02.破壊と救済
翌朝。朝食を振舞ってくれた村の人々に礼を言って、シンは約束通り掃除をしにニ・アケリアの先にある社へ向かっていた。確かに道中の道には魔物がそれなりに居たが、シンにとっては慣れたもの。特に問題もなく進んで、目の前に現れた長い階段を登る。
社は森の中にぽつんと佇んでいた。外観も内装も、ニ・アケリアにあった建物とそう変わらない。が、周囲の静けさのせいか、どこか神聖な空気のようなものを感じさせた。
「さてと、ちゃっちゃと終わらすか。そんなに広くもねーし、荒れてもいねーし、これならすぐ終わるだろ」
村の人々に手渡された掃除道具を手に早速掃除を開始したシンは、棚に収められた様々な本――精霊の主が読むにしては随分と俗物的なものが多い――が気になりつつも、順調に部屋を綺麗にしていった。
「よし、こんなもんだろ」
最後の仕上げも終えて、ピカピカになった社を見て頷いたシンは、不意に鳴り出したGHSに視線を移す。
そして、着信画面に表示されたアーストの文字を見て目を瞬かせた。
「……そっちから連絡してくる事は無いんじゃなかったのかよ?」
『そのつもりだったのだが、ついさっきローエンから連絡があってな、お前がどこに行ったか知らないかと聞かれた。今どこに居る?』
「あー……、悪いけど教えらんねーわ」
『何故だ』
そこで疑問を呈するという事は、彼はまだ事情を聞いていないのか。
シンは掃除道具を片付けながら、さてどう答えたものかと逡巡する。
「ちょっと色々あって、ローエン達とは暫く会いたくねーんだよ」
『色々とは何だ』
「色々は色々」
『あちらはお前と会って話がしたいと言っていたぞ』
それは本気で言っているのか、それとも罠か、シンには判断しかねた。
仮に本気だとすればとんだ甘ちゃんだ、話したところで互いの選択を変えられる筈も無いのに。
『喧嘩でもしたのか』
「喧嘩するほど仲良くもなってねーよ。……なんつーか、単に今後の行動方針が食い違っただけで。だから別行動してーんだよ、それだけ」
『……別行動というのは、お前一人でか?』
「そうだけど」
『どういう経緯があったのかは知らんが、ローエン達と追うものが同じなら、揃って行動した方が良いのではないか』
「んなもんあんたに指図されたかねーんだけど、説得目的でかけて来てんなら切るぞ」
『待て。それでお前が危険な目に遭う可能性があるのなら見過ごせん』
「なんでだよ、あんたには関係ねーだろ」
『関係がないかどうかは俺が決めることだ』
間髪入れずにそう返されて、シンは言葉に詰まる。
どうして急にそんな執着を見せるようになったのかが分からず、GHSを片手に首を傾げた。
「何をそんなに心配してくれてんのか知らねーけどよ、これでもあんたらに会う前はずっと一人でやって来てたんだ、だから何も問題ねぇよ。ローエンには電話が繋がらなかったとでも言っとけ、巻き込んで悪かったな」
『……本当に問題は無いんだな?』
「ねーから安心しろ」
『わかった』
「じゃーもう切るぞ」
『待て』
「まだ何かあんのかよ?」
流石に喋りながら魔物の居る道を通る訳にも行かず、階段の途中に腰を下ろして話しているシンは、何か用があるならさっさと話せと先を促す。
だがアーストは何も言わず、そのまま暫く無言の時間が続いた。
「……おい?」
『なんだ』
「なんだじゃねーよ、あんたが呼び止めたんだろ」
『……そうだな』
「……あんたなんか昨日からおかしいぞ、何かあったのか?」
――また無言。
これでは通話料が無為に徴収されていくだけだ、アーストの側からかけてきているので構いはしないが。
「言いたいことがあんならハッキリ言えよ」
『……例えばの話だが、もし自分が取り返しのつかない事をしてしまったとして、その被害者に対して出来る償いには何があると思う?』
「は? 何だそれ、あんたの話か?」
『例えばの話だ、断じて俺の話ではない』
嘘が下手かよ。
シンは思ったが言わず、静かに考えを巡らせる。
「そんなもん、相手によるとしか言えねーよ」
『ならばお前が被害者の立場だったなら、加害者に何を望む?』
「……別に何も。ああでも、目の前にソイツが居るんなら、俺だったら殴る、ボッコボコにする」
『成程、お前らしい答えだ。では、次に会った時はそうしてくれ』
「は?」
『それではな、くれぐれも無理はするなよ』
それだけ言って、アーストは通話を終わらせた。
ツーツーという電子音が流れてくるGHSを見つめながら、シンの頭はクエスチョンマークで埋め尽くされる。
(俺、あいつになんかされたっけ……? されてねーよな……?)
アーストとはドヴォールとイラート海停で言葉を交わした事ぐらいしか無い。その中で、わざわざ償いなどという大層なものが必要になりそうな出来事など無かった筈だ。少なくとも自分に心当たりは無い。
まさか手違いで電話番号流出させたとかそんな話じゃねぇだろうな。全く有り得ない話ではないなと思いつつ、先に確認しておくべき事を確認する。
『――シンさんとは連絡が取れなかったそうです、行き先も聞いていないそうで』
『そっか……困ったね、何とか話が出来ればいいんだけど』
『アイツの思惑は知らねーけど、目的はこっちの妨害なんだろ? なら、その時になればあっちから出て来てくれるんじゃねーの』
『確かに、それもそうだな』
『なら、とりあえず行ってみようよ、丁度任務も入って来たところだし。場所どこだっけ?』
『トリグラフ中央駅』
『じゃあ、エリーゼが戻ってきたら行こうか』
『そういやエリーゼはどこ行ったんだ? エルも居ないな』
『なんかバーニッシュがどうとか言ってたけど……』
と、そこまでで聞きたいことは聞けたので、シンは盗聴音声を流していたGHSを閉じて立ち上がった。
トリグラフ中央駅となるとここからかなり距離があるが、幸いにもエリーゼとエルが時間を稼いでくれている。走っていけば間に合うかもしれない。
そんな訳で、アーストの事は一旦忘れて、シンは急いでニ・アケリアへと駆け戻った。