03.帰る場所を失くして

「……おや、皆さん、どうやらこちらはハズレだったようですよ」

ルドガー達とは反対方面、イラート間道の西側を捜索していたローエンは、GHSに届いたメールをアルヴィン、ジュード、レイアに見せる。

差出人はシンで、ハ・ミルでミュゼと合流したこと、ルドガーのGHSにクランスピア社から連絡が入ったこと、今居るメンバーでユリウスの居る分史世界へ突入することなどが書かれていた。

「見つかったんだね、良かった」

「でも、ルドガー達だけで大丈夫かな?」

「まあエリーゼが居るし、ミュゼまで居るんなら何とかなるだろ」

「そうですね、我々は何かあった時の為に港で待機しておきましょう。クランスピア社の方々と一緒なら既に情報は届いているでしょうが、念の為にアーストさんにも連絡しておきましょうか」

と、目にも止まらぬ速さでメールを認めて送信したローエンに、アルヴィンが「そういえば」と港での一件を思い出す。

「なあローエン、あんたは知ってるんじゃねーの? あの王様がシンにだけ身分隠してる理由」

「おや、どうしてそう思われるのですか?」

「俺の洞察力を舐めんなよ? あの時、ガイアスになんか言いたそうにしてたからな。そうでなくとも、ガイアスの事に関しては俺らの中じゃあんたが一番詳しいだろ」

「ふふ、流石はアルヴィンさん。そう簡単に隠し事は出来ませんか」

「って事は、やっぱり何か事情があるんだ?」

「正体を隠していらっしゃる事については、恐らくシンさんにはあくまでも"市井のアースト"として扱って貰いたいという、ただそれだけの事だとは思います。それ自体は見咎めるようなものでも無いのですが……」

「何か別の問題があるんだね」

ローエンは頷いた。「こんな所で立ち話も何ですので」と、来た道を引き返しながら話す。

「覚えておいでですか? かつて我々が初めてエレンピオスにやって来た時の事を」

「初めてって言うと……確かまだ断界殻が解けてない頃だったよね?」

「懐かしい話だな。あれから今まではあっという間だったが」

「目まぐるしい日々だったからね〜。変化になんとかついて行こうって必死にもがいて、気付いたら一年経ってたって感じ」

「皆感じるものは同じですね。――あの時、ガイアスさんはヘリオボーグにあった大量の黒匣を破壊し尽くしました。後に断界殻が無くなり、ガイアスさんが統一リーゼ・マクシアの初代国王となられてから、最初に行ったのがその事後処理です。ですので、その件についてはもう全て終わったと思っていたのですが……」

「……もしかして、シンがその件に何か関わってたとか?」

「ご明察です。以前バランさんを探してヘリオボーグへ向かった際に、シンさんからその話を聞きまして。当時の事を随分と怒っていらっしゃったので、犯人がガイアスさんである事は伏せさせて頂きました。曰く、殺したいほど憎んでいるそうなので」

「おいおい、確かに一方的に悪いもんだって決めつけて壊したのはマズかっただろうけど、いくらエレンピオス人だからって、黒匣を壊されたぐらいでそこまで恨んだりはしないと思うぜ?」

「そうですね。私もそう思って、僭越ながら色々と調べさせて頂きました」

「……それで、何かわかったの?」

「いえ、詳しいことはまだ何も。ですが……あの時あの場に保管されていた黒匣の納品先のリストの中に、一つだけ気になるものがありまして。トリグラフの大病院なのですが……」

「病院? って事は、医療用の黒匣……」

と、呟いたジュードは真っ先に一つの可能性に思い至り顔を青くした。
だがすぐに、シンの姿とその活躍を思い出して首を振るう。

「少なくとも、僕の目にはシンは普通の――健康で元気な人に見えたよ」

「ええ、私にもシンさんが"どこか悪くされている"ようには見えませんでした。ですのでもしかすると、ご本人ではなくご家族やご友人に何かあったのかと……」

「ちょちょちょ、待って待って、どういうこと?」

「あー、つまりそういう事か。黒匣絡みの話で、シンぐらいの年齢の奴が殺したいほど相手を憎むような内容ってなると、一番有り得そうなのは人生に直接影響すること……身体や生命に関わるような問題だ。で、納品先のリストに病院があったって事は……」

「シン本人か、或いは家族か友人が当時その病院に入院していて、その医療用の黒匣を必要としていた可能性が高いってこと……だよね?」

「その通りです。それ以上の事はまだわかりませんが、少なくともシンさんにとってあの事件が良いものでは無かった事だけは確かでしょう。もしガイアスさんが犯人だと知れば、そしてそれを誰かに漏らしてしまえば、不信を買って両国の関係が今以上に悪化する危険性があります。ですから、ガイアスさんには名乗りでないようにと口止めしているのですが……」

「あー、そりゃそんな爆弾抱えたまま起爆スイッチ持ってる奴の傍ウロチョロされたら怖いわな」

アルヴィンはローエンに同情を寄せて苦笑したが、レイアは神妙な顔で俯く。

「……ねえローエン、それ、ガイアスも知ってるんだよね? シンだけがそれを知らないまま仲良くしてるなんて、騙してるみたいでなんか……」

「……そうですね。ですから、シンさんとはほどほどのお付き合いをと何度かお伝えして居るのですが……シンさんにこだわるのが贖罪の為だけならばまだしも、身分を隠している事といい私にはどうにも……」

「珍しいね、ガイアスがそんなに誰か一人に執着するの。それにシンって、あんまりガイアスと仲良くしてるところ想像出来ないけど……」

「あー、わかる。どっちかって言うとアルヴィンの友達に居そうなタイプだよね」

「どういう意味だよ。まあ分かるけど。……でも、真逆に見えるタイプの奴の方が、案外仲良くなったりするもんだぜ」

「ユルゲンスさんとアルヴィンなんか正にそれだもんね〜、お互いの足りない部分を補い合ってる感じ?」

「憧れみたいなものもあるんじゃないかな。自分には無いものを持ってる人って、なんだか惹かれるよね」

「……それってミラのこと言ってる?」

「えっ!? いや、別に誰のこととかそういうんじゃ……!」

レイアにジト目で見られたジュードが赤くなりながらあたふたするのを、アルヴィンとローエンが微笑ましげに見守る。

「ま、そんなに気を揉まなくても大丈夫なんじゃねーの? ガイアスだってその辺の線引きはしっかりしてるだろ」

「……そうだと良いのですが」

ローエンは思う。彼に永らく仕え続けた四象刃も、彼と同じく人を守り導く立場にあるミラも、共にこの世界を担っていく立場にあるジュードや自分達も、信頼出来る仲間ではあれども皆彼のことを「ガイアス」と呼ぶ。彼はリーゼ・マクシアの王であり、お互いにその前提の上で接している。

だがシンは違う。シンにとってのガイアスは「市井のアースト」であり、ガイアスもまた彼の傍では「アースト」というただの一人の男として過ごしているのだろう。ローエンはその姿にかつての己とシャール家の人々を重ねる。

指揮者イルベルト。リーゼ・マクシアの宰相。そういった肩書きやそれに因んだ仕事を嫌だと感じたことは無い。

だが、戦や政から離れ、シャール家の執事であるローエンで居られたあの日々もまた、自分にとってかけがえのないものだった。
もしあれと同じものを、自分がクレインやドロッセルに感じていた「安らぎ」と呼べるものを、今ガイアスがシンに感じているのだとすれば――

(……他の誰かであったのなら、貴方にもそんな相手が出来たことを、心から喜べていたのでしょうが)

どうか願わくば、真実は秘めたまま、二人にとって今が綺麗な思い出として終わってくれますよう。
ローエンはそう祈るしか無かった。
目次へ戻る | TOPへ戻る