04.亀裂の入った大地の上で

一方、ルーク達カイツール班は周囲が暗くなるまで歩き続け、日が沈み切ると漸く足を止めた。

それでも、ケセドニアに着くのはまだまだ先。
自分の選んだこととは言え溜息を零さずには居られないナタリアは、不意に何かの気配を感じて辺りを見渡す。

「誰か居ますの!?」

「私です」

警戒し武器に手をかけていた一行は、冷静な声と共に姿を現した男――誰が見ても一目でマルクト帝国軍に属する者だと分かるその人を見て仰天する。

「フリングス将軍!? どうしてこんな所に!」

「この辺りにはキムラスカ軍が陣を布いて居ますのよ!」

「部下が皆さんの姿を発見して、私に報告してくれたのです」

「それで将軍自ら斥候ですか? それともナタリアの命を……」

「どうか誤解しないで下さい、私は貴方達に危害を加える為に来た訳ではありません。偵察でもない。ただ、この戦場を立ち去って頂きたいのです」

「どういうことですの?」

「このままですと、我々は貴方がたを殺さなければなりません。貴方がたはキムラスカ陣営の方ですから。ですが、貴方がたは以前セントビナーの皆を救って下さいました。敵とは言え、恩人を殺したくはない」

その心を理解した一行は、しかしそれに従う訳にはいかないと首を振った。

「私たちはこの戦いを終わらせるためにケセドニアへ向かっています。たとえ危険でも引き返すことは出来ませんわ」

「それは無茶です。これから戦いは益々激しくなる。私は部下に貴方がただけを攻撃しないようにとは言えません」

「それは分かってる、俺達も将軍と戦いたい訳じゃない。ここまでだって何とか交戦せずに来られたんだ、この先も出来る限り、兵とは遭遇しないようにするから」

「……わかりました。事情を知る者には、皆さんを攻撃しないよう通達してみます。ですが……戦いになってしまっても、兵達を恨まないでやって下さい」

フリングスは一礼して、足早にその場を離れていく。
シブレットはその背中に同情の眼差しを向けた。

「可哀想になあ。あっちに振り回され、こっちに振り回され」

「全くだな。でも、このまま戦争が続けば崩落で全員が死ぬ。ナタリアの言う通り、引き返す訳にもいかないさ」

「明日からも、マルクトの方とは争いたくありませんわね」

「ああ、慎重に移動しよう」

「とりあえず今日はここで野営だろ? さっさと寝床の確保しよーぜ。あと飯!」

野営の心得があるシブレットとティアを中心に、五人はエンゲーブ班と同じように野営の支度を始めた。
炊事はナタリアとティア、水と食材の調達はガイに任せて、シブレットと共に軍幕を組み立てていたルークが、手を動かしながら尋ねる。

「……なあ、聞いてもいいか?」

「ん? ロープの結び方か?」

「いやそうじゃなくて。……昼に言ってた事って本当なのか?」

「昼に言ってたこと?」

「その……、お前がディルのレプリカだって話」

ピタリ、と、それまで手際よく動いていたシブレットの手が止まった。

だがその硬直は直ぐに解けて、また何事も無かったかのように動き始める。

「なんだ、その話か。もう流れたかと思ってた」

「ごめん、話したくないなら別に……」

「いやいいって。お前にそんな気の遣われ方されんのも嫌だし」

木の枝にロープを括りつけてしっかりと固定したシブレットは、出来たばかりのテントの下に腰を下ろした。仕事を終えたルークもその隣に座る。

「で、何だっけ。俺がレプリカかどうかだっけ? まあ、俺もまだそんなに実感ある訳じゃ無いけど、記録にはそう書いてあった」

「記録って?」

「前にナタリア達がモースに誘拐されたことがあっただろ? あの時ナタリア達が閉じ込められてた教団内の書庫に、なーんか見覚えがあるような本……というか、正確には分厚いノートだったけど、まあそんなのがあってさ。気になってこっそり拝借したんだけど、そこに色々書いてあったんだよ。ディル・シブレットに行ったフォミクリーの施術についてのあれやそれが」

「シブレット? シブレットはお前だろ。なら、やっぱりお前が被験者なんじゃ……」

ルークの疑問に、シブレットは思わず笑いを零した。
ルークはその理由がわからずに首を傾げる。

「名前についてはお前とアッシュも同じだろ? それより、ならやっぱり≠チてどういう意味だよ。俺の方があいつより本物っぽいって事か?」

「あっ! いや、それは……」

「もしそうなら光栄だけどな。俺は正直、レプリカって呼ばれるよりもオリジナルって呼ばれる方がいい。お前、アッシュにレプリカレプリカって連呼されて、よくキレないで居られるよな」

「それは……確かにムカつくけど、でも事実だから。それに、俺のせいであいつは家族も居場所も全部失ったんだ。殺されないだけまだマシだと思う」

「……そんなの、お前が望んでやった事じゃないだろ。他人の都合で産み落とされて、レプリカだの偽物だの言われて、挙句加害者みたいに扱われて、こんなのおかしい理不尽だって思わないのかよ!?」

突然声を荒らげたシブレットに吃驚したルークを見て、シブレットが我に返る。

ティア達にも聞こえただろうかと思ったが、二人は――主にナタリアのせいで大変なことになっている――料理に集中している様だった。

「……悪い、過剰反応だった。今のは、ただの俺の愚痴だ」

「……ああ、そっか。ごめん、俺も自分の言ったことの意味を分かってなかった。でも、今のはあくまでも俺がそう思ってるってだけで、レプリカ全員が――お前がそう思うべきだって事じゃないんだ」

「そうだな、分かってる。でも……俺はお前みたいには割り切れない。つい最近まで自分はずっと人間だって、他の皆と何も変わらないって、それを疑うこともなく生きてきたのに、いきなりレプリカだなんて言われてもな……」

「……なあ、本当にレプリカなのか? その記録が間違ってるって事は?」

「そうだったらいいんだけどなぁ。でも、俺がレプリカで本物のディルは別に居るって考えたら、辻褄が合う事も沢山あるんだ。俺もお前と同じで、昔の記憶は無いし」

「えっ、そうなのか?」

「任務中に事故で強く頭を打ったせいだって聞かされてたけどな。一番古い記憶がそれ。実際その時は病院に居たし、頭に包帯も巻いてたから疑いはしなかったけど……まあ、多分あの時にフォミクリーを使われたんだろうな。研究記録のノートも、病室に出入りしてた医者が持ってた気がするし」

「……で、でも、それだけならまだ分からないだろ。本当に事故に遭って記憶が無くなっただけかもしれないし……」

「いや、まだ続きがあってさ。療養が終わって教団に戻って、自分の――ディル・シブレットの部屋に戻ったら、部屋の中がもうゴミ屋敷かってくらい散らかってて。何をこんなに溜め込んでんだと思ったら……それ全部譜面だったんだよ」

「譜面?」

「そ。正しくは作りかけの譜歌の走り書き。……教えて貰った話じゃ、譜歌は先人が残してくれた教科書みたいなものがあって、それを真似て歌うのが主らしいんだ。或いは、先輩や先生に直接教えてもらったりな。だから、わざわざ自分で新しく作るような事は殆どしない。でも、部屋にはオリジナルの譜面が山のようにあった。それを整理してる間ずっと不思議だったんだ。なんで以前の俺はこんな無駄なことしてたんだろう≠チて」

数え切れないほどの紙の束。
途中まで書いて大きなバツ印を付けてあるもの、細かくメモ書きがしてあるもの、纏めて紐で綴じられているもの。
使い古してボロボロになったいくつもの参考書と、当時は使い道すらわからなかった音機関の数々。

「理解出来なかったんだ。オリジナルの譜歌なんて作ったって、何世代にも渡って効率化された既存の譜歌には及ばないだろうし、今在るもので事足りてるんだから、新しく作る必要がそもそも無い。譜歌の練習をする音律士や、既存の譜歌の研究をする音律士は幾らでも居る。でも、譜歌を自分で作る奴なんて、未だに他に見た事がない。……教団での生活に馴染んでも、あの部屋にだけはずっと馴染めなかった。筆跡が同じでも、すんなりその譜歌を歌えても、そこが誰か他の人の部屋のように思えて落ち着かなかった」

知らずと下がってしまっていた視線を持ち上げて、シブレットはルークに苦笑を向けた。

「まあ、まさか本当に他人の部屋だとは思わなかったけどなあ」

「……それで自分はレプリカだって?」

「ああ。さっきも言ったように、俺は自分がフォミクリーで産み出された得体の知れない何か≠セっていうのはまだ受け入れられてない。でも、かつて教団に居たディル・シブレットじゃないっていうのは、何となくわかる」

「そっか。……得体の知れない何か、か。本当、俺達って何なんだろうな」

「さあな。それこそフォミクリーの生みの親にでも聞いてみないと分からないんじゃねーの?」

誰だか知らないけど、と伸びをするシブレットに、ルークが愕然とする。

「……し、知らないのか?」

「ん? 何が」

「ベルケンドで一緒に話を……あれ、あの時は居なかったんだっけ……? あ、そっか、そういや確かあの時は、ジェイドがタルタロスの見張りをお願いします≠ニか何とか言って……」

「何ひとりでボソボソ喋ってんだよ、大佐が何だって?」

「ああいや! 何でもない! 知らないならいいんだ」

「どうした? 何騒いでるんだ」

そう言って布の隙間からひょっこりと顔を出したのはガイで、それと同時に料理をしていたティアとナタリアの方から爆発音がした。
見れば焚き火の上に置かれた鍋から黒煙が立ち上っている。

「おい、あれ、大丈夫なのか……?」

「しゃーない、こっちはもう終わったし手伝うか〜。ほら行くぞルーク、話の続きはまた今度な」

「あ、うん」

呼ばれて立ち上がったルークは、前を行くシブレットの背を見ながら一人思案する。

(ジェイドの奴、わざと隠してるのか……? なら、俺が勝手にバラすのもマズいよな……でも、黙ってていい事なのか……?)
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