03.空を翔けるは銀の翼
ディルがあの手この手で周囲の人間を励ましている間。メジオラ高原では、墜落したアルビオールを回収するために、ルーク達が二手に分かれて行動していた。
「どうした? なんか上の空だな」
「んー……」
いつもより敵への反応が悪いシブレットに、見かねたガイが声をかける。
シブレットは眠いのか何なのか、やる気の無い動きでメイスを振り回している。
「シブレット、疲労が溜まっているのか知りませんが、今は目先のことに集中していただかないと困ります」
「……ジェイド大佐、大佐はさぁ……」
「おい、なんか聞こえなかったか?」
ガイが皆に口を閉じるように促し聞き耳を立てる。
確かに何か魔物の咆哮のようなものが聞こえる。それも近くから。
声と共に足音が聞こえ、それは次第に大きくなっていく。
「――やばい、後ろだ!」
ガイに言われて咄嗟に横に飛びのくと、そこに魔物の手が振り下ろされた。
シブレットはメイスを構えて間合いを取る。反対にガイは前に出て剣を抜いた。
『戦場に立つ戦士に手向けを――ズェ ズェ ネゥ トゥエ ズェ リョオ ヴァ』
「? 何だ?」
「詠唱短縮の譜歌ですね。大地の咆吼、其は恐れる地龍の爪牙、グランドダッシャー!」
ジェイドの譜術とシブレットの譜歌に後押しされて、ガイが敵に切り込む。
魔物は三人の連撃の前に倒れた。
「ふぅ、なんか魔物多いなー。ルーク達は大丈夫ですかね?」
「信じるしかありません、こちらも急ぎましょう」
「先はまだありそうだな……、もうアルビオールは見えてるんだし、こっから飛んでいければ速いんだが……」
「飛んで……」
ふと、アクゼリュスでディルがやっていた事を思い出して、ジェイドがシブレットに同じことは出来ないのかと問う。
「…………」
「難しいですか?」
「……いえ」
シブレットはどこか不服そうに顔をしかめながらも、メイスを翳して目を閉じた。
『汝は神の伊吹、願い賜ふは風の猛追――トゥエ ヴァ ネゥ トゥエ リュオ ズェ ネゥ トゥエ』
ディルの時と同様に、シブレットの体が風によって浮き上がる。
それに押されるようにして、アルビオールのすぐ近くの足場へと降り立った。
「三人一緒にってのは無理なのか?」
「……あいつは、そうしてたんですか?」
「あいつ? ……ディルのことですか? 彼も一人ずつでしたが」
シブレットはガイとジェイドを同じようにして自分の近くまで運んだ。
そのまま何も言わずにスタスタと進んでいくシブレットに、ガイが何か不味いことでも言っただろうかとジェイドを見る。
ジェイドには彼の不機嫌の理由がなんとなくは分かっていたのだが、ガイにそれは教えずに、そういえばさっき何を言おうとしていたのかとシブレットに問う。
「……大佐は、もし俺とあいつ、どっちかしか助からないような時が来たら、どっちを助けますか?」
「……何故、そんなことを聞くんですか?」
しばらくの沈黙の後、シブレットは「なんでもないです」と言って、それ以上は話さなかった。
「旦那、あいつディルと何かあったのか?」
「さあ、どうでしょう。私にも分かりかねます」
「嘘吐け……」
「ともかく急ぎましょう。そのディルは今も崩落途中のセントビナーで我々を待っています」
丁度対岸にルーク達も到着して、両側からアルビオールを固定するためのランチャーを撃ち込む。
そうしてなんとか機体を陸まで降ろすと、中から操縦士のギンジが出てきた。
「助けてくださって有難う御座います」
「怪我はないか?」
「はい、おかげさまで」
「話は後にしましょう。浮遊機関も回収できたし、時間が惜しいわ」
戦えないギンジを中心に周囲を固めて急いでシェリダンまで戻る。
着くなりギンジが浮遊機関を持って走り去っていく、その後にルーク達も続いたが、途中でキムラスカ兵に見つかってしまった。
「お前達か! マルクト船籍の陸艦で海を渡ってきた非常識な奴らは!」
「まずい……!」
「とりあえず逃げよっ!」
「捕まえろ!」
追ってくる兵を振り切って飛行艇のドッグに逃げ込む。
中ではシェリダンの技術者であるアストン、イエモン、タマラの三人が最後の作業を行っていた。
「怪しい奴! ここを開けろ!」
「なんの騒ぎだい?」
「キムラスカの兵士に見つかってしまいました」
「そうか、あんたマルクトの軍人さんだったんだねぇ」
「この街じゃ、もともとマルクトの陸艦も扱ってるからのぅ。開戦寸前でなければ咎められることもないんじゃが……」
「陸艦といえば、おたくらの陸艦から部品をごっそりいただいたよ。製造中止になってた奴もあったんで、技師たちも大助かりさ」
「おかげでタルタロスは航行不能です」
「でも、アルビオールがちゃんと飛ぶなら、タルタロスは必要ないですよねぇ」
「ちゃんと飛ぶなら、とはなんじゃ!」
「わしらの夢と希望を乗せたアルビオールは、けっして墜落なぞせんのだ」
「……墜落してたじゃん」
「おおーいっ! 早くしてくれ! 扉が壊される!」
一人で出入り口のドアを押さえていたガイが暢気に会話を続ける一行に叫ぶ。
外からはまだ兵たちの声が上がり、ドンドンと戸を叩く音が響いていた。
「アルビオールの二号機は?」
「完成じゃ! 二号機の操縦士も準備完了しておるぞ」
「よし、外の兵士はこちらで引き受けるぞい。急げ!」
「ですが、外の兵士はかなり気が立っていますわ。私が名を明かして……」
「時間がないんでしょう? 私たちに任せてくださいよ」
「年寄りを舐めたらいかんぞ! さあ、おまえさんたちは夢の大空へ飛び立つがいい!」
三人に促され、ルーク達が昇降機に乗り込む。
ガイも扉から離れて上昇を始めたそれに飛び込み、圧力を無くした扉がキムラスカ兵によって蹴破られる。
ルーク達の後を追ってこようとする兵の前に、イエモンたちが立ちふさがった。
「この先にはいかせんぞぃ! わしらシェリダンめ組の名にかけての!」
不安げに見守る一行を乗せた昇降機はアルビオールの下で止まる。中では操縦士だろう女性が待機していた。
「お待ちしておりました」
「あんたは?」
「私は二号機操縦士ノエル、初号操縦士ギンジの妹です。兄に代わって皆さんをセントビナーへお送りします」
「よろしく頼む!」
「さあ、行きましょう!」
皆が席に座り、起動音を上げるアルビオールがその上体を起こす。
騒がしい下界からじわじわと遠ざかって、アルビオールは大空へと舞い上がった。
「うっひゃあー、本当に飛んでますよぅ!」
「よかった、これなら皆を助けられる……!」
「ええ。間に合えば、の話ですが」
「間に合いますわ! いえ、間に合わせてみせます!」
アルビオールもその期待に応えようとスピードを上げる。
まだ緊張は解けないとはいえ幾分表情の明るくなった皆とは裏腹に、一番奥の座席に座って外を眺めるシブレットは依然不機嫌なままだった。
「なぁ、どうしたんだ? さっきから随分元気がないじゃないか」
「……別に」
「俺が何か気に障るようなこと言ってたなら謝るよ。でも、それくらいで機嫌を損ねちまうような奴じゃないだろう? 理由を聞かせてくれないか、ディルと何かあったんじゃないのか?」
「何でもないって!」
「どうしたの?」
声を荒げたシブレットに、ティアが何事かとやって来る。
シブレットはそれきりまた口を開かなくなってしまい、ガイはどうしたもんかと溜息をついた。
「……? 彼、何かあったの?」
「さぁな、俺にもわからん。ジェイド、あんた何か知ってるんだろう? 何とかしてくれよ……」
「やれやれ。私にどうこう出来る話でもないんですがねぇ」
ティアやガイと交代して、ジェイドがシブレットの隣に座る。
シブレットはぶすくれた顔で窓の外を見つめたまま。
「シブレット、人命が懸かっている大事な作戦中に、場の空気を悪くするような態度は慎みなさい」
「さっきの答えを聞いてません」
「……どちらを選ぶか、という話ですか? そんなことを聞いて何になるんです」
答え以外は聞く気がないのか、それには反応せずにまた黙り込む。
これではまるで子供だとジェイドは嘆息した。
「貴方を選ぶと言えば満足するんですか?」
「……大佐の本心は」
「ですから、私はそのような質問に対する答えは持ち合わせていませんよ。もし本当にそのような状況に陥ることがあれば、その時に考えます。今そんな選択をする必要性は感じません。……分かったら今は作戦のことだけを考えなさい、いいですね」
「…………」
「私の知る貴方は、そんな事で輪を乱すような人間ではなかった筈ですが」
「……分かりました」
「見えました、セントビナーです!」
ノエルの声に、皆が一斉に立ち上がって外を見る。
機体の下に、崩落しかかった大地が見えた。
「大丈夫、まだ沈んでいないわ」
「皆も無事のようですわ」
「ノエル、あそこに降りられるか?」
「お任せください!」
アルビオールが旋回して、ゆっくりと高度を下げていく。
シブレットはこちらを見つけて胸を撫で下ろしているディルを見つけて、人知れず拳を握り締めた。