02.破壊と救済

落雷と共に僅かに歪んだ視界。
それはあまりにも一瞬の事で、その異変を感じ取れた者は多くは無かった。

「なんか今……」

「…………」

「エル、大丈夫ですか?」

雷に驚きしゃがみこんでしまったエルや、そちらに気を取られたエリーゼ等は全く気付いていないようだったが、アルヴィンとルドガーは違ったようで、二人して神妙な顔つきになる。

一行の中で特に明確なリアクションを示したのはシンだった。
今の変化を、何が起こったのかを正しく認識した彼は、けれどそれが何故起こったのかが理解出来ずに舌打ちする。

(今の感覚……間違える筈がねぇ、ここはもう分史世界だ。でも、ルドガーが何かした風には見えなかった。ユリウスの野郎か他のエージェントが侵入したところに、ルドガーの力が変に作用して巻き込まれたのか……?)

「シン、どうしたの?」

思考に耽けっていたシンは、ジュードに声をかけられて漸く皆が歩き出している事に気付いた。

「……お前、今の気付いたか?」

「今のって?」

「……ならいい」

分史世界は一般人が偶然に迷い込めるようなものでは無い。その資格を持つものが、特定の場所に特定のタイミングで、定められた手順を踏むことで始めて侵入が可能になる――少なくともシンが知る限りではその筈だった。

であれば、その侵入者は確実にこの世界を破壊する気だろう。
犯人がルドガーでは無いのなら、先を越される前に時歪の因子を見つけ出さなければならない。

(つっても、情報が無さ過ぎる。いつもならユリウスの野郎を追っかけてりゃ良かったが、今回はそうもいかねーな……)

首を傾げるジュードに、シンは難しい顔のまま歩き出す。

(とりあえず、弟ってんなら自覚は無くてもユリウスと同じ骸殻能力くらいは持ってんだろ。時歪の因子発見機くらいにはなるだろうし、一人で闇雲に探し回るよりはマシだな)

そんな考えで、シンは表面上は当初の目的通り、ルドガー達によるバラン捜索を手伝う事にした。
探索の合間、ふと流してしまっていた事を今更ながらに尋ねる。

「なあ、お前らアイツの知り合いだっつってたよな」

「アイツって?」

「さっきいきなり銃持って現れて、ルドガーにボコられて消えた奴」

「ああ、イバルのこと?」

「そうそう。一応確認なんだけどよ、お前らアイツと親しいってだけで、クランスピア社と繋がってる訳じゃねーんだよな?」

彼らは分史世界の事を知らないと言っていた。
それが本当なのなら、彼らはクランスピア社とは何の関係もないただの一般人なのだろう。シンはそう思っていた。

だが、予想に反してルドガー達は押し黙ってしまう。

「……おい、なんでそこで黙んだよ」

「えっと……その……何て言ったらいいか……」

ルドガーは何やら沈痛な面持ちで地面に視線を落とし、他のメンバーはそんな彼に哀れみの目を向ける。
微妙な空気の中、答えを教えてくれたのはエルだった。

「ルドガーは脅されてるんだよ!」

「は? 誰にだよ?」

「赤い服着たおっきいおじさん! メガネのおじさんを捕まえないと、ルドガーがシメーテハイされちゃうの!」

「???」

「……その、実は……」

観念したルドガーが、重い口を開いて説明を始める。
先の列車テロの際に偶然現場に居合わせていた事、そのせいで事件に関与した事を赤い服のおじさん、もといビズリーに疑われている事。そしてその疑いを晴らす為にユリウスを連れて来るよう命じられた事。

話を聞き終えたシンは、他人事とはいえ流石に可哀想になって、

「……そりゃ、アレだな。なんつーか、大変だったな……」

たどたどしくそんな言葉をかけた。

「無関係の人間を良い様に使いやがって……、相変わらずクソだな、クランスピア社の連中は」

「……シンの方こそ、クランスピア社とはどういう関係なんだ? 俺は正直に話したんだから、そっちの事情も聞かせて欲しい」

「俺の事情っつってもな……、話して信じてもらえるもんでもねーと思うけど」

「大丈夫だよ。ここに居る全員、不思議な事には慣れてるから」

一体どんな人生を送ってきたのか。若干16歳の少年ジュードの発言に、エリーゼとアルヴィンはうんうんと頷きを返す。

「だとしても話すのはナシ、少なくとも今は」

「そんなのズルいー!」

「お前らの為を思って言ってんだよ。……半分は俺の気持ちの問題でもあるけどよ」

「どういう事?」

「お前らが悪いヤツじゃねーって事は何となく分かる。だから、出来ればこっち側には来て欲しくねぇんだよ。話聞いた上で俺の味方になるってんならまだマシだけどよ、そうじゃねぇなら……」

シンはそこで言葉を止めた。
続く言葉を推察したジュードやアルヴィンが、僅かに眉根を寄せる。

「……そういう事なら、今は聞かない方がいいかもな」

「なんで!?」

「エル、シンは僕達と喧嘩したくないって言ってくれてるんだよ。僕も出来ることなら、シンとはこれからも仲良くしていたいな」

「そーいうこと。分かったら静かにしてろガキ」

「エルはガキじゃないですー!」

「そういう所がガキなんだっつの」

「エル、やっぱりシンのことキライ! 今からついて来るの禁止!」

「あっそ」

「禁止だってば!」

ポカポカと腹を殴ってくる小さな手を無視して、シンは話のせいで中断されていたバラン探しを再開する。

エルに自覚は無いだろうが、怯えて近寄ろうともしなかった最初の頃よりはシンに対する警戒心が薄くなったのだろうその様子に、ルドガー達は顔を見合わせて微笑した。




その後も施設内を調べ回ったがなかなか目当ての人は見つからず、気が付けば一行は建物の屋上にまで到達していた。

そこにも人の姿は無かったが、代わりに巨大なボールのような不思議な物体が、電気を放ちながら静かに浮かんでいる。

「また変なのだ!」

「源霊匣ヴォルト!」

「知ってんのか?」

「ビリビリするやつだよ〜!」

どうやらジュード達は知っているらしい。
ヴォルトと呼ばれた物体、もとい人工精霊は、呻き声と共に周囲へ放電を始めた。

あちこちに落ちた雷撃の一つがルルに直撃し、気絶した愛猫を見たルドガーが怒りに任せてヴォルトに斬りかかる。それを皮切りに、他の面々も攻撃を開始した。

こちらの数の多さもあってか、暴走したヴォルトの制圧にはそう苦労もしなかった。
何故か消沈した様子のジュードを見て、ああそういえばこいつは源霊匣研究の第一人者だったかと、シンはその理由に思い至る。

「源霊匣ってあんま詳しくねーんだけどよ、こんな危ねぇもんなのか?」

「そういう訳じゃ無いんだけど……、まだ完璧に制御は出来てないんだ。特にヴォルトみたいな大精霊クラスは制御が難しくて……新しく作らないようにしてた筈なんだけど……」

「でも現に今ここに――」

言いかけて、シンははたと気付く。

源霊匣ヴォルトが元の世界に存在し得ないのなら、今この分史世界に居るコイツは――

(まさか、コイツがこの世界の時歪の因子か……!?)

「ジジ……エラー……、タマシイ……オセン……シンコウ……、コントロール……フノウ!」

大人しくなっていたヴォルトが、そう告げると同時に再び放電を始める。

――これが時歪の因子なら、破壊する訳にはいかない。

近くにエージェントの姿は無い、ならばここは一先ず退くべきか。そう判断したシンは皆に声をかけようとして、

「うおおおおおっ!!」

雄叫びと共に骸殻を発動させたルドガーが、手に持った槍で源霊匣ヴォルトを刺し貫くのを見た。
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