03.空を翔けるは銀の翼
「ここです、間違いありません」隠されていた入り口が開いて、中に見えた風景にイオンが頷く。
下へと伸びる道を進むと、しばらくして風景が大きく変わった。
大地を支えるパッセージリングを見て、アクゼリュスで見た悲惨な光景が皆の脳裏に蘇える。
「……お、あれじゃないか?」
それを意識の外に追いやりながら、一行は道の最下層にある大きな装置へ歩み寄る。
その前には、閉じた本のような形をした譜石が置いてあった。
「ただの音機関じゃないな、どうすりゃいいのかさっぱりだ」
「第七音素を使うって、どうするんだこれ……」
譜石に触れたイオンが、何かを感じ取って顔をしかめる。
「……おかしい、これはユリア式封咒が解呪されていません」
「どういうことでしょう、グランツ謡将はこれを操作したのでは……」
「え〜、ここまで来て無駄足ってことですかぁ?」
「でも他に手がかりもないんだろー?」
「何か方法がある筈ですわ、調べてみましょう」
パッセージリング周辺を調べて、広間にあった3つの譜陣を消してから再び全員が集まる。
だが譜石にもパッセージリングにも変化は見られない。
「これでも駄目なのかしら……」
「うーん……でも第七音素さえあれば大丈夫って言ってたんだよな? 手をのっけてみるとか……」
シブレットが前に歩み出て、譜石の上に手を置く。
それでも相変わらず沈黙を保ったままのそれらに皆が肩をすくめたが、
「――痛ッ!?」
「え?」
突然、シブレットが肩を跳ねさせて、置いていた手を弾かれたように離した。
見ていた者には何があったのか分からない。譜石に何か仕掛けでもしてあったのかと皆が集まるが、針のようなものが出ているわけでも電流が流れているわけでもない。
「どうしました?」
「っわかりません、なんか、急に鞭で叩かれたみたいな……」
「傷はついていませんわよ。何かの譜術でも施されていたのではなくて?」
「そうか、先に来てたヴァン師匠が何か仕掛けを……」
「……それにしては譜陣も何も見当たりません、おかしいですね」
「とにかく迂闊に触ると危険だわ、少し離れて……」
と、言いながらティアが一歩その譜石に近付くと、固く閉じていた譜石が左右に開いた。
驚くティアの体に譜石から溢れた青白い光が吸い込まれるようにして消えると、それまで変化のなかったパッセージリングの上部に魔方陣のような図が浮かび上がる。
書かれている文字からして、これが操作盤なのだろう。
「ティアに反応した……? これがユリア式封咒ですか?」
「……分かりません。でも、確かに今は解呪されています。とにかくこれで制御出来ますね」
「あ、この文字、パッセージリングの説明っぽい」
アニスの言葉につられて譜石に記された文字に目を通したジェイドは、次いで頭上の操作盤を見て苦い顔。
「……グランツ謡将、やってくれましたね」
「兄が何かしたんですか!?」
「セフィロトがツリーを再生しないように、弁を閉じています。暗号によって操作出来ないようにされている、と言うことですね」
「暗号、解けないですの?」
「私が第七音素を使えるなら解いてみせます。しかし……」
「……俺が超振動で、暗号とか弁とかを消したらどうだ? 超振動も第七音素だろ」
挙手したルークを、一同が驚きや不安の入り交じった顔で見つめる。
「……暗号だけを消せるなら、何とかなるかもしれません」
「ルーク! 貴方まだ制御が……!」
「訓練はずっとしてる! それにここで失敗しても、何もしないのと結果は同じだ」
その熱意の根底にあるのは、アルビオールで見せた「今度こそ皆を助けたい」という気持ちなのだろうと感じ取ったディルは、
「……任せていいんじゃないかな。他に方法も無さそうだし」
と、決めあぐねる皆の背を押した。
それが「ルークに名誉挽回のチャンスをあげたい」というディルなりの心配りなのだと理解したジェイドは、「相変わらずのお人好しですね」と心中で呟きながら同意する。
「ではルーク、第三セフィロトを示す図の一番外側、赤く光っている部分だけを削除して下さい」
「わかった、やってみる」
ルークは深く深呼吸しながら、緊張した面持ちで両手を掲げた。
ルークの手の動きに合わせて操作盤の一部が削り取られていき、同時にセフィロトが輝きを取り戻していく。
全て削除し終えると、堰き止められていた記憶粒子が勢いよく噴出し始めた。
「……起動したようです。セフィロトから陸を浮かせるための記憶粒子が発生しました」
「それじゃあ、セントビナーは沈まないんですね!」
「……やった、やったぜ!!」
ティアの言葉に一拍置いて、成功した事を理解したルークがティアを抱きしめる。
抱きつかれたティアは不意の事に目を丸くしていた。
「ティア、有難う!」
「わ、私、何もしてないわ。パッセージリングを操作したのは貴方よ」
「ティアが居なけりゃ起動しなかったじゃねぇか。それに皆も……! 皆が手伝ってくれたから……本当にありがとな!」
喜びはしゃぎ回るルークに、他の面々も顔を見合わせて笑った。
が、それも束の間。
「あーっ! 待って下さい、あの文章!」
何かに気づいたアニスの叫びに、皆が再び操作盤を見上げる。
「……おい、ここのセフィロトは、ルグニカ平野のほぼ全域を支えてるって書いてあるぞ」
「……ってことはつまり?」
「まさか……」
まさか、エンゲーブまで崩落するなんて言わないだろうな。
その地で何も知らずに普段通りの生活をしているだろう母や、先に送り届けたばかりのジョン達が、家ごと崩落に巻き込まれる様を想像してしまったディルは、サッと青ざめた。
「大変ですわ! 外殻へ戻って、エンゲーブの皆さんを避難させましょう!」
「アルビオールの力だけで上がれるのか?」
「タルタロスと同じ要領でセフィロトの力を利用すれば、出来ると思います」
「セフィロトはユリアシティの北東にある、行ってみれば直ぐに分かる筈だ」
シュレーの丘を後にして、休む間もなくアルビオールに乗り込んだ一行は、全速力でセフィロトへ向かう。
セントビナーと同じ事だ、心配しなくてもきっと大丈夫。
己を落ち着かせるためにそんな希望的観測を皆抱いていたが、そのまま記憶粒子に押し上げられて無事に外殻大地へと戻った彼らが見た光景は、土煙を上げながら進む無数の陸艦と、武器を手にぶつかり合うマルクトとキムラスカの兵の群れだった。
何が起こっているのか直ぐに理解出来なかった一行は、あちこちで起こる爆発を暫し呆然と眺めていたが、やがてナタリアが口を開く。
「どうして……! どうして戦いが始まっているのです!?」
「これは……まずい。下手をすると両軍が全滅しますよ」
「……あ、そうか、ここってルグニカ平野だ。下にはもうセフィロトツリーが無いから……」
その言葉の先は言わずもがな。
崩落するとは知らず戦争に没頭している眼下の兵達を見ながら、ティアが震える声で呟く。
「これが……兄さんの狙いだったんだわ……」
「どういう事だ?」
「兄は外殻の人間を消滅させようとしていたわ。預言でルグニカ平野での戦争を知っていた兄なら……」
「シュレーの丘のツリーを無くし、戦場の両軍を崩落させる……。確かに効率の良い殺し方です」
「冗談じゃねぇっ!! どんな理由があるのか知らねぇけど、師匠のやってる事は無茶苦茶だ!!」
「戦場がここなら、キムラスカの本陣はカイツールですわね。私が本陣へ行って停戦させます!」
「待った! なら俺はここで降ろしてくれ、そっちに時間を取られたらエンゲーブが……!」
「落ち着けディル。そもそもこんな状況じゃ、エンゲーブは崩落より先にキムラスカ軍に攻め入られるかもしれない。そんな所に一人で行ってどうするんだ」
「そーそー、単独行動するくらいなら二手に分かれた方がいいって。ですよね大佐?」
「ええ。マルクト軍属の人間が居ないと話が進まないでしょうから、私はディルに付き添いましょう」
「おっ? なら俺もそっちに……」
「シブレット、貴方はナタリアとカイツールへお願いします」
エンゲーブ組に混ざろうとしたシブレットの発言をジェイドが阻み、強制的に行き先を決定されたシブレットは膨れっ面で抗議。
「何でですか!」
「こんな状況で王女を一人野放しにしてはおけません。その点、貴方がついていてくれれば安心ですので」
「…………」
「頼りにしていますよ?」
笑顔でダメ押しされたシブレットは、コロッと態度を変えて満足そうに「しょーがないですね〜!!」と承諾した。
その様を見ていたガイは「チョロいなぁ」と苦笑しながら、ルークにも行き先を仰ぐ。
「カイツールかな。俺だって一応王位継承者だ、何か役に立つんじゃねーかな」
「なら俺もそっちに行くとするか。お前ら三人じゃ心配だしな」
「だってさ。ティアはどーする?」
「私は……」
ルークを心配そうに見遣るティアに、アニスはイオンの腕を掴んでジェイドとディルの方へ。
「それじゃあこれで決まり! イオン様は私と一緒に来て下さいね」
「……そう、ですね」
イオンはどこか浮かない表情だったが、異を唱える事もしなかったので、結局組み分けはカイツールにルーク、ティア、ナタリア、ガイ、シブレットが。エンゲーブにはジェイド、ディル、アニス、イオンが向かうことになった。
「まずカイツール付近で、ナタリア達を降ろしましょう。その後私たちはアルビオールでエンゲーブへ向かいます」
「分かった。皆、気をつけてな」
到着までに少しでも作戦会議をしておこうと輪になって話し出す皆から離れ、一人落ち着きなく外の様子を窺っているディルに、カイツールへ向かうようノエルに告げに行ったジェイドが見かねて声を掛ける。
「ディル、今のうちからそんな調子では、エンゲーブに着く前に疲弊してしまいますよ」
「わかってる。わかってるけど……」
こんな事なら、ジョン達を早々に家に帰すんじゃ無かった。
自分のせいで、またあの親子が崩落の恐怖を味わう事になったらどうしよう。
キムラスカ軍に母が殺されていたらどうしよう。
(……せめてもっと早く、ルーク達と別れてエンゲーブに戻っていれば、母さんの傍に居られたのに……)
よく考えもせず惰性でルーク達について来続けたせいで、自分一人だけが助かるような事になったら?
エンゲーブに戻った時、村も人も、皆消えてなくなってしまっていたら――――
「えい」
「っ痛!? ……な、なんだ?」
不意に脳天に衝撃が加わって、絶望に落ちかけていたディルが顔を上げた。
そこには、「暴力はいけませんよ」と窘めるジェイドと、メイスを片手で器用に回しているシブレットの姿。
「コイツがこの世の終わりみたいな顔してるからですよ。……今から助けに行こうってのに、もう手遅れみたいなオーラ出してんなよ、馬鹿野郎」
どこか気まずそうにそれだけ行って立ち去るシブレットを、頭頂に出来たたんこぶを擦るディルが見送る。
「まあ、そういう事です。あまり悲観し過ぎると毒ですよ」
「…………吃驚した」
「殴られた事がですか?」
「いや、それもだけど、励まされた事が。……嫌われたと思ってたんだけど」
「まぁあの様子では、貴方に対するわだかまりが無くなった訳でも無いでしょうが、流石に放っておけなかったのでしょう。彼も大概お人好しですから」
「わだかまりって……、気づいてたのか?」
「ええ、まあ。……この際なので白状すると、グランコクマでの貴方とシブレットの会話を聞いていました」
しれっと言ってのけるジェイドに、ディルは長い沈黙の後「そうか」とだけ答える。
「もしかして、ユリアシティでの質問はその確認の為か?」
「バレましたか。探るような真似をしてすみません、ハッキリさせておきたかったので」
「……まあ別にいいけど。それで? 知りたい事は知れたのか?」
「ええまぁ、八割程度は」
「…………」
「残りの二割は、エンゲーブの件が済んたら直接お尋ねしても宜しいですか?」
「そんな余裕があればいいけどな」
「そうですねぇ、そう願いましょう」
「…………」
「他人事だと思って軽々しく言いやがってこのオッサン≠ニでも言いたければ、言って貰って構いませんよ」
「本心がその言葉の通りならそうするけど、あんたは違うだろ」
ディルは深呼吸をして、早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。
「……気遣わせて悪かった、もう大丈夫だ。あんたも、あんまり一人で抱えすぎるなよ」
真剣な顔で言うディルに、意表を突かれたジェイドは苦い顔で笑った。
「貴方に心配される様では、私もまだまだですね」
「失言だったか?」
「いえ、貴方がそう言って下さるのであれば、必要な時に甘えさせて貰いますよ。お察しの通り、今はそれほど余裕もありませんから」
作り笑いを取り払って僅かに表情を険しくするジェイドに、ディルも覚悟を決めて応える。
二人の視線は、遠いエンゲーブの地に向けられていた。
「……いくらでも扱き使ってくれていい。その代わり、皆を助けるのに力を貸して欲しい」
「それはこちらの台詞です。では、始めましょうか」