02.焔に近付きすぎた鳥
ティア達は本部への通路を見張る番兵の近くで待ってくれていた。ディルに気づいたシブレットが大きく手を振る。「何の用だったんだ?」
「俺に用というより、貴方に用があったみたいでしたよ。多分間違われたのかと」
「なーんだ。でも俺に用って何だろ? 詠師に呼ばれることなんてそうそうないんだけどなぁ」
「そうなんですか?」
「会ったことも1、2回くらいじゃねーかな〜。ま、後で聞いてみるわ」
「それじゃあ、行きましょう」
許可証を提示し、ようやく教会本部への侵入に成功する。
だがそこから先、イオン達がどの部屋にあるのかは見当がついておらず、この何階にもわたる部屋をしらみ潰しに探さなければならないという事実に皆が落胆する。
「んなことしてたら、見つかっちまうぞ」
「なるべく目立たないようにするしかないわ」
「そうですね。敵に見つかったら新手を呼ばれないよう、確実に息の根を止めなければなりませんから」
「……気が重いな」
「仕方ない、ぐずぐずしてれば本当に戦争が始まる。そしたら……もっと人が死ぬ」
ガイの言葉に、それでも思い詰めてしまうルークは俯く。
その丸まった背をシブレットがバシバシと叩いた。
「まー大佐は大袈裟に仰るけど、しばらく起きない程度に気絶させりゃーいーんだって。んな考え込むなよ」
「おや、そんな器用な真似が貴方に出来るとは知りませんでしたねぇ」
「やれば出来ます、多分」
メイスを振り回し意気揚々と歩き出すシブレットに、少しは楽になったのか、ルークも足を踏み出す。
「……あちらさんは人を励ますのが上手いみたいだな。って、ディルと比較してる訳じゃないぞ?」
「分かってるよ、俺たちも行こう」
慌てて付け加えたガイに笑いながら、ディルも二人を探すべく探索を始める。
途中からは集合の合図であるドラを叩いて部屋の中の兵を誘きだし、その隙に中を覗くという作戦のおかげで戦闘の回数を減らすことに成功した。
そうして面倒な装置をあちこち起動させて辿り着いた一室でようやくイオンとナタリアと無事に会うことができ、皆はほっと安堵の息を吐いた。
「イオン! ナタリア! 無事か?」
「……ルーク……ですわよね?」
ルークの顔を見て、ナタリアが一息置いてから問う。一目で見抜くのはさすが幼馴染だ。
「アッシュじゃなくて悪かったな」
「誰もそんなこと言ってませんわ!」
「イオン様、大丈夫ですか? 怪我は?」
「平気です。皆さんも、わざわざ来てくださってありがとうございます」
「今回の軟禁事件に兄は関わっていましたか?」
「ヴァンの姿は見ていません。ただ、六神将が僕を連れ出す許可を取ろうとしていました。モースは一蹴していましたが……」
「……すみません導師、そのあたりのことで、ご確認しておきたいことが」
サクサクと話を進める一行の中で、一人ついていくことが出来ていないシブレットが挙手をして発言権を得る。
「何でしょう?」
「俺は導師が大佐に拐かされたと聞かされていたのですが、実際はどうなのでしょうか?」
「……話していないんですか?」
「すみません、ゆっくり説明する時間がなくて」
ジェイドの返答に、ならば今しておこうとイオンが経緯を話し出す。
自分から頼んで連れ出してもらったこと、本当に誘拐を目論んでいたのは実のところ六神将のほうであったこと。
一通り聞き終えたシブレットは、情けない顔で一言。
「……つまり俺は騙されてたんですね」
「まぁそういうことですね」
慰めるでもなくトドメを刺すジェイドに、落ち込むかと思えばそうでもなく。
シブレットはため息をついて、真剣な面持ちでイオンに頭を下げた。
「知らなかったとはいえ、導師誘拐に加担するような真似をしてしまった事、如何な処罰も受ける覚悟でございます」
「シブレット謡手って変なとこマジメだよね〜」
「貴方が罰を受ける必要はありません。もしそれでも貴方自身が負い目を感じるのであれば、今後の働きで返して下されば結構です。ですから、顔を上げてください」
茶々を入れるアニスを小突いて、シブレットはイオンに再度頭を下げる。今度のそれは謝罪ではなく感謝の礼だ。
「それより早く出ないと、総長たちがイオン様を連れ去りに来ちゃいますよぅ!」
「そうだな、さっさと逃げちまおうぜ。ひとまず街外れまでで大丈夫だろう。この後のことは、逃げ切ってから決めればいい」
「なら第四石碑だっけ? あれがあった丘まで逃げようぜ」
周りに兵がいないかを確認してから、息を潜めて一行は部屋から出る。
最後尾を走るディルが前を行く人間の数が一人足りないことに気づいて振り返ると、さっきまではメイス以外持っていなかったシブレットが1冊の本を抱えて出てきた。
「それは?」
「うん? ……ああ、なんかさっきの部屋にあってさ。気になるから持ってきた」
「……勝手に持ち出していいのか?」
「さぁ? まぁそのうち返すって! 埃かぶってたし、そんなにたびたび必要になるもんでもないだろ」
さぁって、教団の人間とは言え、それは窃盗と言うんではないだろうか。
良心が目の前の男の行動をとめようとディルは言葉を発しかけたが、まぁ借りるだけなら細かく注意しなくてもいいかと黙認した。
どうせ大したものではないのだろうしと、その時は軽く考えて。
「追っ手はこないみたいだな」
丘まで一気に駆け抜けて、後ろを確認したガイが皆を止める。
「公の場でイオン様を拉致するような真似はできないのだと思うわ」
「そういえばディル……ああ、ええと、教団の方のディルです、すみません」
二人同時に反応されて、名を呼んだイオンが慌てる。
ジェイドがその横から現れて、シブレットの肩に手を置いた。
「イオン様、今後教団外ではこちらのディルのことはシブレットと呼ぶようにお願いします」
「え、なんで俺なんですか」
「では貴方は普段何と呼ばれていますか?」
「……ディル」
「それは私とイオン様だけでしょう。この顔ぶれだと貴方をディルと呼ぶよりシブレットと呼んだ方が都合がいいんですよ。――ではイオン様、続きをどうぞ」
発言権を没収されたシブレットは、羨望の眼差しでディルを見た。
名前で呼ばれたいのだろうか、自分としてはそれでいいのだが、それはさっき提案して却下されてしまったので立場を代わってあげることは出来ない。
「シブレットが六神将に同行していた理由をまだ聞いていなかったので、この際に聞かせておいて貰えませんか?」
「分かりました。と言っても、これといった理由はないんですが……、導師は私の役職をご存知ですか?」
「……ああ、なるほど」
「あー、そういえばそっかー」
「? どういうことだ?」
シブレットの問いにイオンは一人頷き、アニスやジェイドやティアも納得する。
ただ他の、教団に詳しくないルークたちはまったく理解できずに首をひねった。
「では分かっていない面々の為に。シブレット、まず貴方の所属と役職をどうぞ」
「神託の盾騎士団第六師団、師団長」
「……それがどう六神将と関係あるんだ?」
「師団長というのは、六神将と同じ地位に当たるんです。そして第六師団は元々カンタビレという女性が師団長を勤めていました。彼女は六神将と違い詠師派でしたから、神将には属していなかったんです」
「で、そのカンタビレさんが左……まぁ、色々あってダアトを去って、後任として俺が就いたわけなんだけど、第六師団の団員のほとんどが詠師派だったから、そのまま神将には加わってなかったんだよ。ただまぁそれは表向きなわけで……」
「実際は六神将と同じように、ヴァン総長の指示で動くこともあったってこと。その場合は師団は使わないで、ほとんどシブレット謡手の単独みたいなもんだったらしいけどね〜。つまり今回の件もその総長の指示で動くとき≠セったってことでしょ?」
「まぁそんなとこ。でも総長の指示がなくても、自分で動くつもりだったんだ。イオン様がマルクト軍に誘拐されたって教団内でウワサになってたから。そこでたまたま総長に声かけられてさ」
「で、ホイホイとついて行って、嘘の情報を吹き込まれてまんまと騙されていたと」
ジェイドの毒舌の矢を急所に受けて、シブレットがよろめく。
この扱いっぷりは少し可哀想でもあるが、お互いに信頼しているからの言い様なのだろう。
「ところで、この後どうしますかぁ? 戦争始まりそうでマジヤバだし」
「バチカルへ行って、伯父上を止めればいいんじゃね?」
「忘れたの? 陛下にはモースの息がかかっている筈よ。敵の懐に飛び込むのは危険だわ」
「残念ですが、ティアの言う通りかもしれません。お父様はモースを信頼しています」
「私はセントビナーが崩落するという話も心配ですねぇ」
「それならマルクトのピオニー陛下にお力をお借りしてはどうでしょう。あの方は戦いを望んでおりませんし、グルニカ崩落の兆しがあるなら陛下の耳に何か届いているのでは?」
イオンの提案に賛同し、皇帝のいるグランコクマに向かうべく、アッシュがダアト港に残してくれていたらしいタルタロスに乗り込む。
操縦者はやはり変わらずで、席についたガイが口を開いた。
「……ちょっと気になってたんだが、確かグランコクマは戦時中は要塞になるよな。入れるのか?」
「よくご存知ですねぇ、そうなんです」
「でも今はまだ開戦してませんよ?」
「それはそうですが、キムラスカの攻撃を警戒して、外部からの進入経路は封鎖していると思います」
「ジェイドの名前出せば平気なんじゃねーの?」
「今は逆効果でしょう。アクゼリュス消滅以来行方不明の軍人が、部下を全て死なせた挙句、何者かに拿捕された筈の陸艦で登場……攻撃されてもおかしくない」
「どこかに接岸して、陸から進んではどうでしょう。丸腰で行けばあるいは……」
「ローテルロー橋がまだ工事中ですよね、あそこなら接岸できると思います」
「……それしかなさそうですね」
歩くんだ……とその距離を想像したアニスが嫌そうに呟く。
面倒なのは皆一緒だったが、それ以外に方法もなくほかの面々は愚痴を零さなかった。