04.亀裂の入った大地の上で
「ディル、あんたなんてタイミングで帰ってくるんだい!」カイツールで停戦を訴える役を担ったルーク達をアルビオールから下ろした後、エンゲーブに到着したジェイド班は、にわかにザワついている村民達を横目にローズ夫人宅――ディルにとっての実家に向かった。
息子の姿を認めるなり先の言葉を述べたローズ夫人は、その後ろに立つジェイドに青ざめた顔を向ける。
「大佐! 戦線が北上するって噂は本当ですか!?」
どうやら既に話は広まっているらしい。
取り乱すローズ夫人を落ち着かせる為か、はたまた戦争に慣れているからか、平静を保ったままのジェイドが答える。
「そう容易く突破されはしないと思いますが、この村が極めて危険な状態なのは確かです」
「どうしたもんでしょうか、グランコクマに避難したくても、もう首都防衛作戦に入っているらしくて……」
「ええ、グランコクマに入る事は不可能です。あの街は戦時下に要塞となりますから」
「ならケセドニアは? 国境とは言えあそこは教団の自治区だし、戦場になる事も無いだろ」
「確かにあそこなら他よりは安心かも〜」
「良いと思います、アスターなら受け入れてくれるでしょうしね」
「……とは言え、この村の全員をアルビオールに乗せるのは無理ですよ」
「年寄りと子供だけでも、そのアルなんとかで運んで貰えませんか。残りはここに残ってキムラスカに投降して……」
「それじゃ駄目なんだ。……この辺りは崩落しかかってる」
「崩落って……、ここがセントビナーやアクゼリュスみたいに消えるって事かい!?」
沈痛な面持ちで首肯したディル達に、ローズ夫人は長い沈黙の後、重々しく答えた。
元より、選択肢など無いに等しいが。
「……徒歩でケセドニアへ逃げるしかないね」
「では、こうしましょう。アルビオールはノエルに任せて、私達は徒歩組を護衛します」
とは言え、たった四人――殆ど戦えないイオンを除けば三人――で、数十の村民を護りながら戦場を突っ切るのは厳しいものがある。
ジェイドは足りない分をエンゲーブの駐屯兵に補って貰おうと、話をつけに足早に家を出て行った。
アニスも「村の人への説明は任せていいよね?」と言って、ディルの返事を待たずにイオンと共に出て行く。恐らくは行軍の為の物資の補給でもするのだろう。
「その様子じゃ、エンゲーブが危ないって分かってて大佐達についてきたんだね? あんたくらいは安全な所で待っててくれりゃいいのに……」
「ただじっと待ってなんか居られないって。それに、大佐達に恩返ししろって言ったのは母さんだろ」
「そりゃそうだけどね。まさかこんな事になるなんて……」
盛大な溜め息を吐いたローズ夫人は、よしっと気合いの一声と共に動き始める。
「なら遠慮なく頼らせて貰うよ。とりあえず、皆に声をかけて村の入口に集めとくれ。年寄りと子供は分けてね」
「わかった」
言われた通り一軒一軒の民家を回ったディルは、テキパキと点呼をとって村の入口に整列させた。
程なくして必要最低限の荷物を携えたローズ夫人も合流し、皆の前で避難の流れについての説明を始める。
兵を伴ってやって来たジェイドと、アニス、イオンも、続々とディルの下へ集結。
「パニックになりはしないかと少々不安でしたが、問題なさそうですね。村民はこれで全てですか?」
「ああ。そっちはどうだった?」
「何とか一個小隊程度の人員は確保出来ました。護衛人数を思えば気休め程度にしかなりませんが、居ないよりはマシでしょう」
「大佐〜! 物資かき集めて来ましたよぅ、これで足りますかぁ?」
「多すぎても邪魔になりますからね、敵と遭遇しない事を祈りましょう」
その後、老人と子供を乗せたアルビオールが飛び立つのを見送って、一団は連れ立って村を出発した。
同刻。キムラスカとマルクトの国境にあるカイツールの砦では、進軍を開始しようとするキムラスカの兵達と、その行く手を阻むルーク達の姿があった。
「ルーク様! それにナタリア殿下も!? 生きておいででしたか!」
アクゼリュスで死んだとされていた王族二人の姿を見て、先頭に立ち兵を率いていた女性――キムラスカ軍のセシル将軍は、動揺を隠さずに言う。
「そうです、私達は生きています。最早戦う理由はありません、今すぐ兵を退かせなさい」
「お言葉ですが、私の一存では出来かねます。今作戦の総大将はアルマンダイン大将閣下ですので」
「なら、アルマンダイン伯爵に取り次いでくれ!」
二人の言葉に、セシルは表情を曇らせた。
「それが……アルマンダイン大将は大詠師モースと会談なさるため、ケセドニアへ向かわれました」
「ケセドニア!? なんだって戦争中に総大将が戦場を離れるんだよ」
「今作戦は大詠師モースより敵討ちとお認め頂き、大義を得ます。その為の手続きです」
「なんだそれ、そういうのは導師にしか出来ない筈だろ。イオン様が不在だったからか?」
納得いかないといった様子で口を挟んだシブレットとその隣のティアを見て、セシルが問いを返す。
「そちらは神託の盾騎士団の方々ですか?」
「ああ。神託の盾騎士団第六師団、師団長のディル・シブレットだ」
「同じく神託の盾騎士団情報部、第一小隊所属のティア・グランツ響長であります。導師イオンはこの開戦自体を否定しておられます」
「キムラスカ・ランバルディア王国軍少将ジョゼット・セシルと申します。――申し訳ありませんが、教団内の手続きについては我が軍の関知するところではありません。とにかく、アルマンダイン大将が戻らなければ、停戦について言及する事は出来かねます」
「そんな……いずれは戦場も崩落しますのよ!」
「崩落?」
「アクゼリュスみたいに消滅するって事だよ!」
切迫した様子の二人に、セシルも神妙な面持ちになる。
「……マルクト軍がそのような兵器を持ち出しているという事ですか?」
「違いますわ! 違いますけど、とにかく危険なのです」
「よく分かりませんが、残念ながら私に兵を退かせる権限はありません」
「だったらアルマンダイン伯爵に聞きに行こう、前みたいに」
「駄目ですわルーク、我が国のケセドニア港はバチカル港側に作られていますのよ。あの時は停戦状態だったからこそ、マルクト側の港を利用出来たのですわ」
「殿下の仰る通りです。本来のカイツール・ケセドニア間航路は、アルバート海を通る東回りですから。それに戦時下の海路は危険です、殿下を船にお乗せする訳には参りません」
「セシル少将、準備完了しました」
「わかった。――兵を待たせておりますので、これにて御前を失礼致します。殿下のことはカイツール港に伝令致しますので、迎えをお待ち下さい」
それでは。と立ち去ろうとしたセシルに、成り行きを黙って見ていたガイが一言。
「気をつけて」
「え? ええ、有難う」
不意のことで困惑していたセシルは、単なる見送りの言葉だろうと深くは捉えず、兵と共に街の外へ。
「ん? ……そう言えばセシル≠チて、ガイと同じ……」
「……まぁ、今はいいさ。それよりどうする?」
「陸路でケセドニアへ行くとか?」
「危険だわ、戦場を横切ることになるのよ」
「それでもアルマンダイン伯爵には会えますわ。私達が生きていることを知れば、この戦争に意味が無いこともわかって下さるはず」
「ナタリアが行くんなら、俺はナタリアを護るだけだ」
度胸のある決断を下した王族二人に、ティア、ガイ、シブレットは顔を見合わせる。
「……大佐に宜しく頼まれてる手前、危ないことはなるべくして欲しく無いんだけどなあ」
「ですがこのままここでじっとしている訳にも参りません、私達は戦争を止める為に来たのですから」
「仰る通りで」
「仕方ないわね。無茶はしないで、慎重に行きましょう」
「やれやれ。俺はしがない使用人だからな、お付き合いしますか」
「ガイ! 俺はそんなつもりじゃ……」
「バーカ、ちょっと不貞腐れて言ってみただけだ。それより気をつけてくれよ、ここで二人が命を落としたら元も子もないんだからな」
そうして結局ルークの提案を採用する事で話は纏まり、一行はセシル達を追う形で戦場へと向かうのだった。