03.帰る場所を失くして
「……そういや、追っ手が居なくなったって事は、家帰ってももう大丈夫って事か」なら一度戻ってきちんと旅支度でも整えるかと考えながらポツリと呟いたシンに、先程合流したばかりのルドガー達の視線が集まる。
「シンってこの辺りに住んでるの?」
「そこのロド・マンションだよ。後で寄りたいけど、まあ今は先に飯だ飯。お前ん家は?」
「俺の家はこっち」
と言って、皆を先導していたルドガーが向かったのは、ロド・マンションのすぐ近くにあるマンション・フレール。
「ってことはユリウスと住んでんのか」
「え? うん、そうだけど……何で知ってるんだ?」
「いや、クランスピア社のエージェントについて色々調べてた時にたまたまな。家族構成までは把握してなかったから、弟がいるのは知らなかったけど」
「エル知ってる! 勝手に人のジューショとか調べるのはストーカーって言うんでしょ! シンストーカー!」
「ぶっ飛ばすぞクソガキ。つーかマジで変な噂流れるから大声で叫ぶのやめろ」
「でも、ユリウスさんの住所を調べてどうするつもりだったんですか?」
「いや、あいつがリーダーだって前に他のエージェントを締め上げた時に聞いたからよ、じゃああいつを何とかすれば分史世界の破壊活動も頓挫するかと思って……そうでなくても色々と機密事項とか知れるかと思ってな。だから家に乗り込んでやろうと思って段取りしてたんだけどよ、当日になって急にテロリスト扱いで指名手配になりやがったせいで全部水の泡だ。そうでなくてもその日は朝から散々で……」
「そりゃ災難だったな。朝からって、他にもなにかあったのか?」
「俺のバイト先に来る予定だった新入社員が初日からバックれやがってよ。そのせいで非番だった俺が呼び出されたんだよ。ったく、どこのどいつだか知らねーけど、ふざけた真似しやがって」
「それはそれは……ちなみに、シンさんのお勤め先というのは?」
「トリグラフ中央駅の食堂。今は事情話して落ち着くまで休ませて貰ってるけどな」
心配かけてるかもしれないし、後であっちにも顔を出すかと駅の方を向くシンを置いて、他の皆の視線はルドガーの方を向いた。
ルドガーは顔面蒼白でダラダラと冷や汗を流している。
「……ねぇ、今の話って……」
「ルドガーのこと、だよね……?」
「なに、貴方そんな事してたの? 最低ね」
「ち、違うんだ! あれは状況が状況で仕方なく……俺だって無断欠勤するつもりは……」
「ルドガー大丈夫? エルがあやまろうか?」
「……いや、いい、大丈夫……後でちゃんと俺が謝る……ちゃんと……」
「ボコボコにされるかもなぁ」
「話せば分かってくださいますよ」
と、そんな会話をしながら、真実を知らないシンも連れて一行はマンション・フレールの3階へ。
302号室の鍵を取り出して扉を開いた先の部屋は、とても綺麗に片付けられていた。掃除担当がルドガーか、はたまたユリウスかは知らないが、忙しい中でも丁寧な暮らしを心掛けているのだろう。
「成り行きでついて来ちゃったけど、僕達までご馳走になっていいの?」
「おかまいなくー!」
「意味わかってる?」
「オカマがいないって意味!」
我先にと部屋に入ってリビングダイニングのテーブルセットに座ったエルに苦笑しつつ、仲間たちもそれぞれ席に座る。シンはそうはせずに、一人キッチンへ向かったルドガーの方へ。
「ん? なんだ? すぐ用意するから待っててくれ」
「一人でこの人数分作んの手間だろ。タダ飯貰う代わりに手伝う」
「料理出来るのか?」
「バイトで人手が足りない時に厨房の手伝いさせられた事もあるから、ある程度ならな。日頃から自炊もしてるし」
「自炊って ……まさか一人で暮らしてるのか?」
「そうだけど」
それがどうしたと言わんばかりに平然と答えながら、メニューを聞いたシンは戸棚を漁って深鍋を探す。
「学生のうちから一人暮らしなんて珍しい――って、何か訳ありだったらごめん」
「訳ありっちゃあ訳ありだけど、両親を亡くしてるとかそういう話でもねーから安心しろよ。病気もしてなかったし、今も多分元気でやってんだろ」
「多分って、連絡は取ってないのか?」
「ああ」
簡潔に必要最低限のことしか答えないシンに、これは「それ以上踏み込むな」という拒絶なのだろうかと感じたルドガーは、冷蔵庫から取り出した食材を黙々と切り始める。
その心遣いに気付いたシンは、後方で繰り広げられているやり取り――エルが無自覚にミラの地雷を踏んでしまっている――と相俟って重苦しくなってしまった空気に申し訳なさを感じて、渋々自供した。
「家出だよ」
「……うん?」
「だから、一人で暮らしてる理由。喧嘩して家出した。んで、事情を知ってるバイト先の先輩の助けとか、話がわかる大家さんの助けとかもあって、今は特別にマンションの部屋借りて住まわせて貰ってる状態。以上」
本来なら親の同意なく未成年が部屋借りるなんて無理だからなと、手を貸してくれた人達への感謝を改めて感じながら、シンはルドガーが切り終えた玉ねぎをひき肉と一緒に炒め始める。
「それは……なんと言うか、壮絶だな」
「そうか? ダチの間じゃ珍しい話でも無かったぞ。セーフハウス作ったりもしたしな。お前はそういう経験無いのかよ? 普通はあるだろ、反抗期とか」
「俺はそういうのは無かったかな。ユリウスと喧嘩は何度かした事あるけど、家出までは行かなかったなあ」
「は〜、仲良いなあお前ら。俺は兄弟とか居ねーからよくわかんねぇけど、どこもそういうもんなのか?」
「さあ、俺も他所の家がどうなってるかは知らないけど……ユリウスは俺の唯一の家族だからな。ここまで俺を育ててくれた、大事な兄さんだよ」
唯一。育ててくれた。
それらの単語から彼の、彼らの両親が"居ない"のだという事を理解したシンは、先のルドガーよろしく口を噤む。
「でも、だからこそ分史世界の事とか、それに纏わる仕事をしていた事だとかは、隠さずにちゃんと話して欲しかったな。何にも言わずに入社試験不合格にするなんて酷いと思わないか? ユリウスは俺の為って言うのかもしれないけど、俺だっていつまでも子供じゃないんだから」
拗ねたように口を尖らせるルドガーには、陰りのようなものは感じられなかった。
何故両親が居ないのかは知らないが、少なくともそれによって特別寂しい思いや性格が歪むほどの苦労をせずに済んだのだろう。
シンはその境遇でここまで真っ直ぐに育ったのは奇跡だなと内心で思いながら、ああその為にこそユリウスはエージェントとしての活動を隠していたのかと納得した。
己の生活が血に塗れた仕事の上に、他者の犠牲の上に成り立っているなどと知れば、ルドガーはこんな風に笑っては居られなかったかもしれない。
「まあ、あいつにはあいつの想いがあるんじゃねーの。知らねーけど」
「なんだよ、シンはユリウスの味方か?」
「俺は俺の味方しかしない」
「なんだそれ」
そんなこんなで、無事に調理を終えた二人は、器に盛ったそれを待ちわびていた皆の前に運んだ。空腹で机に突っ伏していたエルがパッと顔を輝かせる。
「マーボーカレー! ……からくない?」
「エル用に甘口にしといた」
「エル用ってイミ、わかってるのかなぁー?」
と、子供扱いされていることに不満を漏らしながらもスプーンでカレーを口に運んだエルは、その味にご満悦。
他の面々もいただきますと手を合わせて、席についたルドガーとシンも漸く食事にありつく。
だが、ミラはそれには手をつけずに、物言いたげな目でキッチンを見つめた。
「……料理にまで黒匣を使ってるのね」
「ミラさん、さっきの話だけど、カナンの地は大精霊オリジンの居る場所。そしてオリジンは、魂を浄化して循環させているんですよね?」
「だから、姉さんから聞いただけだってば」
故に詳しいことは知らないという意味で問いを突っぱねたミラに、ジュードは思案する。
「暴走した源霊匣ヴォルトは、魂の汚染が進行したって言ってた」
「源霊匣?」
「ジュードの大事な仕事」
「用は今使われてる黒匣の上位互換っつーか、代替品みたいなもんなんだろ? 黒匣は生きた精霊をエネルギー源にしてるけど、源霊匣は精霊の化石を動力に使うから、精霊にも環境にも優しい、みたいなことらしいな」
「……そんなものがあるのね」
「まだ実用段階にはないんです、上手く制御出来ていなくて……。でも、前にビズリーさんが言っていた通り、源霊匣暴走には魂の浄化が関係してるのかもしれない。そうでなくても、カナンの地が世界の未来を左右する場所なら……僕は行かなきゃならないんです」
何か秘めたる覚悟のようなものを感じるジュードのその言葉に、ミラは耐えかねて立ち上がる。
ジュードのその願いを果たす為には、分史世界を――ミラの居たような世界を今後も破壊していかなければならない。それを肯定する事は、彼女の日常が理不尽に奪われた事を肯定する事と同じだ。
「ミラさん!」
「カナンの地に行こうよ、ジュードもミラも一緒に」
「……暫くは付き合うわ。私の世界が本当に無くなったのか、確かめなきゃいけないし」
何とかそれだけ返して、ミラは足早に部屋を出て行った。ジュードが慌ててその後を追う。
机には、食べて貰えなかった彼女の分のマーボーカレーが、未だほかほかと湯気を立たせていた。
「……ルドガーのごはん、のこっちゃったね」
「そのうち腹空かせて帰ってくるかもしんねーし、置いといてやればいいんじゃねぇの」
「だな。で、俺たちはどうするよ?」
「ルドガー、クランスピア社から連絡は?」
レイアに促されてGHSを確認したルドガーは、メールボックスや着信履歴を一通り確認してから首を振る。
「では、次の指示があるまでは待機という事で、一度解散にしましょうか。作っていただくのはシンさんとルドガーさんにおまかせしてしまったので、後片付けは私が」
「あ、私も手伝います!」
と、カレーを食べ終えた順にそれぞれが動き出して、出遅れたシンも空になった器をローエン達に任せると、予定していた通りバイト先へ顔を出す為に駅方面へと歩いていった。