02.破壊と救済

(……で、何処に飛ばされんのかと思ったら此処かよ)

ゲートを抜けて地面に降り立ったシンは、長閑な雰囲気と独特な形の家々を見て、すぐに此処がニ・アケリアであると理解した。

一見して正史世界と違う部分は見当たらないが、クロノスの言に嘘が無いのであればこの里のどこかに時歪の因子が在る筈だ。村の人々に話を聞くのもいいが、まず真っ先に浮かんだ可能性を潰しにシンは一軒の家に向かう。

そこは先日、自分が泊めて貰った家――つまりはミラ=マクスウェルの住処だ。

(つっても、大精霊相手に話が通じるかわかんねーけどな……クロノスみてーな陰険野郎じゃねぇといいんだけどよ)

一度深呼吸して、意を決してシンは家の戸を叩いた。だが、中からは何の返事もない。人の気配もしない。

これはハズレか。ここが違うとなると、地道に聞き込みをするしかない。いや、時歪の因子を判別出来るのであれば、聞き込みなどしなくとも村の中を一通り見て回るだけでも――

「ちょっと、人の家の前でボーッとしないでくれる?」

思考の海に浸りかけていたシンは、背後からかけられたそんなお叱り声で現実に呼び戻された。

振り向けば、そこに居たのは金糸の長い髪を持つ気の強そうな女性。

「……見ない顔ね、此処は部外者が勝手に立ち入っていい場所じゃ無いわよ、叩き出されたくなければ早めに立ち去りなさい」

状況の理解が追いつかず棒立ちになってしまうシンを押し退けて、その女性は建物の中に入ろうとする。

「……あんた、もしかしてミラ=マクスウェルか?」

「元・マクスウェルよ、今はただのミラ」

見た目はともかく、立ち居振る舞いが随分と想像と違って、気を張っていたシンは脱力した。事前にそうと聞いていなければ、彼女は普通の人間にしか見えない。

「そういうあなたは何処の誰よ? 私に何か用?」

凄まれたシンは、じっと相手を見つめながら、たどたどしく答える。

「あー……えーっと……、悪ぃ、人違いだったかも」

「はぁ?」

ミラが此処に居れば確実に時歪の因子だろうと思っていたのだが、現状、それらしい反応は無い。

という事は、別にもっと正史世界と明確に違う何かがこの村にはある筈なのだが、正史世界のニ・アケリアではミラの話ぐらいしか聞かされなかったシンには、全く見当がつかなかった。

「なあ、この村ってあんたの他に何か見どころ? みたいなもんってあんのか?」

「人違いの次はそれ? まず先に名前ぐらい名乗りなさいよ」

「シン」

「この村には何をしに?」

「人探し、もしくは物探し。――礼儀がなってねぇのは謝るけどよ、訳あって急いでんだ、こっちの質問に答えてくれ」

「そう言われても、質問が漠然とし過ぎてて答えようが……」

「ミラ? そこに誰か居るの?」

戸口で喋っていた二人の間に、別の女性の声が割り込んでくる。
村の住民かと思い声の方を向いたシンは、背中に半透明の羽を生やし、宙に浮いているその姿を見て、またもや固まってしまう。

「姉さん……、気にしないで、村の人よ」

「そう、ならさっさと退いて」

素っ気なく言って、明らかに人ではないその女性は家の中に入っていった。

(何だあれ、また別の大精霊……? いや、それよりもあの黒いモヤってまさか……)

女から滲み出しているドス黒いオーラは見た事がある。骸殻能力者が時歪の因子に接近した時に現れるものだ。

(あいつがこの世界の時歪の因子か……!)

「ちょっと、聞いてるの?」

女性に気を取られていたシンは、何度か呼びかけていたらしいミラの声に漸く反応する。

「とにかく、此処に居られると迷惑だから、調べ物がしたいなら村の人に聞いて。それじゃ」

「ちょっ、待った! 調べ物なら今見つかった、あの人が多分そうだ」

「あの人……って、まさか姉さんのこと?」

「姉さんなのか?」

「……何よ、文句ある?」

「文句はねーけど、精霊にも姉妹とか居るんだなと思っただけ。それより、ちょっとあいつと話があんだけど、家ん中入ってもいいか?」

「はぁ!? 何言ってるのよ、ダメに決まってるでしょう! 私は立ち去れって言ってるのよ!」

「そういう訳にもいかねーんだよ! 早くしねーと、お前もあの姉さんも殺されちまうんだぞ!」

「五月蝿い! 静かにして!」

家の中から一喝されて、ミラとシンは揃って口を閉ざした。
なるべく声のボリュームを下げてから、中断した会話を再開する。

「……私と姉さんが殺されるって? 酷い冗談ね」

「冗談じゃねーよ、今こうして喋ってる間にもそいつらはこっちに向かって来てる。だから、さっさと此処を離れて安全な場所に隠れて欲しいんだよ」

「馬鹿なこと言わないで。私と姉さんを殺そうとする奴なんて、もう世界中のどこにも存在しないわ。とっくの昔に私が全滅させたもの」

「はぁ? 何言ってんのかわかんねーけどよ、俺も嘘なんかついてねーからな。つーか本命はあっちなんだから、あいつと話を……」

「姉さんは人間が嫌いなの、話なんて出来ないわよ。正義のヒーローごっこをするのは勝手だけど、遊びたいなら他所でやって」

「遊びじゃねーしヒーローでもねーよ! ああもう拉致があかねぇ、こうなったら実力で……」

「勝てると思うの? 姉さんは正真正銘の大精霊なのよ、あなたみたいな普通の人間が適う相手じゃない」

流石にそれには返す言葉が無かった。かつてクロノスに挑んでコテンパンにされた苦い思い出が蘇る。
だが、だからといってここで引き下がる訳にもいかない。

「――わかった、なら忠告だけさせて貰う。この後、この村に外の人間が連れ立って来る。死にたくなかったら、そいつらをお前の姉さんに近付けるな。特に、白い髪に黒のメッシュ入れてる男は要注意」

「何よそれ、予言かなにか?」

「そんな大層なもんじゃねーけど、実際にそいつらが来たらマジで気ぃ付けろよ。死んでから文句言われたって聞いてやれねーからな」

「……万が一それが本当の話だとしても、私に姉さんをどうにかする事は出来ないわよ。今の姉さんは、もう私の話なんて聞いてくれないもの」

腕を抱いて視線を落とすミラに、立ち去ろうとしたシンの足が止まる。

「姉妹仲悪ぃのか?」

「……昔は良かったのよ。でも、私を庇って負った怪我で、姉さんは目が見えなくなっちゃって……それ以来、殆ど口も利いてくれなくなった。でも、当然よね」

「何だそれ、変な話だな」

「へっ、変って何よ! どこが変なのよ!」

「そんな体張って守るほど大事な妹だったのに、失明したからって急に冷たくなるもんか? その程度の気持ちなら、最初っから庇ったりしねーんじゃねぇの」

「そ……それは……、そんなの、姉さんにしか分からないわよ……」

勢いをしゅるしゅると萎ませて、一度上げた顔をまた俯かせてしまったミラに、シンはどうしたもんかと悩む。

「お前の姉さん……ああもう、いちいち呼びにくいな、名前なんだよ?」

「ミュゼよ」

「ミュゼの一日の行動パターンって決まってんのか?」

「ある程度はね。でも、決まった時間に必ずやることと言えば霊山に行くことくらいで、他は日によってバラバラよ」

「霊山?」

「社を抜けた先にあるの。姉さんはそこで、いつも誰かと喋ってる」

「誰かって誰だよ」

「知らないわよ。喋ってる間は近くに来るなって言われてるし、聞いても教えてくれないもの」

その話す相手が村人の誰かならば、その人に事情を話してミュゼを説得するなり霊山に留めておくなりして貰おうかと思ったのだが、誰かも分からないのではそれも難しい。

ミュゼを動かせないのであれば、ルドガー達の方を何とか誘導したいのだが。

「なぁ、あんたも大精霊なんだろ? この村丸ごと覆い隠すような結界とか張れねーのかよ」

「……無理よ、もう私はマクスウェルじゃないもの。四大だって居ないし……」

「何だよ、偉大なる精霊の主様って割には大したことねーな」

「なっ……、失礼ね! 何も出来ないあなたよりはマシよ!」

その瞬間、声を荒らげたミラの鼻先を、何かが掠めた。
見れば、扉が開いたままの家の中に居るミュゼが、凄まじい怒気と共にこちらに手を向けている。

「しつこいわよミラ、五月蝿いって言ってるの。そこの人間共々消し炭にされたいの?」

「ご……ごめんなさい、姉さん」

「人間、おまえもさっさと消えなさい。いつまでもそこに居られたら、臭くてたまらないわ」

ミュゼは室内で風を起こして、その風圧で荒々しく扉を閉めた。
確かに人の家の前で長話をしていた自分にも非はあるが、それにしたって言い方ってもんがあるだろうと、シンは顔を引き攣らせる。

「陰険の次はヒステリックかよ……大精霊はロクなのが居ねーな」

「……もういいでしょ、私の姉さんの事は放っておいて」

すっかり暗くなってしまったミラは、シンの体を反転させて家の前から強制的に立ち退かせると、自らは家の中へと消えた。

そんな様を見せられては引き留める事も出来ず、シンは黙ってその背を見送る。

(手詰まりだな……、あと出来んのは、村の人間に話してルドガー達を追い出して貰う事くらいか……? つっても、あいつら時歪の因子以外には無害なお人好し集団だしなぁ……危ない奴らだって言ったところで信じてもらえるかどうか……)

「〜ああもうわかんねぇ! 疲れた、考えるのに疲れた」

シンは独りごちて、ただただ募っていくだけの焦燥感を少しでも和らげようとルドガーに取り付けた盗聴器を作動させた。
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