03.帰る場所を失くして
その後、別方面を捜索していた仲間達とも合流して、一行は一度トリグラフへと帰還した。次の道標がまだ見つかっていない事もあるが、それ以上に今回アタリを引いたルドガー達を休ませる為だ。次は今回出番のなかったメンバーで行こうという事だけ決めて、銘々に街へと散らばっていく。
「シン、無事か。発作は?」
「平気。今回ヤバかったのは俺じゃなくてルドガーとエルとエリーゼだからよ、そっち心配してやれよ。特にルドガーな。あいつ無茶苦茶だぞ」
「そうか。だが、犠牲もなく無事に道標を回収してきた事は評価に値する。次は直接、その無茶とやらを見せてもらおう」
「なによ、やっぱり知り合いだったんじゃない。知らないフリをするだなんて酷いわ、シン」
そう言って話に割り込んで来たのはミュゼだった。
街中でもお構い無しにご自慢の羽で飛び回っている彼女は、蝶が花に止まる時のように静かにアーストの傍へ降り立つ。
「ガイアス」
「久しいな、ミュゼ。来ているとは聞いていた」
「……やっぱりお前が"ガイアス"かよ。ローエンと一緒にって時点で、そうじゃないかとは思ってたけどよ」
自然に呼ばれたので自然に返してしまったアースト兼ガイアスは、シンのその言葉で己の失態に気付いた。が、時既に遅し。
「いや、その、違うぞ、今のはだな……」
「? どうしたのガイアス」
「ミュゼ、お前は少しの間何処かへ行っていろ。俺はこいつと大事な話が……」
「まぁ酷い! 久しぶりに会えたのに、そんなに邪険にしなくてもいいじゃない! 一年前はあんなに優しかったのに……!」
「うわ、恋人泣かせやがった。照れ隠しはほどほどにしとけよガイアスさん」
「違う恋人では無い! その呼び方もやめろ! 俺はアーストだ! いいな、アーストだ!」
「何そんなムキになってんだよ。別にどっちでもいいだろ? ガイアスだかアーストだか知らねーけど、お前がなんかすげー奴だって事ぐらいは前から知ってるっつの」
「……ん?」
アーストは目を瞬かせた。シンも「なんだよ」とその顔を見つめる。
「……シン、ガイアスという男が何者か知っているか?」
「知らねーよ。聞いてもいねーのに何で知ってると思うんだよ。そんなに有名なのか?」
「有名というか……ねぇ? リーゼ・マクシア人なら誰でも知っていると思うわよ」
「残念ながら俺はエレンピオス人なんでね。聞いた覚えくらいはある気もすっけど、すぐにパッと出てくるほど印象には残ってねーわ。エレンピオスに直接関係のある源霊匣研究の第一人者ジュード先生はともかく、他のリーゼ・マクシア人については元々そんな興味もないもんでね」
「そうか……良かった……」
「良かった?」
「いや、何でもない。知らぬのならばそれでいい。わざわざ語り聞かせる程のものでもないのでな」
「そうかしら。聞けばきっと驚くと思うけれど。なんと言ってもリーゼ・マクシアのお――」
「ミュゼ! 今そこの角にミラとよく似た女性の姿が見えたぞ!」
「えっ、どこ!?」
と、アーストの示した方へと一目散に飛んで行ってしまったミュゼと安堵するアーストを、シンは交互に見遣る。
「……興味無いっつっても、そこまで必死に隠されると流石に気になんだけど」
「気にするな。少なくとも今はまだ、お前が知る必要は無い。……いや、知らずに居て欲しい」
「なんで」
「俺がお前との今のこの関係を好ましく思っているからだ。お前に正体を知られてしまえば、俺は今後その立場にある者として振る舞うしかない。やがてそうなる事が避けられないのだとしても、せめてそれが許されているうちは……」
アーストのその切実な想いを感じ取ったシンは、意表を突かれた顔をしてから、気恥しそうにはにかんだ。
「そりゃどうも。どこをそんなに気に入って貰えたんだか知らねーけど……まあ、俺もなんだかんだお前のことは嫌いじゃねーし、友達で居たいっつーんならそうしろよ」
「友達……。そうか、今の俺とお前は友と呼べる関係なのだな」
「いや知らねーけど。じゃなかったら他に何なのかもわかんねーからな」
まあダチにしては歳が離れてっけどと苦笑するシンに、アーストも笑みを返す。
友達。その響きを噛み締めるように、アーストは何度もそれを胸の内で反芻した。
「友と呼べるものを持ったのは初めてだ」
「え、マジかよ。どんな人生歩んできてんだお前。つーか初めてって言われると一気に荷が重くなんだけど……最初の一人が俺でいいのかよ?」
「他を知らんのでな、良いかどうかは判断出来んが……俺はお前をそう呼べることを嬉しく思う」
「ならいいけど……あー、なんかむず痒くなってきた。やめやめ。友達だの何だの、いちいち言葉で確認し合うようなもんじゃねーわ。――で、俺は今後お前をどっちで呼べばいいんだ? 他の奴らがガイアスって呼んでんならそっちに合わせるけど」
「いや、アーストで頼む。この先いつか俺の正体を知る時が来ても、出来ればお前だけは変わらずにそう呼んで欲しい」
「了解。んじゃー俺は次の呼び出しに備えてアイテムの補充でもしてくるわ」
「次も参加するつもりなのか?」
「そりゃ願いを叶える権利を一番欲しがってんのは俺なのに、他の奴に任せてのうのうと休んでなんか居られるかよ」
そうまでして叶えたい彼の願いとは、一体何なのだろうか。
気にはなるが何故か聞く気にはなれず、アーストは黙ってそれを見送った。入れ替わるようにして、ご立腹のミュゼが戻ってくる。
「ガイアス! どういうつもり? ミラなんてどこにも居ないじゃない」
「すまん、見間違いだったようだ」
「白々しい。そんなにあの子と二人きりになりたかったの? 随分と気に入っているのね」
「二人きりになりたかった訳では無いが……まあ、友人なのでな」
覚えたての言葉を使いたがる子供のように活き活きとした語調で言うアーストを、ミュゼが「ふぅん?」と物珍しそうに眺める。
「でもいいの? あの子、普通の人間じゃ無いでしょう?」
瞬間、アーストの顔から笑顔が消えた。
何でもない事のように言ったミュゼに、アーストが問い返す。
「……それはどういう意味だ?」
「そのままの意味よ。普通じゃない。あんな人間は私も初めて見たわ。……あれを人間と呼んでいいのなら、だけど」
「俺の目には至って普通の人間に見えるが、大精霊であるお前の目には違って見えている、という事だな?」
「ええ。あれじゃあまるで――」
と、ミュゼはそこで不自然に喋るのを止めた。
体の向きはガイアスに向けたまま、視線だけが他所を向いている。その先に居るのは、先日見た男子学生のグループだ。
「あれは……」
「知り合い?」
「いや、俺は知らんが、シンの友人だそうだ」
「そう。なんだか追われているみたいよ? 誰かから逃げようって話してるわ」
「聞こえるのか?」
「ええ、この耳とーってもよく聞こえるんですよ。……あら、面白いことになりそう」
そう言ってミュゼが顔を向けたのは学生達の方ではなかった。何やら店員と思しき男と警備兵らしき男が剣呑な雰囲気で言い争っているのがアーストにも見える。
そして、同じくそれに気づいた学生達は、先日のシンのように身を縮こませながら、コソコソとその場を離れようとしていた。
そしてそのうちの一人が、クランスピア社から出てきたルドガーとぶつかる。
「うわっ!?」
「痛って!」
その声で警備兵達の視線が彼らの姿を捉えた。瞬間、その男が叫ぶ。
「居たぞ! 我らの威信が掛かっていますよ! 全員とっ捕まえなさい!」
「クラック、逃げろ!」
ルドガーとぶつかった人物にそう言い残して、他のメンバーは我先にと駆け出した。
クラックと呼ばれた男は、巻き込まれてしまったルドガー共々慌てて立ち上がる。
「どうするの、ガイアス?」
「ルドガーを見捨てていく訳にも行くまい。……それに、彼らには聞きたい事もある」
「じゃあ決まりね」
どこか楽しそうなミュゼと共に、アーストはルドガーを手招きしつつ走り出した。ルドガーはクラックと共にその後に続く。
「ガイアス!」
「ルドガー! 顔を見られるな!」
騒ぎを聞き付けて集まってきた警備兵は二人に蹴散らされ、それでも尚追い縋る者はミュゼに沈められる。
その強さに目を輝かせたクラックは、港の宿の方なら安全だと皆を先導した。