03.空を翔けるは銀の翼
「ですから父上、カイツールを突破された今、軍がこの街から離れる訳にはいかんのです」「しかし民間人だけでも逃がさんと、地盤沈下でアクゼリュスの二の舞じゃ!」
「皇帝陛下のご命令がなければ、我々は動けません!」
セントビナーは思ったほどの混乱には陥っていなかったが、それも表向きだけだった様で、マルクト軍基地ではマクガヴァン親子が声を張り上げていた。
部屋に入ってきたこちらにも気付かずに言い争う二人の間に、ルーク達が割って入る。
「ピオニー皇帝の命令なら出たぜ!」
「カーティス大佐!? 生きておられたか!」
「して、陛下はなんと?」
「民間人をエンゲーブ方面へ避難させるようにとのことです」
「しかしそれではこの街の守りが……」
「何言ってるんだ、この辺崩落が始まってんだろ!」
「街道の途中で私の軍が民間人の輸送を引き受けます。駐留軍は民間人移送後西へ進み、東ルグニカ平野でノルドハイム将軍旗下へ加わって下さい」
「了解した。……セントビナーは放棄するということだな」
ここに住んでいた人には辛い話だろうが、崩落を止める手立てが無い今それを躊躇う余地はない。
老マクガヴァンは街の皆にそれを伝えに行き、自分達は民間人の避難を手伝った。
「ママー、どこー?」
広場で1人泣き顔で彷徨う少女に、ディルは不安を与えぬように笑みをつくって話しかける。
「お母さんとはぐれたの? 君のお家は?」
「……あっち、あのおおきな木のちかく」
「俺が探してくるから、君はあっちのお兄ちゃん達と一緒に行っててくれるかな」
「ほんと? ほんとに見つけてきてくれる?」
「うん。それにもしかしたら、先にあっちで待ってるかもしれないだろ? 見てきてごらん」
少女は頷いて、その小さな歩幅で懸命に駆けていった。
ルークが少女を見つけて引っ張っていくのを見届けてから、ディルは人の流れに逆らって街の奥へと進む。
あの子供に名前くらい聞いておけばよかったと思いつつ「誰か居ませんかー」と家の周辺を声を上げながら歩き回っていると、木の上にそれらしき人物を見つけた。
こんな時に何やってるんだと呆れながら、ディルは梯子を上って女性を呼ぶ。
「すみません、避難命令が出てるので、一緒に来てもらえますか?」
「ええ、わかっています。けれどもう少し……もう少し待ってください」
「何かお探しで?」
「子供が大事にしていたぬいぐるみを無くしたみたいで……」
ぬいぐるみ。それはこの非常事態に探すほどのものなのだろうか。
高い木の上から街の出口を見れば、ルーク達が分散してあちこち走り回っているのが見えた。
避難させるべき人はまだ相当数残されているらしい、あまり一人に時間をかけてはいられない。
「残念ですがもう時間がありません、早くしないと……」
「亡くなった夫が娘に送った最後のプレゼントなんです! あれだけはどうしても……!」
相手の必死な姿を見て、仕方ないと自らも生い茂る木の中を掻き分けて探し始める。
「ここにあるんですか?」
「娘はよくここに登っていたので、あるとすればここだと……」
手の届く範囲には無い。とすると、もっと上か。
ディルは梯子から太い枝に足を移して更に上へと登っていく。
焦る気持ちを落ち着けて周囲に目を凝らしてみると、木の天辺付近に可愛らしいブウサギのぬいぐるみがひっかかっているのが見えた。
なんでまたこんな所にと思いながらも視界を遮る葉をどけて、伸ばした指先でそれを掴む。
「ありました、これですか?」
「それです! 有難う御座います……!」
下で不安げにこちらの様子を伺っていた女性が手に握られたそれを見て表情を和らげる。
ディルはぬいぐるみについた葉を払って女性に投げ渡して、先に逃げるように伝えた。
飛び降りる訳にもいかず、地道に木から下りていっている間に、広場のほうでは何やら別の騒ぎが起きているようだった。
街の出口に謎の巨大ロボットが見える。ルーク達と戦っているところを見ると敵からの奇襲だろうか。
一応走ってはみるが、恐らく駆けつける前に終わるだろう。
「っと、なんだ!?」
広場まであと少しのところで、地面が大きく揺れてディルはバランスを崩す。
振動の原因はすぐに分かった。ルーク達のいる街の出口付近と今自分が立っている場所の間に亀裂が生じて大きな段差が出来ている。
崩落が始まったのだ。
「ディル! どこ行ってたんだよ!」
「ごめん、ちょっと色々あって。そっちは大丈夫だったか?」
「俺たちは何とも無いけど、それより今はそっちが……!」
「待ってルーク! それなら私が飛び降りて譜歌を詠えば……!」
「待ちなさい。まだ相当数の住人が取り残されています。あなたの譜歌で全員を護るのはさすがに難しい。確実な方法を考えましょう」
「でもこのままじゃディルやマクガヴァンさんたちが!」
マクガヴァンが自分たちのことは気にするなと隣で叫ぶ。その後ろにはまだ何十人もの住民が並んでいた。
中にはさっきの母親も居り、ぬいぐるみを抱えたまま体を震わせている。
「大丈夫です、彼らが何とかしてくれます」
「……すみません。私がいけないんです、貴方まで巻き込んでしまって……」
「いえ、寧ろ残っていられて良かったです。街の皆さんだけをここに残していくのも心配ですし」
精一杯の虚勢を張ってそう微笑みかけるディルに、ジェイドが頭上から叫ぶ。
「ディル! 私達は譜力機関を取りに今からシェリダンへ向かいます。ですから戻って来るまで、そちらのことは頼みましたよ」
「シェリダンにって……今からか?」
「ティアの話では崩落には時間がかかるそうです。それに、あなたの譜歌はティアに近いものがある。もしもの時は……」
「……分かった」
ジェイドは最後に何か言いかけて、しかし言葉には出さずに走り去っていった。
ここからシェリダンまでの距離は近くはない。タルタロスで行けばそれほど時間もかからないかもしれないが、この状況ではその時間が命取りだ。
間に合わなかった時は自分が皆を護らなければいけない。けれど増幅器もない今、この人数を一人でカバー出来るとは言い切れない。
もし誰かを犠牲にしなければならないとすれば、その時は――――
「お前さんが、ジェイドの言っていた変わり者か?」
最悪の事態を予想して覚悟を決めるディルに、マクガヴァンが落ち着いた様子で隣に並ぶ。
息子のグレンは不安な面持ちの人々の心を紛らわせようと、声をかけて回っていた。
「え?」
「おや、違ったかの。髪の青い青年だと聞いておったが」
「……それは、恐らくシブレット揺手のことかと思います。俺……私は、大佐とはまだ出会ってから月日も浅いので」
「畏まらずとも普段の言葉でよい。そうかそうか、それは失礼じゃったな。お主の名は何という?」
「ディル・スエンテです。お初にお目にかかります、マクガヴァン元帥」
「普段の通りでよいと言うのに。以前ルーク達と会うた時には姿は見かけなんだが、ジェイド坊やの知り合いかの?」
ジェイドを坊や呼ばわりとは、上下関係以外にも縁がありそうな目の前の老人に、自分が同行するようになった経緯を説明する。
「なるほど、恩返しの旅という訳か。しかしそれだけの為にこのような事に巻き込まれるとは、苦労しとるの」
「いえ、彼らに同行を強制されている訳でもありませんし、私が決めて共に来ただけですから……、自業自得というか」
「そうか……おおグレン、皆の様子はどうじゃった?」
「少しは落ち着いたようですが……、やはりまだ不安が残るようです」
街の皆は騒いでこそいなかったが、一箇所に集まり互いに身を寄せ合っていた。
どうにかして陸地に上がれないかと模索している人間も居たが、陸との間に出来て今なお広がり続ける亀裂は、普通の人間が乗り越えられるような高さではない。
「……本当に間に合うのでしょうか。今はまだ降下速度も遅いですが、いつ急速になってもおかしくは無い」
「それでも今わしらに出来ることは、ジェイド達を信じて待つことだけじゃ。とにかく民にこれ以上不安を与えてはならん、そのような発言、皆の前ではせぬようにするのじゃぞ」
「……分かっています」
誰の顔を見ても不安の色は濃く、それはディルも同じだった。
自分に何か今できることはないだろうか、気を紛らわせられるのなら何でもいいのだが……
(……昔ならこういう時、歌でも歌ってたんだけどな)
今はそれすらも出来ない。冗談を言って笑わせられるような器量もない。
早く帰ってきてくれないだろうか、今頃皆はどの辺りに居るのかと、ディルは遠い空を見上げる。
いつもなら心穏やかになるような晴天も、今はその効果を発揮してはくれなかった。