02.破壊と救済
不幸中の幸いと言うべきか、ルドガー達との合流にはそう時間はかからなかった。社の方面から間道を歩いてニ・アケリアにやって来るルドガー達の姿を見つけて、アルヴィンに捕まっていたエルが小走りで駆け寄る。
「ルドガー! まったく、心配させないでよ!」
「全然無事みたいね――って、シン!?」
「ここに居たんですね、探したんですよ」
レイアとエリーゼに言われて、何と返せば良いのか分からないシンは気まずそうに顔を背ける。
その横では、再会を果たしたクルスニク兄弟が静かに見つめあっていた。穏やかな顔のユリウスに比べ険しい表情のルドガーは、不意に鳴りだしたGHSを手に取る。
『分史対策室です。対応中の分史世界の座標偏差を解析した結果、カナンの道標の存在確率が"高"と判定されました。道標を発見した場合、その回収は最優先事項となります』
「ミチシルベ?」
『深々度の分史世界に点在するカナンの地への手がかりです。時歪の因子と同化している筈で――』
ユリウスがルドガーの手からGHSを奪い取り通話を切ったせいで、聞けたのはそこまでだった。
「あとは俺に任せろ。時計を渡すんだ、ルドガー」
「会って最初に言うのがそれかよ……?」
「ルドガーはユリウスさんをずっと心配してたんですよ。警察にも追われて、クランスピア社と契約するはめに……」
「そうなのか?」
「…………っ」
「……すまなかった。クランスピア社とは俺が話をつける、お前は何も心配しなくていい」
この期に及んでも尚、ユリウスは己の事情を弟に説明する気は無いらしい。
ルドガーはやり場のない怒りを込めて、時計を地面に叩き付ける。が、それをユリウスが拾うより先に、エルが時計に覆い被さった。
「これは、エルのパパの!」
「君のじゃない」
「パパのって言ってるでしょ?」
「パパのでもない」
「そうなの! パパとルドガーの時計がひとつになったんだから!」
――瞬間、ユリウスの表情が強張った。
「やはり、この子が……! ――ぐっ!」
ユリウスから溢れた殺気に気付いたアルヴィンとローエンは身構えたが、ユリウスが行動に出ることは無かった。
「まったく、次から次へと騒がしいわね」
先のクロノスとの戦闘で怪我でもしたのか、苦悶の表情で腕を押さえるユリウスに集まっていた視線は、突然投げかけられたその声の主に移る。
「ミ……っ!」
「ミラ!」
「ミラー!」
「……あなた誰? 馴れ馴れしく呼び捨てにしないで」
何やら感極まった様子のジュード達をバッサリと切り捨てたミラは、うんざりした様子でシンを見遣る。
「貴方のオトモダチ? 勝手に連れ込まれると困るんだけど」
「……ちげーよ。さっき話しただろ」
「さっきって……」
言いかけて、忠告を思い出したらしいミラは僅かに緊張した面持ちでルドガーを見たが、場にそぐわないルルのお腹の音を聞いて拍子抜け。
「お腹が空いてるの?」
「ナァ……」
「おいで、何か食べさせてあげる」
「ちょっ、おい……!」
他の面々には目もくれず、ミラはルルを家へと連れて行ってしまった。
エルが追いかけて行ったのを見て、硬直していたジュード達も元に戻る。
「追いかけよう、ルドガー。彼女が時歪の因子かも!」
「ああ」
レイア、ルドガー、エリーゼがエルに続き、一人思い悩んでいたジュードもその後を追う。
「行こうぜ、お兄さん」
「気遣いは無用だ」
「気遣いっつーか……おたく、さっきエルを斬ろうとしたろ? そんな危ない奴、放置できないっての」
「どうにも信用されないな……」
そんなやり取りと共にアルヴィンはユリウスを連れていき、場にはローエンとシンだけが残る。
「我々も行きましょう」
「……勘弁してくれよ……」
もう駄目だ、終わった。
頼みの綱だったミラに早々に裏切られ、完全にお手上げ状態になったシンは心中で白旗を振った。こうなってしまっては、もうどうしようもない。
ミュゼは外出中のようで、家の中には早くも食事にありついているルルとエルが居るだけだった。狭いドーム型の住居の中にぞろぞろと入ってきたルドガー達を見て、ミラが眉を顰める。
「あなたたち、勝手に人の家に――」
「ミラ! スープおいしかったよ、ご馳走様!」
「ナァ〜!」
苦言を呈そうとしたところをエルの賛辞に遮られ、ミラの頬が赤く染まる。
「こんなので喜ぶなんて、ろくなものを食べてないのね」
「食べてなくない! エルのパパのごはんは、も〜〜〜っとおいしいし! スープとか何時間も煮込むし、パパのごはんはスゴいんだから……」
意気込んで語り始めたエルは、しかし途中で勢いをなくして沈黙してしまった。
居なくなった父親のことを思い出してしまったのだと理解したのはルドガー達だけで、事情を知らないシンは首を傾げる。
「そんなに美味しいなら、教えて欲しいかもね」
「……頼んであげてもいいよ、スープ貰ったお礼に」
「考えとくわ」
ミラのおかげでエルに笑顔が戻り、場の空気は幾分回復したが、最悪のタイミングで帰ってきたミュゼによってそれも壊されてしまう。
「臭い。お前、また人間の食べ物を作ったのね」
「ごめんなさい、この子たちお腹すいてたから――」
「臭いと私が動けないってわかってるでしょ!」
先程からのストレスで我慢の限界だったのか、ミュゼはミラに精霊術を放った。その場に倒れたミラを見て、エルが激昂する。
「なにするのっ!」
飛び出そうとしたエルの腕をルドガー咄嗟に掴んだ瞬間、ルドガーの姿が骸殻状態へと変わった。それと同時に、シンの目に写っていたのと同じ黒いオーラが具現化する。
「あっ!」
「げっ!」
「なに……これ……?」
「……どうしたの?」
目が見えないミュゼは状況を理解出来ていないようで、急に静かになった一同に不思議そうに問う。
「姉さん、それは……?」
「わけのわからないことを……、それより、彼処に行く時間よ」
「は、はい……」
「ミラ……」
「……もう用は無いでしょう、帰るまでに出て行って」
痛む体を起こして、ミラは顔を伏せたままミュゼと共に家を出て行く。
元の姿に戻ったルドガーは、エルと顔を見合わせていた。
「今のが時歪の因子の反応でしょうか?」
「つまり、ミュゼが時歪の因子?」
「ああ、間違いない」
「ミュゼを倒せば、この世界が……消える」
「……そんな事させるかよ」
もう今更どうしようもないと思いつつ、シンはルドガー達を置いてミラ達の後を追った。