04.その情を何と呼ぶ
辺り一面が雪に覆われた白銀の世界。気温が常に氷点下を下回る土地に連れて来られたシンは、ルドガーやエル、ミラと共に身体を震わせた。
「寒っ!! お前なんでそんな平然としてられるんだよ!?」
「俺はこの辺りの生まれなのでな。寒さには慣れている」
「私も前に来たことあるから平気だな〜、寒いのは寒いけど!」
「さ〜む〜い〜! ルドガー、はやくはやく!」
このままここに突っ立っていたのでは凍ってしまうとエルに急かされたルドガーは、早速分史世界への進入路を開いた。
今回の同行者はシン、エル、ミラ、アースト、レイアの5人。
ミュゼは正史世界のミラを探すと言って、一人灰色の空へと飛んでいく。
「……シン、寒さに慣れていないのなら、今回は休んでいたらどうだ」
「あ? ここまで来て何言ってんだよ」
正体がバレるのを避けるべく、何とかしてシンを置いていこうと画策するアーストのそんな提案はバッサリと切り捨てられ、5人は分史世界のカン・バルクへと突入した。
一見すると正史世界と何ら変わった様子は無く、寒さが和らぐ事を多少期待していたエレンピオス組はがっくりと肩を落とす。
「これが分史世界か……ここからどうするのだ?」
「まず、正史世界と一番違ってるものを探すの。それが時歪の因子である可能性が高いから」
「あなたの地元でしょ。変わってるところ無い?」
ミラに問われ、アーストはざっと辺りを見渡して一言。
「……街の空気が重い」
「なんだそりゃ」
と、言いながらシンも近くに居る人々の様子を観察してみたが、成程確かに皆どこか緊迫した面持ちをしている。
「聞き込みしてみよ。調査と取材の基本!」
元気なレイアを筆頭に、一行は適当に散らばって情報を集める。
シンは目に留まった立派な建造物──王城に興味を惹かれ足を運び、それに気付いたアーストが慌てて後を追う。
が、アーストが危惧していたような事にはならなかった。
「下がれ。リイン王は、何人も城に入れるなと仰せだ」
「──何? リインが王だと?」
シンはアーストのそのリアクションの理由が分からず首を傾げる。
アーストは今一度街を見て回り、王の座がリイン──かつての自分の腹心であったウィンガルに取って代わられている事を知る。
「……成程、これが分史世界という訳か」
「なに一人で納得してんだよ。気づいたことあんなら言えよ」
「正史世界では、カン・バルクの王は別の者が勤めていた。正史世界と異なるものが時歪の因子なら、リインがそうかもしれん」
「んじゃ、直接会って確かめてみよーぜ。つっても、簡単には入れて貰えねぇみてーだけどよ」
勤勉、と言うよりは何かに怯えた様子で頑なに来客を拒む衛兵達を見て、アーストは「ならば忍び込むまでだ」と、戻ってきた皆を引き連れ民家の屋根に登る。
「うわ、懐かしい〜! 前もやったなーこんな事」
「やったなーって……これって不法侵入じゃないの?」
「止むに止まれぬ事情があったんだよ〜」
屋根伝いに城へ近づき城内に入った一行は、衛兵の目から逃れつつ謁見の間へと進んだ。
広い部屋の最奥に据えられた玉座には、黒衣の男が頭を抱えて座り込んでいる。
何やらブツブツと呟いていたその男──リインは、足音に気付いて弾かれたように立ち上がった。
「凝りもせず俺の命を狙いに来たか……安心しろ、誰一人駆けつけはしない。暗殺にはうってつけの孤独な王だ。だが……ここに来たことは、きっちり後悔させてやる!」
リインから凄まじい闘気が溢れ、下りていた黒髪は立ち上がり白く染まる。
クロノスのお陰で時歪の因子を判別出来るようになっているシンは、「当たりだな」と言いながら応戦の構えを取った。
「待てシン、少しあいつと話す時間が欲しい」
「ああ? 話すっつったって、あっちはやる気満々だぞ」
大丈夫だと言って、アーストは一人前に進み出る。
そして、普段使っているのとは別の言語でリインに呼びかける。
『落ち着け、リイン』
『何だテメェ、誰に口聞いてやがる!』
『俺の顔を忘れたか?』
シンにとっては意味不明な言葉の羅列でしかないそのやり取りで、リインは目の前に居るのが自分のよく知る人物である事に気が付いた。
闘気を収め、よろよろとアーストの近くまで来ると、崩れるように膝を折る。
「アースト……アースト! 戻ってくれたのか! ああ、俺を……俺を許してくれ……」
「何があった?」
「俺に……言わせるのか」
何やらよく分からないが、話くらいは出来るらしいと悟ったシンは、拳を下ろしてレイア達と共にそれを見守る。
「何だよ、アイツら顔見知りか?」
「うん……ガイアスの大事な仲間だった人だよ」
「だった? 今は?」
「……もう亡くなってるの」
レイアは物悲しそうな顔で小さく呟いた。
リインは訥々と、今に至るまでの経緯を語り始める。
「発端は、お前が国民を捨て、王位を退こうとした事だ」
大切な仲間、それも故人が時歪の因子とは、さぞ辛かろうとアーストの心境に思いを馳せていたシンは、数拍遅れてリインのその台詞を拾った。
今あいつ何つった? と耳を疑うシンを置いて、アーストの素性を知る他のメンバーとリインの会話は進む。
「ガイアスが? なんで?」
「死の病に侵されたカーラと余生を過ごす為にだ」
「カーラ?」
「妹さん。ガイアスの」
「一度決めたことを、お前が曲げる筈は無い。だから、俺はカーラに頼んだのだ。お前を説得してくれと。カーラは理解してくれた。それが、まさかあんな事に……」
「……カーラは自ら命を絶ったのだな。俺を止める為に」
「すまない、アースト! そんなつもりじゃなかったんだ……! 」
「そのショックで、この世界の俺は姿を消したのか」
アーストに縋り付いていたリインは、その言葉で眼前の男が別人である事に気付いて手を離した。
「貴様は……!? アーストではないな!?」
「確かに、お前の知るアーストではない。だが、アーストの気持ちは解る」
「解られてたまるかっ! 俺の真の友は、アースト・アウトウェイ唯一人だ! だが……そう思っていたのは俺だけだった! アーストは国民を捨て、俺を捨てた! 何故だ、何故なんだ、アーストォオッ!!」
「……俺とお前が友であった可能性、か」
アーストは切なげに笑い、鞘から刀を抜いた。
狂気に呑まれたリインは再び凶暴化し、一行に襲いかかって来る。
「ガイアス、いいの?」
「分史世界を壊すとは、こういう事なのだろう。この苦しみを知らなければ、ルドガーの覚悟を量れはしまい」
アーストとリイン、それぞれの手に握られた形の良く似た二つの武器がかち合い、鈍い金属音が上がった。
常人離れしたアーストの戦いぶりに、リインも負けじと食らいつく。
「アイツら本当に人間かよ……?」
「ウィンガルは増霊極を使ってるんだよ!」
「変な人、もう嫌〜!」
ミュゼの時と同じぐらいには長引いた戦いに、幕を下ろしたのはアーストだった。
助けてくれと乞うリインに、ガイアス王に立ち返ったアーストが切っ先を向ける。
「そこに座る人間は、個より全を優先しなければならない。王とは、自分自身すら捨てねばならぬ孤独な者なのだ」
「俺には……耐えられない……」
「……そうか。ルドガー、後は任せる」
アーストは刀を収め、リインに背を向けた。
骸殼を纏ったルドガーは、それが己の器を見定める為のものだと理解して、項垂れるリインに剣を突き立てる。
その行いを、覚悟を讃えるアーストの言葉が、世界が消える音と共に静かに響いた。