02.破壊と救済
(……っなんとか、間に合った……!)ニ・アケリアの住民への別れの挨拶もそこそこに、シンは全速力でリーゼ・マクシアからエレンピオスへ帰還した。
息も絶え絶えになっている彼が見つめる先には、分史世界へ突入せんとするルドガー達の姿がある。
(出るのはともかく、入るのは自力じゃどうにも出来ねーからな……この距離なら便乗出来るだろ)
ルドガー達に見つからないよう駅の隅に隠れながら、シンは世界が切り替わるのを待った。
分史世界への突入は、基本的には骸殻能力者が認めた人物以外は弾かれてしまうのだが、シンの場合は別。ある程度近くにさえ居れば、能力者の意志に関係なくその力の恩恵に与る事が出来る。
思惑通りルドガー達に便乗して無事に分史世界への突入を果たしたシンは、足早に駅から出てGHSを耳に当てた。
『アスコルド行きが動いてる!』
『つまり、ここって列車テロが起きていない世界?』
『断定は早いでしょう。まずは、この世界の情報を集めねば』
『アスコルドが怪しいのも事実だぜ』
『二手に分かれて調べましょう』
『わたしとジュードで、街で聞き込みしてみる』
『ルドガー達はアスコルドをお願い』
(お、いい感じにバラけたな)
とは言え、アスコルドに向かったのは戦えないエルとルルを除いてもルドガー、アルヴィン、ローエン、エリーゼの四人だ。それぞれの腕っ節の強さは前回のヘリオボーグで確認済み、一対四ではまだ分が悪い。
(アスコルドに先回り……ってのは、流石に無理だな。あいつらは列車で行くだろうし、それより早く着くルートは無ぇ。アスコルドがハズレの可能性にかけるしかねーな)
ならばジュード達と同じく街で聞き込みをすべきだろうか? いや、それでは結局後手に回ってしまうだけだろう。
彼らに勝つ為には、彼らより早く時歪の因子を見つけなければならない。先に見つけることさえ出来れば、後は安全な場所にそれを隠すなり何なりすればいい。
(情報集めるにしても、あいつらと同じやり方じゃ駄目だな。もっと効率良くやらねーと……)
情報収集となれば、ここはやはり彼女に頼るのがベストだろう。
シンは駅からルドガー達の姿が無くなったのを確認してから、彼らとは別の列車に乗り込んだ。
列車に揺られて暫く。辿り着いたのはドヴォールだった。
列車から降りてすぐ、駅のホームで目当ての人物を見つけて、シンは胸を撫で下ろす。
「……なあ、あんたが情報屋のジョウか?」
いつもの様に話しかけようとして、しかしここが分史世界であることに思い至ったシンは、初対面を装って話しかけた。
「ん? そうだけど、そういう君は?」
ああやっぱり、この世界でも俺は――
ジョウのリアクションに沈みかけたシンは、軽く首を振るって気を持ち直す。
「俺はシン、知り合いからあんたの話を聞いたんだ、情報を売ってくれるってな」
「相応のガルドを払ってくれればね。或いは、私がまだ知らない特ダネでもいいわよ」
「んな情報通じゃねーから、現金で」
「了解。それで、何が知りたいの?」
「ここ最近のデカいニュース、もしくは気になる噂とか」
「随分漠然とした注文ね? 前者は言うまでもなく、自然工場アスコルドの完成記念パーティーでしょう。でも、有名過ぎて流石に売り物にはならないわね。って事で、後者をお買い上げって事でいいかしら? 本当にただの噂話だけど」
「それでいい、他にオススメがあんならそっちも買うけど」
「そうねぇ、今はアスコルド関係のネタが売れ筋だけど……」
「あー、ならいい、噂話の方だけで」
アスコルドのネタをどれだけ仕入れたところで、そこはもうルドガー達に差し押さえられているのだから無駄だ。
残念だと言うジョウにガルドを渡すと、彼女はそっとシンに耳打ちする。
「ヘリオボーグの先に荒野があるのは知ってる? そこで髪の長い女みたいな精霊を見たって人が居るのよ。アスコルドがアスカを捕まえてエネルギー源にした事で、今あちこちで大精霊の需要が高まってるでしょ? だから噂が本当ならこっそり捕まえようかって話も出てきてるみたい」
「へぇ、そりゃ初耳だな」
「ちなみにその大精霊の正体に関する噂話とか、捕まえようとしてる企業なんかの話もあるけど、詳しく聞きたい?」
「追加料金取るんだろ? 自分で確かめに行くから、そんだけ聞けりゃ十分だよ」
「あら残念、気が変わったらいつでも声をかけてね」
これ以上金を絞り取れないと悟ったのか、ジョウは話を切り上げて街の中に消えていった。
正史世界となんら変わらない彼女の在り方に微笑しながら、シンは早速聞いた場所へと向かう。髪の長い女のような精霊、というキーワードをつい最近ニ・アケリアで耳にしていたからだ。
(正史世界のミラ=マクスウェルは精霊界に帰ったんだったよな。もしこの世界に残ってるんなら、時歪の因子の可能性は十分にある)
ヘリオボーグの先になど行ったことは無かったが、確かにそこにはジョウの言う通り何も無い荒野が広がっていた。噂を聞いた野次馬が集まっているのではないかと思ったが、見る限り人の気配は無い。
(偽情報って事は無いと思いたいけどな……大精霊どころか何もねーぞ……)
早くしないとルドガー達がここに来ないとも限らない。焦る気持ちでウロウロとその場を彷徨い歩いていると、
「誰かと思えば、いつかの死に損ないか」
突然、上からそんな声が降ってきた。
驚き弾かれたように顔を上げたシンを、声の主――髪の長い大精霊であるクロノスが冷ややかに見下ろす。
「……そりゃこっちの台詞だ。まさか噂の大精霊ってテメェの事かよ、女と間違われてんぞ」
「人の噂になど興味は無い。それより、貴様が此処に居るという事は、また愚かなクルスニクの連中がこの世界に入り込んだのだな」
「そーだよ。そもそも簡単に入れるようにしてんのが悪ぃんだろ、入られたくねーんならセキュリティもっと上げろよ」
「我がいつ侵入を拒んでいると言った? 分史世界の誕生や消滅に気を揉んでいるのは貴様ら人間だけだ。我にとっては、分史世界など人の存在と同じく無意味で無価値なものに過ぎん」
「けっ、相変わらずクソみてーな根性してんな、このネコ耳白髪野郎。じゃあ何でテメェは此処に居て、今俺の前に出てきたんだよ?」
嫌悪感を顕にするシンに対し、感情の宿らない顔で淡々と語っていたクロノスだったが、
「……オリジンの限界が近い。オリジンを苦しめるだけの存在ならば、審判の結果など待つまでもなく、我が直接消してしまった方が早いと思ってな」
その時だけは、シンと同じだけの嫌悪を滲ませていた。
その言葉に身構えたシンを、元の余裕綽々とした態度に戻ったクロノスが嘲笑する。
「案ずるな、貴様は特別だ。オリジンがわざわざ救った命を摘み取るような真似は出来ん」
「何が救っただ、テメェらの都合の良いように利用してるだけじゃねーか」
「ほう、それを自覚出来るだけの脳はあるようで何よりだ。褒美にハンデをやろう」
そう言って、クロノスは徐に片手を突き出した。
攻撃でもされるのかと1歩後ずさったシンは、突如眩暈に襲われて膝を着く。
「なん……っ、何しやがったテメェ……!」
「ハンデだと言ったぞ。クルスニクの血族でも無い只人の貴様が、あの人数を相手に一人で抗うのは無理がある。せめて時歪の因子を見分ける目ぐらいは、あって然るべきだろう?」
幸い眩暈はすぐに収まった。言葉の通り攻撃の意図は無かったようだが、目に見える景色は先程までと何も変わらない。
「……これで本当に見分けられるようになってんのかよ?」
「疑うのなら実際に確かめろ。事のついでに、この世界の時歪の因子の在る場所へと送ってやる」
「随分と親切じゃねーか、何企んでやがる」
「知れたこと、こうした方が我にとって都合が良いというだけの話だ。貴様がこのままクルスニクの一族を妨害し続ければ、審判は我々の勝利で決する。人間同士で潰し合い破滅する様を見れば、オリジンの目も醒めるだろう。――その調子で、精々頑張って悪役を演じ続ける事だな」
「いちいち癇に障る奴だなテメェはよ。つーか、さっきから言ってるその審判とかって何の事だよ?」
シンの問いにクロノスは一度閉口し、短く答える。
「貴様が知る必要の無い話だ」
どうせろくでもない話なのだろうと思いつつ、けれどきっと他の多くの物事と同様に自分には関わり合いのない話なのだろうと断じて、シンは追求しなかった。クロノスが生じさせた空間を繋げるゲートに無言で飛び込んで、その場から消える。
「……もう一つの審判、か。どちらも結果は見えているがな」
残されたクロノスはそう呟いて、役目を終えたゲートと共に姿を消した。