02.破壊と救済
「おやガイアスさん、こんな所でお会いするとは」「今はアーストだ」
一方。シンと別れて一人宿屋に入ったアーストことガイアスは、ローエンの発言に丁寧な訂正を入れていた。
傍らに居るエリーゼも治療の手を止めて顔を上げ、ティポと揃って驚いた表情を見せる。
「なんで王様がここに居るのー!?」
「だから今は……まあいい。それよりも、先の連絡にあった件についてだが――ミラが居なくなったそうだな?」
「ええ。ミュゼさんが言うには、魂の浄化に問題が起きたと言って精霊界を飛び出した後、連絡がつかなくなったそうです」
「ガイアスは見ていませんか?」
「ああ。そもそも、無事であれば奴は真っ先にお前たちの所へ向かうだろう」
「ミュゼさんもそう仰っていました。では、やはり……」
「何かがあったのだろうな」
リーゼ・マクシア初代国王の突然の登場に驚き言葉を失っているエージェント二人を差し置いて、ミラの旧知である三人は深刻な顔で考え込む。
「……それにしても、よく私がここに居るとお分かりになりましたね?」
「外でシンと会ってな、お前が此処で怪我人の治療をしていると聞いた」
「あれ? シンはルドガー達と一緒に行ったんじゃなかったんですか?」
「そこで猫探しをしていたぞ」
エリーゼはその理由がわからず、きょとんとして首を傾げた。
ローエンは持ち前の頭脳ですぐに状況を理解したが、シンの名を聞いて芋づる式にガイアスに話しておくべき事を思い出す。
「エリーゼさん、少しガイアスさんとお話がありますので、少しの間この場をお願い出来ますか?」
「はい、もう治療は殆ど終わっていますから、大丈夫ですよ」
エージェント二人にも――この場にガイアスが居たことへの口止めも含めて――断りを入れて、ローエンはガイアスを宿の隅へ引っ張っていく。
「どうした」
「シンさんに関する事で少し、貴方の耳に入れておきたいお話がありまして」
「……聞こう」
「一年前、貴方とミュゼさんが初めてエレンピオスに来た際、ヘリオボーグの研究所で大量の黒匣を破壊した事は覚えておいでですか?」
「また随分と懐かしい話だな。その件については、既に片付いていた筈だが?」
「ええ、やるべき事は全て終えています。ですが、どうやらシンさんはあの事件と何かしら関係があったようで、黒匣を破壊した犯人を随分と憎んでいるようです」
――沈黙。
ガイアスの眉間に皺が寄っていくのを、ローエンは黙って見守る。
「……何故それを俺に話す?」
「貴方の性格上、シンさんの口からそれを聞けば、自分が犯人だと名乗り出てしまうのではないかと心配になりまして」
「安心しろ、リーゼ・マクシアの王としての自覚は持っている。和平条約を前に、己の勝手でエレンピオスとの関係を壊すような真似はせん」
「でしたら宜しいのですが」
「だがそうか。あいつは、かつての盲目な俺の被害者か」
「…………」
「より詳しい話は?」
「聞いていません」
「そうか、なら――」
「ご自分で地雷を踏みに行くような真似はなさらないで下さいね?」
先んじて釘を刺したローエンに、ガイアスは不満げな顔。
「自らの行動の責任を正しく負おうとする貴方のその姿勢はとても素晴らしいのですが、今はデリケートな時期ですので、我慢なさって下さい」
「…………」
「それが出来ないのであれば、シンさんとは暫く距離を置いて頂くしかありません」
「……わかった、余計な詮索はしない」
「それを聞いて安心いたしました。では、私はエリーゼさんをエスコートする重要なお役目の真っ最中ですので、これで」
宰相に王の補佐より優先すべき役目など本来この世には存在しない筈なのだが、ローエンを咎める者はこの場には居なかった。ガイアスもまた然り。
ローエンとの情報交換も済ませてやる事がなくなってしまった彼は、周囲に王と気付かれる前にその場を後にする事にした。
先程シンと別れた辺りの方を向けば、相手はまだそこに立っていて、暇そうに空を見上げているのが見える。
先のローエンの忠告もあってガイアスは一瞬躊躇したが、結局その足は彼の方に向いた。
「シン」
「あ? ――ああ、あんたか。ローエン達は?」
「治療は大方終わったらしい、そのうち出てくるだろう」
「ふーん。……じゃあどうすっかな」
険しい顔で他所を向くシンに、市井のアーストに戻ったガイアスは疑問符を浮かべる。
「二人を待っていた訳では無いのか」
「さっきまではそうだったけど、ちょっと事情が変わった」
「……どういう事だ?」
シンはそれには答えず、難しい顔をして潜考する。
(ルドガー達が敵に回るなら、当然ローエン達もそうなるだろうしな……、合流したタイミングで連中が俺を捕まえようとする可能性を考えると、今のうちに逃げといた方がいいか……? いやでも、今後ルドガーがエージェントとして活動するのなら、ついて回った方が邪魔はし易いしな……)
事情を知らぬアーストにはその思考は読み取れなかったが、少なくとも何かしらの問題に直面しているのであろうことは表情から見て取れた。
「……シン」
「なんだよ? 用が済んだならもう行けよ。それとも、やっぱりさっきの分け前よこせって話か?」
アーストは首を左右に振って、真面目な顔で言う。
「GHSの番号の登録の仕方を教えて欲しい」
「…………。それ今じゃなくてもいいだろ、俺はGHSのショップ定員じゃねーんだぞ」
「今でないと困る、次にいつまたお前と会えるか分からんのでな」
「はいはい、しょーがねぇな……」
別に俺じゃなくても番号の登録の仕方くらい誰からでも聞けるだろうにと思いつつ、アーストの機械音痴っぷりを知っているシンは赤子に教えるようにそれをレクチャーした。
「……で、最後にここ押して終了。覚えたか?」
「……まあ、大体は」
「本当かよ……」
「それで、お前の番号は?」
「は?」
「だから、お前のGHSの番号だ」
「んなもん聞いてどーすんだよ」
「登録するに決まっているだろう」
何でそうなる。
アーストの意図が全く読めないシンが混乱している隙に、アーストはその手からGHSを奪って覚えたばかりの操作を始める。
「これで合っているか?」
「いや合ってるけどよ……、俺のなんか登録してどーすんだよ、連絡することねーだろ」
「俺から連絡することは無いかもしれんが、お前に何か困った事があれば俺に連絡しろ、俺の番号も登録しておいたからな」
「益々意味わかんねーよ、つーか何勝手に登録してんだ」
そんなシンの言葉は無視して、アーストは気が済んだと言わんばかりに満足した様子で足取り軽く去っていった。
その心を知らぬシンは、遠ざかっていくアーストの背中を見ながら「なんだあいつ……」と呟く事しか出来なかった。