04.亀裂の入った大地の上で

翌朝。今日もよく晴れたルグニカ平野の空の下を、ルーク達は黙々と歩いていた。

「天気にだけは恵まれてるみたいだな〜俺達」

「そうだな。でも、雨が降ればそれはそれで、見通しが悪くなって良いかもしれないぞ。敵に見つかり難くなる」

「それじゃ俺達はともかく、ナタリア達の見るからに高そうな服や靴が汚れるだろ」

「まあ! 心外ですわ。こんな時にまでそんな事を気にするような人間だと思われているのですね」

「冗談だって。でも、自分がお姫様だって事は忘れないでくれよ。あんたに傷が付くと大佐に怒られる」

「はは、お前の判断基準はいっつもジェイドだなぁ」

と、いつもの調子でそんな和やかな会話をするシブレット達の後方で、一人押し黙っているルークの姿がティアの目に留まる。

「ルーク? 具合でも悪いの?」

「へっ? あ、いや、そういう訳じゃないんだ。ちょっと考え事してて……」

アクゼリュスでの一件以来、こうして考え込む事の多くなったルークを案じているティアは、大したことじゃ無いと言う相手に訝しむような視線を向ける。

「あまり一人で抱え込まないで」

「大丈夫だよ、心配してくれて有難う。……考えてるのは俺の事じゃなくて、あいつの事なんだ」

そう言って見つめる視線の先には、ガイやナタリアと尚も談笑を続けているシブレットの姿。

「シブレット謡手がどうかしたの?」

「あいつ、フォミクリーの考案者がジェイドだって事、まだ知らないみたいなんだ」

「……待って。その話、私も初耳だわ」

「あれ? そうだったっけ? ま、まあとにかく、ほら、あいつはジェイドの事慕ってるだろ? だから知ったらショック受けるんじゃないかなって、ちょっと心配でさ」

「……貴方はショックじゃ無かったの?」

「うーん……、驚きはしたけど、ショックって感じじゃ無かったな。アッシュには悪いけど、フォミクリーの技術が無ければ俺は生まれてない訳だし」

「なら、彼も同じなんじゃないかしら。いずれにせよ、貴方が気にするような事じゃないと思うわ。他者を気にかけるその気持ちはとても素晴らしいと思うけれど、そういう事は当人同士の問題でしょう?」

「……まあ、それもそうだな。けど、なんかあいつもレプリカなんだって思ったら、他人事とは思えなくなったって言うか……」

と、それまで心穏やかに話を聞いていたティアは、ルークのその言葉に眉を顰めた。

「俺は自分がレプリカだって知った時、すげーショックだった。でも、ティアやガイが居てくれたからなんとか持ち堪えられたんだ。あいつにもそういう相手が居ればいいけど、もしそれがジェイドだったら……心の支えにしてる奴が自分の葛藤のそもそもの原因だったって知ったら、俺がヴァン師匠に裏切られた時みたいな気持ちになるんじゃねーかなって、なんか心配で……」

「ルーク、それは――」

「敵襲ですわ!」

ティアの声に被さって、前を往くナタリアの緊迫した声が響いた。
会話を打ち切って即座に武器を構えたティアとルークの前に、抜き身の剣を携えたマルクト兵達が現れる。

直ぐ様斬り合いになるかと思われたが、先頭に立っていた兵はルーク達の顔を認めると動きを止めた。

「あ……あなた方は!」

「私達を知っていますの?」

キョトンとする一行の中で、相手の顔を覚えていたルークが応える。

「お前はセントビナーの救出作戦の時の……」

「サムス! 何を戸惑っている! 殺せ!」

「ですが、この方たちは、カーティス大佐と共にセントビナーの住民を……」

「馬鹿者! キムラスカ軍と一緒に居る以上、敵だ! 軍法会議にかけられたいか!? 行くぞ!」

「お、お待ちなさい!」

ナタリアの制止の声も虚しく、サムスと呼ばれた兵は上官と思しき兵士と共に襲いかかってきた。

応戦するしかなかった一行は、兵士達の血に塗れた武器を握り締める。

「あの時は手を取り合えたのに! どうして!」

「……やはり、このような争いは起こしてはならないのですわ。戦場でさえなければ分かり合える人達ですのに……!」

「待った、まだ息が……」

シブレットは血を吐きながらか細い呼吸を繰り返すサムスの傍らに膝を着いた。
癒しの譜歌を歌い始めるシブレットに、サムスは首を横に振る。

「有難う御座います……ですが……どの道、自分は助かりません……敵に情けをかけられては……。申し訳ありません……あなた方は……皆を救って下さったのに……私は……」

「そんなのは気にしなくていい。お前は間違ってない、マルクトの兵として成すべきことを成したまでだ」

「本当に……そうでしょうか……。私は……この戦に大義があるとは……とても思えません……。あなた方のような善人を殺す事で得られる平和など……」

「大丈夫だ、俺達が何とかする。これ以上血は流させない、約束する」

サムスは穏やかに微笑んだ。
血だらけの手が、同じく血で汚れたシブレットの手に重なる。

「あの時……セントビナーで、貴方は何の縁もない我々の為に尽くして下さった……崩落に怯える民達に……勇気を与えて下さった……沈みゆく地に残されて……貴方も、不安だったでしょうに……」

「……え?」

「それでも……最後まで見捨てずに……皆の傍で励まし続けて下さって、有難う……御座いました……どうか……貴方は……」

ゆっくりと動いていたサムスの唇は、ネジの止まったオルゴールのように、パタリと音を発しなくなった。
遠巻きにそれを見守っていたナタリア達が、言葉もなく頭を振る。

「……少しの間、彼の死を悼みましょう。でも、いつまでもそうしている訳にはいかないわ。わかるわね」

「同じ国の人間を殺すってのは最悪だ……こんなのはもう願い下げだぜ……」

思い思いの心境を吐露する皆の中で、サムスの亡骸を抱いたまま動かないシブレットの肩を、ルークが優しく叩いた。

「大丈夫か?」

「え? ……ああ、うん。大丈夫だ」

サムスの目蓋を掌で下ろして、地面にそっと横たえたシブレットは、立ち上がり歩き出す。
他の面々も、犠牲になった兵士達に黙祷を捧げてその後に続いた。

(……違う。それは、それは俺じゃない)

崩落を始めたセントビナー。
あの時、自分はルーク達と共にアルビオールを求めてシェリダンへと向かっていた。
残った民達をその場で励まし続けた記憶など、自分には無い。

彼が感謝を伝えたかった相手は、エンゲーブの民を救うべく何処かで奮闘しているのだろう。今ここでサムスが死んだことなど知りもせずに。

(少し前までなら……そんなに似てるのか〜って、笑って流せてただろうにな……)


本来なら、彼が受け取るべき賛辞。

本来なら、彼が居るべき場所。

本来なら、彼の呼ばれる名前。


(今までもずっと、俺が気付いてないだけで、俺をあいつだと思って接してた奴が居たのかな)


――もしかして大佐も?


(……いや、大佐は違う。違った筈だ、初対面だった筈だ。だって初めて会った時、互いに自己紹介を……)


――あれ、でも、確か先に声をかけてきたのは大佐の方だったか。


――どうして声をかけられたんだったっけ? あの時、何と言われたんだったっけ?


(……そうだ、そう言えば、あの時大佐が何か妙な事を……)

かつてのやり取りを思い出そうとしていたシブレットは、しかしそれ以上古い記憶を探るのをやめた。

(……今はそんなことどうでもいい、戦争を止めるのが先だ)

そんな尤もらしい理由を言い訳にして。
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