02.破壊と救済
――結局、シンはルドガー達と別行動を取る事にした。わざわざリスクを侵してルドガー達と合流せずとも、あちらの動きはルドガーに餞別と言って渡したバッジ――それを模した盗聴器によってこちらに筒抜けだ。なら、あちらが分史世界に突入する時にだけ邪魔をしに行けばいい。
今のところ新たな分史世界は発見されていないようで、その日のルドガー達はクランスピア社で解散になったようだった。なのでシンも今のうちに休んでおこうと、ローエン達と鉢合わせる前にさっさと港を離れて宿を探しに行く。
(……とは言え、こっちの土地勘はねーんだよな。どーしたもんか)
手元にある例のディスクを狙ってクランスピア社の刺客が放たれる可能性を考慮し、念の為にエレンピオスではなくリーゼ・マクシアに泊まることを決めたのはいいが、リーゼ・マクシアに来たことは数える程度しかない。
その数回ですら、全て分史世界での話だ。ユリウス達エージェントの妨害に必死だったせいもあって、どの道がどんな場所に繋がっていたのかなど全く覚えていない。
(まぁその辺のやつに聞きゃ何とかなるだろーけどよ……、あんまり進んで話しかけたかねーな)
エレンピオスでリーゼ・マクシア人を見かけた時に自分があまり良い顔をしないのと同じく、リーゼ・マクシアでエレンピオス人の自分がにこやかに対応して貰える保証は無い。
かといってリーゼ・マクシアに頼れる相手が居る訳でも……と、そこまで考えたところで、シンの脳裏にさっきのアーストとのやり取りが蘇る。
GHSを開いて電話帳を調べてみれば、そこには登録されたばかりのアーストの名前があった。
(……そういやあいつって、分史世界の事とかどこまで知ってるんだ?)
ローエン達と親しい事は知っているが、彼は分史世界絡みの事件については今のところ不干渉を貫いている……ように見える。
これまでにそういった質問を受けた覚えもないし、あまり興味が無いのだろうか。なら、全く何も知らないままでもおかしくは無いが。
(とは言え、ローエン達と連絡取り合ってないとは限らねーし。もしここでアーストを頼ってその話がルドガー達に漏れたら、わざわざリーゼ・マクシアに泊まる意味が無くなっちまう)
まぁ、適当に彷徨いてれば宿くらいすぐ見つかるだろ。
シンはそう考えて、どこに続くとも知れない間道を歩き始めた。
だがその数時間後、彼は自分の見積もりが甘かったことを思い知る。
「宿? この村には無いよ、観光地でも無いからねぇ」
港を出て間道を進み、最初に辿り着いたハ・ミルでそう言われたシンは、まぁ小さな村だし仕方がない、もう少し行けば町くらいあるだろうと、
めげずにさらに先へと進んだ。
だが行けども行けどもそれらしき風景は見えて来ず、間道を通り、海瀑を抜けた先でやっと見つけたニ・アケリアでも、
「宿ですかな? この村には、そういったものはありませんなぁ」
と言われてしまい、長い道程を頑張って歩いてきたシンはその場に崩れ落ちてしまった。しかも、この村の先は行き止まりらしい。
(普通宿くらいあるだろ……! リーゼ・マクシアってこんな田舎ばっかなのか……!?)
こんな事なら、体裁など気にせず港町できちんと聞き込みをしておくんだった。
陽はとっくに沈んでしまっており、今から道を引き返したところで、歩いている間に日が変わってしまうだろうことは明白だった。
これはもう野宿をするしかないか。諦めてとぼとぼと村を出ていこうとするシンを、住民が呼び止める。
「お待ち下され。宿はなくとも、一晩泊まる場所をお貸しする事は出来ますぞ」
「え、いいんすか?」
「こんな夜更けに魔物の出る間道に放り出す訳にもいきますまい。ただ、代わりと言っては何ですが、一つ頼まれてはくれませんかの」
「はぁ、俺に出来る事ならやりますけど」
「明日で構わんのですが、この先にある社の掃除をお願いしたいのです。ミラ様を奉る大事な社なのですが、この村には巫子のイバルの他に魔物の出る間道を通れる者がおりませんでな。イバルがエレンピオスへ行ってしまってからは、煤を払いに行くことも出来ずに放置されてしまっておるのです」
「イバル? イバルって、白い髪した俺と同い歳くらいの男の事だったりします?」
「おお、正しくその通りですとも、知っておられるのですな」
なんともまあ、奇妙な偶然もあったものだ。
どういう関係かは伏せて適当に誤魔化したシンは、イバルの知り合いという事ですっかり信用され、村に点々と並ぶドーム型の住居の一つに案内される。
「ここは元々ミラ様が使っておられた部屋なんですがな、恐らくはもう使うこともありませんで」
「そのミラ様って言うのは、ここの長老か何か?」
「いえいえ。ミラ様――外の方にはマクスウェル様とお呼びした方が分かりやすいかもしれませんな、かの有名な偉大なる精霊の主ですよ。1年ほど前まではこの村に居られたのですが、人間界でのお役目を果たされて、精霊界にお戻りになられたのです」
「へぇ……それはまた」
「かつてはこの村も排他的だったのですが、一時的に弱っておられたミラ様を助けて下さった優しい方々が居りましてな。以来、この村は外にも開かれるようになったのですわ」
その後もミラ=マクスウェルの偉大さとこれまでの村の歴史を長々と語って、満足した老人は漸く部屋を出ていった。
あまりに長くて途中から殆ど聞き流してしまっていたシンは、これでやっと休めるとベッドに倒れ込む。
(……かの有名な精霊の主ねぇ、エレンピオスじゃ名前すら聞いた事無かったけどな)
古くから精霊信仰が根付いているらしいリーゼ・マクシアと違って、エレンピオスでの精霊の認識は電気と同じエネルギーの一つでしかない。
精霊に意思があるという事を知ったのすらつい最近の事だ。実際にそれを見たことが無い多くのエレンピオス人にとっては、先の老人の話も御伽噺のようにしか聞こえないだろう。
精霊を崇める社などもってのほか、そんな土地と金があれば、そこに店の一つでも構える。それがエレンピオスだ。
こういった文化の違いも、両国の溝を深める要因の一つなのだろう。
(信仰心なんざ持つ気にはなれねーけど、とりあえず今日はそのミラ様のお陰で助かったようなもんだし、一応感謝しとくか。有難く部屋使わせて貰うぜ、偉大なる精霊の主様)
あとはついでにイバルもか? いやでも、あいつへの感謝はいいか。日頃の行いが悪いし。
そんな事を考えているうちに、知らずとシンは眠りに落ちていた。