04.亀裂の入った大地の上で
そうして、戦場を何とか無事に通過した二組は、ケセドニアで数日ぶりの再会を果たした。とはいえ、ここに至るまでのお互いの事情を知らないルーク班とジェイド班は、そこに居る互いを見てギョッとする。
「ルーク! 何故ここに? 停戦はどうなったのですか?」
「総大将のアルマンダイン伯爵がモースと会談するって、ここに来てるらしいんだ。それで追いかけてきたんだけど……」
「それで戦場を抜けてきたのですか? 危険な選択をしましたね」
「そっちこそ、てっきりグランコクマへ逃げてると……」
「グランコクマは要塞都市です。開戦と同時に外部からの侵入は出来なくなりました。アルマンダイン伯爵との話は?」
「これからだ」
「では急ぎましょう」
エンゲーブの皆を放置するのは心配だからと、その場で待つことを選んだディル以外の面々は、早速直談判に向かう。
ケセドニアはそれほど広くは無いので、探し人はすぐに見つかった。
酒場の前――ちょうど国の境にあたる場所で、マルクトとキムラスカの兵士が睨み合っており、その中にアルマンダイン伯爵と大詠師モースの姿もある。
「アルマンダイン伯爵! これはどういう事です!」
「ナタリア殿下!? そ、それにルーク様も……生きておられたのか……!」
「私が命を落としたのは誤報であると、マルクト皇帝ピオニー9世陛下から一報があった筈ですわ!」
「しかし実際に殿下への拝謁が叶わず、陛下がマルクトの謀略であると……」
「私が早くに城へ戻らなかったのは、私の不徳の致すところ。しかしこうして見えた今、最早この戦争に義は無い筈。直ちに休戦の準備にかかりなさい」
「アクゼリュスが消滅したのは、俺が――私が招いた事です。非難されるのはマルクトではなく、このルーク・フォン・ファブレただ一人! それに、戦場になってるルグニカ平野は、アクゼリュスと同じ崩落……消滅の危険があるんだ!」
崩落、と聞いて、両国の兵がどよめいた。
国境の封鎖を解いて道を開けるよう指示するナタリアと、それに従おうとする兵士達を、しかしモースが制する。
「待たれよ、ご一同。偽の姫に臣下の礼を取る必要はありませんぞ」
「無礼者! いかなローレライ教団の大詠師と言えども、私への侮辱はキムラスカ・ランバルディア王国への侮辱となろうぞ!」
「私はかねてより、敬虔な信者から悲痛な懺悔を受けていた。曰くその男は、王妃のお側役と自分の間に生まれた女児を、恐れ多くも王女殿下とすり替えたと言うのだ」
「デタラメを言うな!」
「デタラメではない。あの者の髪と目の色を何とする? 古より、ランバルディア王家に連なる者は、赤い髪と緑の瞳であった。しかし、あの者の髪は金色……亡き王妃様は、夜のような黒髪でございましたな?」
と、モースは咎めるような目でナタリアを見た。
モースが話し始めた時は、苦し紛れの嘘だと誰もが思ったが、次第に疑惑の目がナタリアに集まり、当のナタリアも、反論の術なく狼狽え始める。
「この話は陛下にもお伝えした。しっかりとした証拠の品も添えてな。バチカルに行けば、陛下はそなたを国を謀る大罪人としてお裁きになられましょう!」
「そんな……そんな筈ありませんわ……」
結局、モースのその告発によって、停戦の話は有耶無耶になってしまった。
アルマンダイン伯爵も、モースに促されて戦場に戻っていく。
「おい、待てよ! 戦場は崩落するんだぞ!」
「それがどうした。戦争さえ無事に発生すれば、預言は果たされる。ユリアシティの連中は、崩落如きで何を怯えているのだ」
「大詠師モース……なんて恐ろしいことを……」
「ふん、まこと恐ろしいのはお前の兄であろう。それより導師イオン、この期に及んで、まだ停戦を訴えるおつもりですか」
一連の流れを見て、考えを巡らせていたイオンは、ここでそれを続けたところで効果は見込めないと理解して首を振った。
「いえ、私は一度ダアトへ戻ろうと思います」
「イオン様!? マジですか!? 帰国したら、総長がツリーを消す為にセフィロトの封印を開けって言ってきますよぅ!」
「ヴァンに勝手な真似はさせぬ。……流石にこれ以上、外殻の崩落を狙われては少々面倒だ」
「でも、力ずくで来られたら……」
「そうなったら、アニスが助けに来てくれますよね」
「……ふへ?」
「唱師アニス・タトリン。只今を以て、あなたを導師守護役から解任します」
突然の解雇通告に、アニスは一瞬ポカンとして、それからわたわたと慌て出した。
そんなことをされては困ると嘆くアニスに何か耳打ちして、イオンはモースと共にダアトへ。
「イオンの奴、何考えてんだ……」
「アニスをここに残したという事は、いずれは戻られるつもりなのでしょう。それより……」
「……私なら、大丈夫です。それよりもバチカルへ参りましょう。最早キムラスカ軍を止められるのは、父――いえ、国王陛下だけですわ」
不安の募る顔で、わざわざ呼び方を改めたナタリアに、ルーク達は頷く事しか出来なかった。
ともあれ、キムラスカへ向かうには封鎖されている国境を超える必要がある。
酒場の中を通れないかと試してはみたものの、そこにも何故か民間人――恐らくは酒場の店員――が見張りとして立っていた。
「ねーねー素敵なおにーさん、ここ通して?」
「ここを通りたいなら合言葉を言いな」
「合言葉ぁ? なんだよそれ」
「通行料でも取っているのでしょう。後で国境警備隊に報告しておきましょうか」
「なっ……お、脅しても無駄だ! 知らないなら通せないな!」
「堅いこと言うなよ、兄弟〜!」
そんな押し問答を暫く繰り広げる中、話には混ざらず何やら考え込んでいるシブレットに男が気付く。
「ん? そこに居るのは……もしかしてディルか?」
「……え?」
「おや、お知り合いですか?」
ジェイドの問いに、いや知らない、とシブレットが答えるより早く、男は険しかった表情を和らげて道を開ける。
「なんだよ、こいつら皆お前の連れだったのか? そういう事なら仕方ねぇ、通っていいぞ」
「え、いいの?」
「渋ってた割に、随分とアッサリだな」
「ディルは商売仲間だし、色々世話になってるからな。けど、通す代わりに通報は勘弁してくれよ」
男の気が変わらない内にと、一行はさっさと店を出た。
何だかよく分からないけど助かったと談笑する仲間達を他所に、シブレットは表情暗く俯いたまま。
「さっきの人が言ってたのって、多分シブレット謡手のことじゃないですよねぇ」
「だろうな。でもまぁ、勘違いしてくれてラッキーだったな」
「………………」
「……ともあれ、これで障害は無くなりました。バチカルヘ急ぎましょう」
「ちょっと待って。様子がおかしいわ」
バチカルへ続く街の出入口には何やら兵が集まっていた。
様子を伺う一行の目の前で、何故か道は封鎖されてしまう。
ザオ砂漠に何かあったらしい事は、行き交う兵の会話から汲み取れたのだが、何れにせよこのままでは通ることが出来ない。
通行の許可を貰うべく、皆はケセドニアの実質的な統治者であるアスターに相談へ向かった。
アスターはルークやナタリアの無事を喜びつつ歓待する。
「実はあなたに頼みたい事があるのですが」
「エンゲーブの住民を受け入れることでしたら、先程イオン様から依頼されました。ご安心を」
「良かった……後でディルにも知らせてやらないとな」
「助かります、有難う。ですがそれとは別に、もう1つご相談が」
「俺達、バチカルへ行きたいんだけど……道が封鎖されてるんだ。ザオ砂漠で何かあったんだって?」
「これはお耳が早いことで……ちと困ったことになっております。地震のせいか、ザオ砂漠とイスパニア半島に亀裂が入って、この辺りが地盤沈下しているのです」
「それって、もしかしなくても!」
「ケセドニアが崩落してるんだわ……!」
失礼しますと前置いて、部屋に入ってきたアスターの部下が、キムラスカ軍がエンゲーブに到達した事を伝えた。
ケセドニアが崩落するのであれば、住民をエンゲーブから移動させない方が良かったのではないか、という懸念は、その報告によって消え去る。
「やれやれ。移動しても残っても、エンゲーブの住民は危険にさらされる運命だった……そういう事ですか」
「今しがた、ケセドニアが崩落すると仰いましたか?」
「ああ。アクゼリュスやセントビナーと同じことが起きてるんだ」
「なんという事だ……ここは両国の国民が住んでいる街。この戦時下では逃げる場所が無い……」
「この辺りにもパッセージリングがあって、ヴァン謡将がそれを停止させたってことか?」
「それならザオ遺跡ですわね。イオンが攫われた……」
「くそっ……、どうする? 今からでもセフィロトツリーを復活させれば……」
「いえ、それは無理だとテオドーロさんも言っていました。ですが……ツリーは再生できなくても、セフィロトが吹き上げる力はまだ生きている筈です。それを利用して、昇降機のように降ろすことは出来るかもしれません」
「パッセージリングを操作出来るでしょうか」
「行くだけ行ってみよう。ここままだと崩落を待つだけだろ!」
アスターに事情を説明して、万が一の備えとケセドニアの住民のことを彼に託した一行は、急ぎ邸宅を後にした。