02.破壊と救済

シンの読みは当たっていた。
ルドガーの槍は源霊匣ヴォルトの中にあった時歪の因子を破壊し、その瞬間、周囲の光景が硝子のように砕け散る。

暗転する視界。周囲の何もかもが闇に呑まれる中、ルドガー達だけはその影響を受けずに元の世界へと帰還した。

さっきまで屋上に居た筈なのに、どうして地上に降りているのだろうと一行は困惑していたが、弱々しいルルの鳴き声を聞いて皆の意識はそちらに向く。

だがシンは違った。
破壊の瞬間に引き起こされたいつもの頭痛に表情を歪ませつつ、彼は普段の姿に戻ったルドガーの胸倉を掴む。

「テメェ……やっぱり嘘吐いてやがったな……!」

「は? 何の事か知らないけど、今はルルが……」

「じゃあさっきのは何だよ!?」

ルルの治療を始めていたエリーゼも、他の皆も、声を荒らげるシンと困り顔のルドガーを見た。

「またルドガーに酷いことするー!」

「外野は黙ってろ。……お前、自分が今何したか分かってんだろうな?」

「何って……源霊匣ヴォルトを倒したんだろ?」

「ふざけんな! 骸殻使っといて今更そんな言い逃れが通用する訳ねーだろ!」

「がいかく……? って何だ?」

「はぁ!?」

「ちょっと落ち着いて、どうしたのさシン」

「どうしたもこうしたもねーよ! お前らも見てただろうが! コイツは骸殻を使って分史世界を破壊したんだよ!」

「???」

言っていることがまるで分からないといった様子の一行に、一人激昂していたシンは言葉を失った。

「……なんの話か知らねーけど、今はバランを探すのを優先させてくれねーか? さっきの源霊匣ヴォルトの件もバランなら知ってる筈だ、屋上に戻ってみようぜ」

そのアルヴィンの提案で、回復したルルを連れて仲間達は揃って歩き出す。

「えっと……俺達も行かないか? 話ならいつでも出来るだろ」

「〜〜〜〜ッ!! クソッ!!」

ルドガーの襟を掴んでいた手を苛立たし気に離したシンは、しかしアルヴィン達の後は追わずルドガーに背を向けた。

「シン?」

「行きたきゃ勝手に行け!!」

そう吐き捨てられたルドガーは、今はそっとしておいた方がいいかと足早にその場を後にした。
一人残ったシンは、広場の両脇に並ぶコンテナに寄りかかって、その場に座り込む。

頭が痛い。そしてそれ以上に心が痛かった。
その痛みはルドガーへの振る舞いに対してでは無い。

(……また守れなかった。破壊されたの、これで何回目だ?)

これまでに幾度となく味わってきた敗北の苦汁を飲み下して、シンは唇を噛んだ。



「おやシンさん、お一人ですか?」

怒りや痛みが落ち着いてきた頃、別行動を取っていたローエンとレイアが、戻ってくるなりそう声をかけてきた。

「バランさんは見つかった?」

「……知らね。今あいつらが屋上見に行ってるから、気になるなら行ってくれば」

「行ってくればって……シンは行かないの? って言うか、なんで一人でここに? あ、もしかしてわたし達を待ってくれてたの?」

「ちげーよ。……途中で気分悪くなったから、休んでるだけ」

適当にそんな返事をすると、真に受けた二人に普通に心配されてしまい、シンは苦い顔。

「俺のことはいいから様子見て来いよ。なかなか帰って来ねーし、何かあったんじゃねーの」

「それは心配ですね。ではレイアさん、お願い出来ますか? シンさんの事は私が見ていますので」

「わかった、行ってくるね」

「いや要らねぇよ、あんたも行けって」

「具合の悪い方を一人残しては行けませんので」

そう微笑まれては返す言葉も無い。
ローエンを追い払うのを諦めたシンは、これ以上心配されても居心地が悪いと無理矢理話題を替えた。

「そういや、此処のコンテナ新しいのに替えたんだな。あれだけ派手に壊されてりゃ当然か」

「おお、言われてみればそうですね」

「ん? あんたリーゼ・マクシア人だろ、一年前の事件知ってんのか?」

まだリーゼ・マクシアとエレンピオスが分かたれていた頃、此処には大量の黒匣が保管されていた。だがある日、それが尽く破壊される事件が起きた。
当時のエレンピオスではそれなりに話題になり、犯人についても色んな噂話が飛び交ったが、現場を見ていた者が少なかった事もあり、結局未だに詳細は分からないままだ。

「エレンピオスじゃそこそこ有名な話だけど、リーゼ・マクシア人にまで知れ渡ってるとは知らなかった。それとも、あんたが物知りなだけか?」

「いえ、私やジュードさん達が、ちょうどその時この場に居たというだけですよ」

「は? ――いやいや、あの時はまだリーゼ・マクシアと繋がってなかったんだから、あんたらが居るわけねーだろ」

「それには深い事情がありまして」

当時を思い出しているのか、しみじみした様子で言うローエンに、シンの顔色が変わる。

「……なぁ、まさかあんたらが犯人だって話じゃねーよな?」

「いえいえ、とんでもない。私やジュードさん達は無関係ですよ、現場に居合わせたのは偶然です。止められなかった責任はあるかもしれませんが、当時のリーゼ・マクシアでは、黒匣は精霊を殺す危険な兵器として……」

「それはいい。それより、犯人の顔は見たか? どんな奴だった?」

食い気味に聞いてくるシンのその真剣な面持ちに、その問いの答えを持っているローエンは暫し沈黙。

「……それを聞いてどうするおつもりですか?」

リーゼ・マクシアの宰相であるローエンとしては、エレンピオスとの和平条約を目前に控えた今、その妨げになるような発言は避けたい、というのが本音だった。
一年前のあの事件を掘り返す事は、その犯人が誰であったのかも含め、両国の関係に致命的な亀裂を入れかねない。

「個人的に犯人に恨みがある、見つけ出して一発ぶん殴る」

「本当にそれだけですか?」

「……正直、殺してやりたいと思ってる。そいつのせいで、俺の人生滅茶苦茶になったんだ」

「……穏やかではありませんね、宜しければ詳しい話を聞かせて頂けませんか」

「それこそ聞いてどうすんだよ」

「事情によっては、あの時止められなかった事を改めて謝罪する必要があるかと思いまして」

「そんなもん必要ねぇよ、警備兵でも何でもない民間人に八つ当たりするほど俺は馬鹿じゃねぇ。――で、犯人に心当たりはあんのかよ?」

僅かな逡巡。それを表面には出さず、ローエンは答える。

「……すみません、私も顔は見ていないのです。既にシンさんがご存知の情報以上のものは提供出来ないかと」

「……そうかよ」

目に見えて落胆したシンに内心で謝罪しながら、ローエンはここには居ないリーゼ・マクシアの王に思いを馳せた。

(……これは、少々厄介な事になるかもしれませんね)
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