03.帰る場所を失くして

「悪ぃ、遅くなった」

最初に連絡を貰ってから約一時間後。
クランスピア社の前にやって来たシンとアーストを、ローエンとレイア、アルヴィンが出迎える。

「これで全員揃いましたね」

「あれ、これだけか? 他の奴らは?」

「ジュードさん達には先にルドガーさんを追いかけて頂いています。イラート海停で待ち合わせているそうなので、我々も参りましょう」

「って事は……ミラも一緒に行ったのか」

「ミラだと? 見つかったのか?」

昨日のあの様子でルドガーについて行って大丈夫だろうかと心配するシンの言葉に、アーストが反応する。

そのリアクションの意味がわからないシンは怪訝な顔をしたが、他の面々――一年前の彼を知っている三人は、すぐにその心を理解して答えた。

「そっちのミラじゃない、分史世界の別のミラだ」

「私達の知ってるミラはまだ行方不明のままだよ」

「……どういう事だ?」

「実は――」

と、ローエンがこれまでの経緯を話し始めるのを聞いて、シンも漸くアーストの疑問を理解する。

「つー事は、お前らリーゼ・マクシア組は全員こっちの世界のミラ=マクスウェルと知り合いなんだな」

「うん。知り合いっていうか、仲間だね!」

「仲間ねぇ……俺はそのミラ様の事はニ・アケリアで聞きかじっただけだけどよ、人から崇められてるようなスゲー大精霊なんだろ? そんなのとどうやって知り合ったんだよ」

「お、聞きたい? そりゃあもう、とびきり刺激的な出逢いだったぜ」

「そう言えば、アルヴィンとジュード達が出逢った時の話って私も知らないや」

「じゃあ教えてやるよ。実はな――」

と、アルヴィンが若干誇張された思い出話を二人に語り聞かせている間に、ローエンがアーストへの説明を終える。

「分史世界の件といい、俄には信じ難いが……お前が言うからには真実なのだろうな」

「ええ。あとはご自身の目で確かめて頂くのが一番かと」

「えーっ!? ジュードってば、イル・ファンでそんな事になってたの!?」

「おや、何やらあちらも盛り上がっていますね」

そんな風に昔話に花を咲かせながら、一行はイラート海停へと向かった。
港の隅に集まっていた一団――リドウとイバルの姿もある――のうち何人かが、その姿に気付いて手を振ってくる。

「あっ、王様も居る!」

「……王様?」

「……アーストだ」

出会い頭に特大の爆弾を投げつけられたアーストは、わざとらしい咳払いでそれを誤魔化そうとする。だがそれが逆にシンの関心を引いてしまった。

「誰のことかと思ったらお前かよ。すげぇあだ名付けられてんのな」

「まあ……その……あれぐらいの年齢の者にはよくある事だ」

幸いなことにそれで正体を悟られる事は無かったようで、アーストはホッと息を吐いた。
それを見て、他の仲間たちはヒソヒソと声を潜めて話す。

「……あれ? ねぇローエン、もしかしてシンってまだアーストがガイアス王だって気付いてないの?」

「どうやらそのようですね。私もとっくに打ち明けていらっしゃると思っていましたが……」

「マジかよ。まあまだそれほどメディアに露出してる訳でもねーから、顔見ただけじゃ分かんねーか……バラしたらどうなるだろうな」

「もう、意地悪しちゃダメですよアルヴィン。でも、どうして隠してるんでしょうか……?」

「う〜ん、もしそれで噂が広まっちゃったら、お忍びで行動出来なくなるからじゃないかな」

「それなら一番知られてマズいのはエルだろ。シンは金渡しときゃ黙っててくれるんじゃねーの?」

「アルヴィンじゃあるまいし。でも本当、お金なんて渡さなくても、シンなら黙っててくれると思うけど……」

「シンにだけ内緒にしてる理由がわからないよね」

ルドガー、エル、ミラを除いた面々がそんな風に不思議がっている中、ローエンは一人「もしかして」という予測を立ててアーストを見る。その視線に気づいたアーストは、きまりが悪そうに顔を背けた。

「……もう私の忠告では止められそうにありませんね」

「? 何の話?」

「いえいえ、何でもありませんよ。こちらの話ですのでお気になさらず」

「捜索を始めるぞ!」

「了解であります、室長!」

兎にも角にもユリウスを見つけてカナンの地への道標を奪還すべく、一同は3つのグループに分けられた。
ジュード、アルヴィン、レイア、ローエンは街道の西を。ルドガー、シン、ミラ、エル、エリーゼはハ・ミル方面を。そしてリドウとイバル、アーストの三人は海路を探すことになった。

「お前、そっちでいいのかよ?」

「ルドガーの仕事ぶりも気にはなるがな、クランスピア社のエージェントというものがどれ程のものなのかも見ておきたい。……まあ、片方の実力は既に知ってはいるが」

「なんだ、お前もあいつの知り合いかよ」

あいつ、と言いながらシンが目を向けた先には、頭を抱えて蹲るイバルの姿があった。リドウとアーストという最悪のペアと組まされて、既に胃に穴が空きかけているのだろう。

「色々とあったのでな」

「それいつか聞かせろよ、絶対面白いだろ」

「機会があればな。……今更心配は不要かもしれんが、くれぐれも気をつけろ。昨夜のような発作がいつまた起きるとも知れん、一人で行動はするなよ」

「へいへい。そっちも頑張れよ」

もうその小言は聞き飽きたと言わんばかりに気のない返事をして、ヒラヒラと手を振りルドガー達と共に去っていくシンを見送ってから、アーストはリドウ達と共に船に乗り込む。
そんな二人を見ていたローエンもまた、アルヴィン達と共に街道へと繰り出すのだった。





「――で、探すったってどーやって探すんだよ?」

つい先日、宿を探して放浪していた際にはただ通り過ぎただけだったハ・ミルの村へ再び足を踏み入れたシンは、相変わらずド田舎だなという感想を抱きながらルドガーに問う。

「行きそうな場所に心当たりとかねーのかよ」

「そう言われてもな……エレンピオスならともかく、リーゼ・マクシアの事は俺もまだよく知らないし……」

「しゃーねぇな。なら地道に手分けして……」

「ぎゃああー!」

手分けして聞き込みでもするかと提案しようとしたシンの言葉に被さって、突如村の奥から女性の悲鳴が飛んできた。

驚き目を丸くしている一行の所へ、声のした方角からあろうことかミュゼが飛んでくる。
此処に居ると言うことは正史世界のミュゼなのだろうが、分史世界の彼女しか知らないシンは警戒して距離を取った。

「ミ、ミュゼだー!」

「村の人をいじめてるんですか!?」

エリーゼの言葉にむぅと膨れて「そんなことしてません」と否定するミュゼに、ミラが狼狽えながらも駆け寄る。

「姉さん!」

「ミラ!? ……じゃないわね。あなたはどなた?」

「……っ」

――ああやはり、彼女は自分の知る姉とは違うのだ。

それを痛感したミラは、視線を他所へ向けながら吐き捨てるように答える。

「初めまして、元マクスウェルよ」

「……どういうこと?」

ミュゼの目はルドガー達の方を向いていた。説明を求められた彼らは、先にローエンがアーストにしたように経緯を話す。

「分史世界にカナンの地、ね」

「何か知ってるの?」

「さぁ?」

これは、惚けているのか本気なのか。
シンがそれを見極められないでいると、村人と思しき女性が鬼の形相で駆け寄ってきた。

「見つけたよ! このパレンジ泥棒!」

「……あ? 泥棒?」

「ミュゼが!?」

「だって、お腹が空いちゃったんですもの」

宙に寝そべって足をパタパタと動かすミュゼは、愛嬌たっぷりの笑顔で言った。その姿には反省の色など微塵もない。

「セーレーもお腹減るんだ」

「気分的にだけど。ミラが食事の楽しさを教えてくれたから」

「そうなんだ」

と、エルに見上げられたミラは、曇っていた表情を殊更悪くして「私じゃない」と答えた。
エルに悪気は無いのだろうが、どうにも彼女は他人の地雷を踏み過ぎる。それらの光景に額を押さえるシンの隣で、ルドガーは鳴り出したGHSを手に取った。

『ユリウス前室長と思われるエージェントの分史世界侵入を探知しました。当該分史世界は、道標存在確率"高"です』

「おっ、探す手間が省けたじゃねーか」

「追いかけましょう、ルドガー」

「注意した方がいいわ。そのユリウスって人、誘ってるみたい」

「だからって、逃げる訳にはいかないでしょう」

片や真剣な表情で、片や睨みつけるようにして数秒見つめあったミュゼとミラだったが、先にそれをやめたミュゼはルドガーに向き直って言う。

「ねぇルドガー、私も連れて行ってくれない?」

「別にいいけど、どうして?」

「この子が心配だから。危なっかしいところはミラとそっくり」

ふわりと泳ぐように宙を移動して、ミラの両肩にそっと手を乗せるミュゼに、顔を顰めていたミラは分かりやすく照れた。「大きなお世話よ」と憎まれ口を叩くその声色からは、先程のような険は感じない。

「ふーん……こっちの世界のミュゼとミラは、かなり仲良いみたいだな?」

「前はそうでも無かったんですけど、色々あったんです」

「どんだけ色々あるんだよお前らは……」

まあ取り敢えず今はユリウスの事が先だと、一行は指定された分史世界へと侵入しようとしたが、

「あんたら、連れならパレンジの代金払っておくれ!」

そんな村人の声に引き止められてしまった。
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