02.焔に近付きすぎた鳥
「流石、思ったとおり律儀ですね」翌日。ゆったりとした座席で優雅な船旅をしたにもかかわらず気落ちしているディルに、言っていた通り迎えに来ていたジェイドがにこやかに告げる。
「何の話だ……」
「分かっていないのならいいですよ。――さて、着いたばかりのところ申し訳ないのですが、少し急ぎますよ」
「? 何かあったのか? そういえば他の皆は……」
「イオン様とナタリアがモースに軟禁されました」
珍しく走るジェイドの隣で、唐突な話に一瞬思考回路が停止する。
「……は!?」
「今奪還の為の戦力を集めているところです、貴方も頭数に入れさせて頂きますが宜しいですか?」
「いいけど、なんでそんなことになったんだ?」
「アクゼリュスが消滅したことをきっかけに、キムラスカが開戦準備を始めたと聞いています。恐らくはナタリアの死を開戦の口実に考えているのでしょう」
「ナタリアは死んでないだろ」
「外殻のほとんどの人間はそのことを知りませんよ。普通、あの場にいて生き残ったものが居るとは思わないでしょう。アクゼリュス消失の原因も分かっていない筈です。イオン様もそれらを警戒して、導師詔勅を発令しようと教団に戻ったところ捕まったようです」
「……大体は理解したけど、それで今これはどこに向かってるんだ? 教団とは方向が違うだろ」
「近くにマルクト軍がいないので、ガイに助力をと思いまして」
「なんだ、ガイも別行動だったのか?」
「彼はあくまで、ルーク≠フ親友だそうですよ」
なんとなく言いたいことが分かって、ディルはそれ以降は何も言わずただひたすらに走った。
着いたのはオールドランド唯一の湧水洞──ユリアロードの繋がる場所で、運のいいことに入り口で探し人と出くわした。
「ジェイド!? ……と、ディルじゃないか、おかえり」
ただ皆に着いて来ているだけなのにおかえり、というのも何かおかしいなと思いながらも、ディルはただいまとはにかんで返す。
「なんでここに?」
「ガイに頼み事です。ここでルークを待つと言っていたので」
「俺に?」
「イオン様とナタリアがモースに軟禁されました」
「何だって!?」
「おやルーク、あなたもいらっしゃいましたか」
ジェイドの言葉に声を上げたのは、アッシュとの戦い以降ユリアシティで療養していたルークで、いつの間に切ったのか髪がずいぶん短くなっていた。その隣には、彼に付き添っていたティアの姿もある。
さっきと同じように事情を説明したジェイドに、頼みを受け入れたガイが頷く。
「よし、ルーク、2人を助けよう。戦争なんて起こしてたまるか、そうだろう?」
「……ああ。ダアトへ行けばいいのか?」
「まあ、そういうことですね。念のためにお知らせしておきますが、ダアトはここから南東にあります。迷子になったりして、足を引っ張らないようにお願いしますよ」
グサリ、と見えない矢がルークに刺さり、ジェイドは先に歩き出す。
また怒って言い返すかと思ったが、本人は悲しげに俯くだけだった。
これは、予想以上にアクゼリュスのことが堪えているのか。
ディルが大丈夫かと肩を叩くと、
「大丈夫だよ。……有難う」
と、微笑を返された。
それは今自分が話しかけたのは誰だと困惑してしまうほど、今までのイメージが根底から覆される反応だった。
唖然として動けないで居ると、ティアが魔界であったことを話してくれた。
ルークが自分の今までの振る舞いや考え方がどんなものだったかを自覚し、これから先変わるために努力すると誓ったことを。
「じゃあ髪を切ったのって……」
「彼なりのけじめ、だと思うわ」
失恋した女子じゃあるまいしと思いつつ、しかしただ落ち込むだけでなく前に進もうとしているルークにディルは安堵した。
「俺も見習わないとな……」
「ん? ディルは今でも十分やってるじゃないか」
「そうか?」
ガイの言葉に喜びつつ、しかしその言葉が自分の悩みとはズレたフォローであることにディルは苦笑した。
「ご主人様! あれがダアトですの?」
第四石碑の丘を登ったところで、先に見えた町並みにミュウが尋ねる。
中央にある塔のような教会から支柱が伸び、白い街をドーム状に被っていた。
「俺は知らないよ、そうなのか?」
「ええ、そうよ。あの教会にイオン様とナタリアが軟禁されているのね」
「戦争を食い止めることができる可能性を持った2人ですからね、モースとしてもダアトから外に出したくないのでしょう。アニスとディル――シブレットが、教団の様子を探っています。街で落ち合えればいいのですが」
ディル、と聞いて皆がジェイドの隣に立つ自分の方を見たので、わざわざ呼び方を言い改めた男に、ディルはややこしいのなら自分をファミリーネームで呼んでくれればいいと言ってみる。
だがそれではローズ夫人と被ると言われ却下された。
「でもあっちの……シブレットさんとの方が付き合いは長いんだろ?」
「……まあ、貴方よりは。ですがそれと呼び方は関係ありませんし、このメンバーの中ではディルと言えば貴方というイメージの方が強いようですから」
そう言われればそうかもしれないが。
まあ呼び方なんてどうでもいいかと、丘を下る皆の足跡を速足で辿る。
物静かな街を進んで教会の前にやって来たところで、2つの影が猛スピードで突っ込んできた。
小さい方の人影がガイに急接近し、それが誰なのかを察知した女性恐怖症の青年は飛び退きルークの背中に隠れる。
「大佐! ナーイスタイミーング!」
「うわっ! アッシュ、髪切った?」
「お、俺は……」
「あ、違った。ルークだ。……えええ? なんでおぼっちゃまがこんなところにいるの!?」
「とりあえずイオン様奪還のための戦力は揃えました。お2人はどうされています?」
「イオン様とナタリアは、教会の地下にある神託の盾本部に連れていかれましたっ!」
「勝手に入っていいモンなのか?」
「教会の中だけならね。でも地下の神託の盾本部は、神託の盾の人間しか入れないわ……」
「侵入方法はないのか? なんとしてでも2人を助けないと、本当に戦争が始まっちまう」
「もう始まりそうだけどなー。侵入っつっても強行突破は無理だと思うぜ、警備はぬかりないからな」
ジェイドの提案で、ディル、ジェイド、ガイやルークはティアがアクゼリュスで見た第七譜石についての報告の為に連れてきた証人、ということにして、正式に本部へ入る許可を貰うということで話は纏まった。
騎士団員である3人を筆頭に教会の中に入り、許可を貰う為に自治省の詠師トリトハイムを探す。
途中の通路でモースとリグレットが会話をしているところを見つけ、気取られる前にその場を離れた。
「モース様、それに教官まで……、本当に戦争を起こそうとしていたなんて……」
「とにかくイオンを探し出して開戦を止めねぇと!」
「そうだな」
急ぐ一行は礼拝堂にトリトハイムを見つけ、ティアが早速報告を始める。
ティアの普段の行いが良いからか、疑われることなく通行許可証を手にすることが出来た。
「ん? そちらは……」
用が済んだなら嘘がバレないうちにさっさと行こうと踵を返したディルを、トリトハイムが引き留める。
もう嘘がバレたかと内申焦ったが、用があるのは一人だけという事なので、とりあえず皆に先に行くように言って向き直った。
「何かご用でしょうか」
「急いでいるところすまないな。何、大したことではないのだが……、そなたはディル・シブレットではないか?」
「……シブレット謡手は、先に行かれた彼の方ですが? 容姿が似ている様なので、お間違いになられたのでしょうが」
「確かに……あれは神託の盾の団服であったの。……いや、全くその通りだ。何故引き留めてしまったのか……。足を止めさせてすまない。ティアへの協力、感謝する」
「? いえ……、では失礼します」
結局なにが言いたかったのか分からずじまいだったが、今は急がねばと一礼して礼拝堂を出る。
一方でトリトハイムも本当に自分の行動の理由がわからないといった風に、1人首を傾げていた。