代わるようにしてディルはルーク達と合流する。
「お前どこ行ってたんだよ?」
「出来ることを探しに。……治療はナタリアに任せた方がいいですか?」
「そうですね、もう殆ど終わっていますから……、僕たちはもう少し奥に行くつもりですが、ディルはどうしますか?」
「なら、ナタリアが治療した人を外に運び出してきます。ここに居るよりは気分も楽になると思うので」
「わかりました、お願いします」
疲労の色を見せるナタリアを気遣いながら、ディルは一人ずつ肩を貸して外まで連れていく。
何回か往復して最後の1人を連れ出したところで、また別の人物が坑道に飛び込んできた。
それはルークとよく似た赤髪の六神将。
なんでこんなところにと聞く間もなく、アッシュはディルを一瞥すると何も語らず真横を通過して行った。
それを追うようにして、ティアとジェイドも慌ただしく戻って来る。
「おかえりなさ……、何かありましたか?」
結果はどうだったのかと聞こうとして、ディルは二人の顔色が優れないことに気づいた。
障気にあてられたのかと思ったがそうではないらしい、ティアが珍しく落ち着きなく話す。
「ディル! ルークたちは!?」
「ナタリアは今は休んでる、イオン様とルークはそのまま奥に行ったけど……」
話を全て聞き終わる前に坑道の奥へ駆けていくティアに、一体何事だとジェイドを見る。
「私たちも急ぎましょう、障気どころの話ではなくなりました」
「どういう事だ?」
「私にもまだよく分かりません。ただ、このままでは全員仲良く心中しなければならなくなることだけは確かですよ」
「なっ……!?」
たった数十分の間に何があったのか微塵も理解出来ないまま、ナタリアも連れて最深部まで走る。途中激しい揺れを感じて、何度も転びそうになった。
「……!? おい、あれ……」
そうして漸く狭い通路を抜け再び開けた視界の中心にあったのは、機能を失ったパッセージリングだった。
その前にはルークが座り込んでおり、天井からは収まらない振動によって崩れた壁が次々に崩落してきている。
「全く次から次へと……呼んだ覚えのない者まで紛れ込んでいるな」
頭上から降り注いだ声にディルが顔をあげると、鳥型の魔物に跨がるヴァンと目があった。
そしてその脇には、再会を望まなかった男の姿。
「大佐!? どうしてここに……総長! 話が違います!!」
相変わらずディルには目もくれないシブレットは、安定しない足場にふらつきながらもヴァンを問い質す。
「ディル、あなたはいつまでそちらに居るつもりですか? 共に行動している理由は知りませんが、あくまでそちら側につくというのなら、次からは貴方も敵とみなしますよ」
「そんな、でも俺は、貴方を助け……っ!」
狼狽するシブレットの後首に、ヴァンが素早く手刀を叩き込む。
息を詰めてそれ以上言葉を発することの出来なかった青年はその衝撃で意識を失ったようで、だらけた四肢をヴァンに抱えられる。
「あまりこれを惑わすような言動はしないで貰いたい。これは貴重な人材だ」
「随分大事にしている様ですね。それでフォミクリーを使用したということですか?」
「それは違うな、もしその為だったのだとしても、ソレでは意味がない」
まるで無機物を見るような目で見下ろしてくる相手を、ディルは負けじと睨み返す。
「……こちらの彼はどうなっても構わないと?」
「意に添わぬ出涸らしに用はない。お望みならソレ共々ここで朽果てるといい」
「兄さん! やっぱり裏切ったのね! この外殻大地を存続させるって言ってたじゃない! これじゃあアクゼリュスの人もタルタロスにいる神託の盾も、みんな死んでしまうわ!!」
「……メシュティアリカ、お前にもいずれわかる筈だ。この世の仕組みの愚かさと醜さが。それを見届けるためにも……お前にだけは生きて欲しい。お前には譜歌がある、それで……」
ヴァンはそれだけ言うと、嫌がるアッシュと目を覚まさないシブレットを連れて、崩壊を続ける建物から外へと飛び去っていった。振動は尚も激しさを増し続ける。
「まずい! 坑道が潰れます!」
「私の傍に! 早く!」
気を失い倒れていたイオンとルークをそれぞれが背負い、全員がティアの傍に集まる。
耳をつんざく地鳴りの上から、ティアの譜歌が被さった。