02.破壊と救済
既に二人はニ・アケリアを離れてしまっていたが、ミラから聞いていた話のお陰で行先は予想出来る。間道を通り社まで来たシンは、一人その場に佇んでいたミラの名を呼んだ。
「……いい加減にして。私達のことは放っておいてって言ってるでしょう?」
「そうはいくかよ。お前だってさっきの見ただろ」
「姉さんから出てたあの黒いモヤのこと? それとも、あのルドガーとかいう男が変な姿になったこと?」
「どっちもだ。このままだと、ミュゼはあの男に殺される。……俺の話は信じられなくても、自分の目で見たもんは信じられるだろ。あの二人は普通じゃねーんだ」
漸く聞く気になったのか、ミラは複雑な顔でシンに向き直る。
「……説明して」
「今のミュゼには時歪の因子っつー、この世界の核みたいなもんが憑いてる。んでルドガーと、もう一人メガネの奴は、それを壊す力を持ってる」
「世界の核? 何よそれ、聞いたこと無いわ」
「聞いたことなくても実際そうなんだよ」
「……それを壊したらどうなるの」
「この世界が消えてなくなる」
「はぁ!? バカバカしい、そんなわけ無いでしょ、大精霊にだってそんな事出来やしないわよ」
「俺がそんなくだらねー嘘を初対面のお前に吹き込む理由もねぇんだよ」
一蹴しようとしたミラは、真面目な顔のシンを見て口を噤む。
「……仮にそんな事が出来たとして、世界を壊す事に何のメリットがあるわけ?」
「あいつらはこの世界の住人じゃない、別の世界から来たんだ。だから、この世界が無くなってもあいつらには影響しない。壊す理由は……あいつらの住む世界にとって、そうした方が都合がいいからだな」
「別の世界って何? エレンピオスの事? それとも精霊界?」
「じゃなくて、マジで別の世界。ビズリーの言葉を借りるならパラレルワールド」
「パラレルワールド……平行世界の事ね。でもそれって机上の空論でしょ?」
「お前視野狭すぎ、自分に見えてるもんが全てだと思ってるだろ」
「そんな突拍子もない話をすぐに信じる方がおかしいでしょ」
「シン!」
「あーあ、もう追いついてきやがった」
階段を登ってきたルドガー達を見て、シンは溜め息と共にそんな言葉。
「時歪の因子は何処へ行った?」
「答えると思うかよ」
「……やはりそう来るか。なら、聞く相手を変えよう。そこの君」
「そこの君、じゃなくてミラよ。……姉さんの居場所が知りたいのなら、まずはこっちの質問に答えて。シンの話じゃ、あなた達はこの世界を壊すつもりらしいけど、それって本当なの?」
ミラの発言に、ユリウスの表情が曇った。
責めるような視線を眼鏡越しに向けられたシンは、涼しい顔でそれを受け流す。
「答えて」
「……ど、どうする?」
「なんとか騙そう」
「わかった、話合わせる」
「けど、そんなの……」
「忘れるなよ、どうせあいつは消えるんだ」
小声でそんなやり取りを交わして、アルヴィンが一歩前に出る。
「そいつから何聞いたか知らないが、こっちの言い分も聞いてくれ。俺達は、お前の姉さんを助けに来たんだ」
「……何よそれ、デタラメ言わないで」
「嘘じゃない、ミュゼは以前と変わっただろう?」
「そ、それは……私のせいで目が見えなくなったから……」
「そうじゃない、時歪の因子がミュゼを変えたんだ」
「あれは人に取り憑いて世界を歪めてるの」
「壊さなきゃいけない悪いものなんだって」
「世界を歪める……黒匣と同じ……」
「昔は、仲のいい姉妹だったんだろ? あいつは妹にあんな憎しみをぶつける奴なのか?」
「違う! 姉さんは優しかった! 目だって、私を庇ってああなったのよ! 昔の姉さんは――、……あんなじゃなかった」
「ルドガーなら、時歪の因子をあぶり出して破壊出来る。そうすれば、ミュゼは元に戻れる」
「……本当に? 本当にそれで昔の姉さんに戻るの?」
「そんな都合のいい話――」
ある訳ないだろ、と続く筈だったシンの言葉は、ユリウスに口を塞がれたせいで不発に終わった。
すっかりアルヴィン達の口車に乗せられている様子のミラは、それを知ってか知らずか無視したまま続ける。
「……姉さんも、私のスープを美味しいって言ってくれるかしら」
「ああ、きっとな」
「……いいわ、時歪の因子を壊すまでは協力する。――今の姉さんは、音と匂いで周りを視てる、そこを突けば動きを抑え込めるわ」
そう言って、ミラは皆を先導して境内の奥へと歩き出した。
彼女を騙した事に心を痛めているのだろう、気落ちした様子のルドガーとエル、レイアがそれに続く。
それらの姿見えなくなってから、漸くシンの口は自由になった。だが、体は未だユリウスに捕えられたままだ。
「クソ野郎! ふざけた真似しやがって!」
「お互い様だろう、お前が勝手に話していなければ、ルドガー達が嘘を吐く必要も無かったかもしれないのに」
「んなの知ったこっちゃねーんだよ、毎回毎回邪魔しやがって……!」
「それもお互い様だな」
「……なぁシン、お前なんで俺達の邪魔するんだよ。分史世界を放置すりゃ、その分正史世界がヤバくなる、そうなって困るのはお前も同じだろ?」
場に残ったアルヴィンにも諭すように言われ、答えられないシンは唇を噛むしかなかった。
「……とにかく今は、この世界の破壊と道標の回収が先だな。ルドガー達だけにやらせる訳にもいかない、俺達も行こう」
「させるかよ!」
せめてこのメガネだけでも倒してやるとシンは暴れたが、抵抗虚しく二人がかりで取り押さえられてしまい、そのまま引き摺るようにして霊山へと運ばれていった。山頂に到着すると同時に、ミュゼの怒声が聞こえてくる。
「社より先には来るなと言ったはずよ!」
「でも、気になって。姉さんが何をしてるのか……」
「関係ない!」
「なんで? 昔はなんでも話してくれたのに!?」
「お前なんかに話すことは無い! とっとと帰りなさい!」
「どうしてよ……どうして、姉さんはっ!」
悲しみから一転、怒りを滾らせたミラが、ミュゼに向けて精霊術を放つ。
ミュゼの周りは炎で取り囲まれ、その姿が見えなくなると共にルドガー達が駆け出した。
だが、燃え盛る炎はミュゼの手によってあっさりと掻き消されてしまう。
「なっ!?」
「お前……私を裏切ったなっ!」
炎の中から出てきたミュゼの顔は、一変して黒く染っていた。血のように赤く染った瞳孔とその形相を見て、ミラがたじろぐ。
「姉さん、本当に……化け物!」
「もう一度言ってみろ、人間が!」
ミュゼが精霊術の詠唱を始めたのを見て、緩んだ拘束から抜け出したシンはミラの元に駆け出した。同じく、エルも動けなくなっているミラを守ろうと駆け寄る。
「ミラ!」
「逃げろ!」
「あなたたち……!?」
「エル! シン! 危ない!」
「うおおおおっ!」
ミュゼの放った精霊術が二人に直撃する寸前、骸殻を発動させつつ滑り込んできたルドガーがそれを弾いた。
「うう……うがああああ!!」
「ミラのお姉さんが、変なのに!」
「くっそ、これじゃもう止めようが……!」
発狂して襲いかかってくるミュゼに、ルドガーが、ミラが、アルヴィン達が、そして不本意なシンが仕方なく応戦する。
元々が大精霊なだけあって、その戦いは熾烈を窮めた。手加減しようにも、少しでも手を抜けばこちらが殺さねかねないその猛攻に、シンも本気で挑むしか無く、相手が膝を着く頃には全員がヘトヘトになってしまっていた。
「もう動かないで!」
「よくも……人間の分際でよくもっ!」
これだけ変わってしまってもまだ姉妹の情があるのか、手を差し伸べたミラにミュゼは襲いかかる。
「死ね! 死ね! 死ね!」
「ぐぅっ……!」
「ルドガー、ミラが!」
首を絞められるミラを見ても、疲労困憊のシンはもう動けなかった。同じ状態のルドガーは、それでも力を振り絞って一度は解けた骸殻を再び身に纏う。
「邪魔をするな!」
振りかざされたルドガーの槍を弾き飛ばしたミュゼは標的をルドガーに変えたが、その手が相手を捕らえる前に、彼女は動きを止めた。その背中には、ルドガーの槍が刺さっている。
「姉さんが……悪いのよ」
槍を握っていたのはミラだった。ミュゼはぎこちなく振り返ってそれを見る。
「お……前……なんかに……」
「お前じゃない! ミラよっ!」
「ミラァァァッ!」
ミラが落とした槍を拾ったルドガーは、怨嗟の声を上げるミュゼごと時歪の因子を貫いた。
ボロボロと崩れ落ちていく姉の姿を、ミラはただ呆然と見ていることしか出来ない。
時歪の因子を砕いたルドガーの槍の先には、煌々と光る歯車のようなものが残っていた。いつもの様に世界が壊れる音がして、同時にシンの頭に激痛が走る。
「ミラ!」
全てが闇に葬られる中、エルのその声だけが響いていた。
痛みに眩んだ目が回復する頃には、周囲の景色は正史世界のニ・アケリア霊山に取って代わっており、シンは悔しさと苛立ちで地面を叩く。
(……くそ、こんだけやっても守れねーのかよ……!)
何度目かわからないその辛酸を舐めていたシンは、気を紛らわせる為にアルヴィン達の無事を確認しようと周囲を見渡した。
そして、すぐ近くに倒れている"分史世界のミラ"を見つける。
「…………。………………は?」
「うぅ……ん、なんなの……今の?」
幻覚でも見ているのかと思いきや、そうでもないようで。
他のメンバーも皆、ミラを見て同じようなリアクションをしていた。