04.亀裂の入った大地の上で
「……流石に、一切敵に見つからずに戦場を通り抜けると言うのは難しいですね」エンゲーブを出発してから早数時間。
民間人を連れてケセドニア方面へと進んでいたジェイド達の団体は、逆にエンゲーブ方面へと進軍して来ていたキムラスカ兵と会敵していた。
怯えるエンゲーブの民とイオンを背に庇う形で、ジェイド、ディル、アニスは予め決めておいた通りの陣形を組む。
「通してくれ! 俺達は民間人だ!」
「何? 民間人が何故……」
「そこの兵士! 騙されるな! 預言によれば民間人の隊列に敵兵も潜んでいる! 殲滅しろ!」
躊躇するキムラスカ兵をそうけしかけたのは、中立である筈の神託の盾騎士団兵士だった。
驚愕する一行に向かって、混成兵士たちは容赦なく武器を振りかざす。
「待て! せめて話を……!」
「無駄です、来ますよ!」
仕方なくキムラスカ兵諸共敵を叩き伏せたディル達は、物を言わぬ屍なった神託の盾兵士達――本来であれば味方であるはずの彼らを見下ろす。
「くそっ、なんで神託の盾兵士が……」
「これは……モースがキムラスカに対して戦闘正当性証明を発布したのかもしれません」
「そんなの、導師にしか出来ないことなのに!」
「……一部に負傷者が出たようです、次に攻撃を受けたら怪我人たちは死ぬでしょう」
ジェイドの冷静な言葉に、ハッとしたディルが慌ててローズのもとへ駆け寄る。
「母さん! 怪我は……」
「私は大丈夫だよ。でも……」
「ディル兄ちゃん! 父ちゃんが!」
泣きそうな声で飛びついてきたのは、かつてアクゼリュスで助けたジョンだった。
見れば父のパイロープが背中から血を流している。
「おいらを庇って怪我したんだ、助けてよ!」
「……っ! わかった、何とかする」
とは言え、今のメンバーの中で治癒術が扱える者となると、身体の弱いイオンぐらいだ。
怪我人全てを治していたのではイオンの身が持たない。
一先ずアニスが持ってきてくれていた物資の中から応急手当に必要なものを取り出して、ディルは自分が持っていた分の回復薬を手渡す。
「パイロープさん、具合はどうですか?」
「痛てて……、何とか大丈夫でさぁ。息子に怪我がなくて良かった」
「イオン様! 無理しちゃ駄目ですよぅ!」
「僕なら大丈夫です。戦闘はアニス達に頼ってしまっていますから、せめてこれぐらいは……」
誰に言われずとも率先して治療にあたっていたイオンは、そう言って怪我人の傷口に手を翳す。
心配そうに見ていたアニスも、少しでも手伝おうと救急箱を片手に動き回っていた。
それらを横目に見つつ一通りの処置を終えたディルは、一人周囲の警戒を続けているジェイドの下へ。
「第七音譜術士を一人はこちらに入れておくべきでしたね」
「……そうだな」
「とは言え、今更悔やんでも仕方ありません、このメンバーで出来る事をやりましょう。負傷者の容態は?」
「とりあえず応急処置は済ませた。重症者も肩を貸せば歩く事は出来ると思う。けどあんたの言う通り、次にまた襲われたら……、もっと人目につき難いルートを通った方がいいんじゃないか?」
「これでも一応安全そうなルートを選んでは居るんですがねぇ。到着までにかかる時間を考慮しなくて良いのなら道は幾らでもありますが、いつ崩落が始まるか分からない現状、あまり遠回りをしている余裕はありません」
「そうか……、なら、俺達が頑張るしかないな」
「ええ、頑張りましょう。――さて、アニス達の方も終わった様ですし、そろそろ行きましょうか」
そう言って歩き出すジェイドに続いて、皆も立ち上がり再び歩を進める。
早く戦場を抜けてしまいたいという気持ちとは裏腹に、怪我人に合わせて歩くスピードは先程までよりも落とさざるを得なかった。
もう交戦する訳にはいかないという緊張感のせいで、武器を握るディルの手に汗が滲む。
(……せめて、俺が第七音素を扱えれば……)
第七音素は生まれつき素質のある者にしか扱えない特殊なものだ。故に第七音素の素質がないアニスやジェイドに治癒術が扱えないのは仕方がない。
だが自分は違う。
(フォミクリーなんてものが無ければ……、それが使われる事さえ無ければ……)
そんな「もしも」など考えても仕方がないと理解してはいても、今この状況において、ディルはそれを考えずには居られなかった。
「そーいや、あっちって第七音譜術士居ないんじゃないっけ?」
一方、同じくケセドニアを目指してルグニカ平野を横断していたルーク達は、幸いにも敵と遭遇すること無く順調に進んでいた。
とは言え警戒を解いてはいないシブレットは、武器に手を添えたまま先の発言。
「言われてみれば……ルークもティアもナタリアもお前も、使えるやつは全員こっちに固まっちまってるな」
「イオンは? 前に治癒術使ってるの見た気がするけど」
「確かにイオン様は第七音譜術士だけれど……、お身体が弱くていらっしゃるから、そう頻繁に治癒術は使えないと思うわ」
「迂闊でしたわね、もう少し組み分けを考えるべきでしたわ……大丈夫でしょうか」
「あ、まぁでもアイツが居るか」
「アイツって?」
「ディル、俺じゃない方の」
「あちらさんも第七音譜術士なのか?」
「そうなんじゃん? だって俺が第七音譜術士なんだし」
確認したわけじゃないけど。と何の気なしに言ったシブレットに、それまで普通に話していたルーク達は沈黙。
「……あれ? 何か変なこと言ったか?」
「いや、お前が気にしてないんならいいんだが……聞いちゃマズいかと思って触れてこなかったんだけどな……」
「何が?」
「だからその、お前と向こうのディルが……」
「……ルークとアッシュと同じ関係、なんですのよね?」
気まずそうに、控えめにそう尋ねてきたガイとナタリアに、シブレットが「ああ、そのことか」と独り言のように呟く。
「なんかもう知られてる気で居たけど、ちゃんと話してなかったっけ?」
「ええ。ルーク達の話を聞いた時から、薄々勘づいてはいたけれど……」
「そっか。まぁ、ご想像の通りだよ」
「って事は、お前も誰かに誘拐されたのか?」
ルークの問いに、メイスを弄んでいたシブレットの手が止まった。
「……さあ、知らない」
「知らないってことは無いだろ。いやまあ、言いたくないなら無理に話すことも……」
「そうじゃなくて。……俺は£mらないんだ、本当に」
どういう事かと聞こうとしたガイは、しかしそれより先に、彼の言葉の意味を理解して固まった。
ティアとナタリアとルークも、驚いて足を止めてしまう。
シブレットはそんな三人を振り返ると、眉を下げて笑った。
「……まぁ、そのへんの事は、あっちのディルに聞けば分かるかもな」