01.それは終局への幕開け

ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン。

ゆらゆらと揺れる振り子の上で時計の長針と短針がカチリと合わさって、それと同時に鐘の音が響く。

真新しい部屋には明らかに不釣合いのそんな古臭い音に、ベッドの上で布団に包まっていたシンはゆっくりと起き上がった。

上体を起こして暫くぼーっと何もない壁を見つめて、ベッドの脇にある棚の上で震動している小さな機械を手に取る。

「……はい?」

『あら、随分元気ない声ねぇ。もしかして寝てた?』

「あー……俺今日は休みじゃなかったですっけ?」

『そうなんだけどねぇ、ほら、今日から来る予定だった新人の子居るでしょ? 実はあの子がまだ来てないのよ〜』

くあぁ、と大きな欠伸を1つしてから、気だるそうな声で「はぁ?」と漏らす。

「もう出勤時間過ぎてるじゃないっすか」

『そうなのよ、なのに連絡すら無くってねぇ。それで悪いんだけどねシンちゃん、代わりに来て貰えない?』

「えぇ〜……」

『今日は予定があったのよね、分かってるわ、分かってるの。でもお願い! 今日はただでさえ人手が足りないのよ〜!』

出勤初日早々から無断欠勤とはとんだ大物だなと、誰に言うでもなく思いつつベッドから足を下ろした。

そのまま洗面台に向かって、バシャバシャと顔を洗う。

『ちゃぁんとお給料は上げておくからさっ、頼むよ〜!』

「……何時に行きゃいーんすか? 今から?」

『まっ! 来てくれるの!? 来てくれるのね!?』

「行かなくていいなら行きませんけど」

『ううん来て! 絶対に来て! 助かるわ〜! そうそう今からね! この凄いお客さんラッシュが収まるまででいいから、それじゃお願いね! 待ってるからね!』

かなり一方的に用件を伝えて、ブチリと切られた回線を知らせる虚しい音がGHSから上がった。
手短に支度を整えてから、朝食にと買っておいたパンと学生鞄を掴んで部屋を出る。

「おや、今日は随分お急ぎだね」

パンを口に含んだこちらを見て、同じ階に住む言わばご近所さんの男が笑顔で挨拶。
パンを飲み込んで言葉を発するよりもこちらのほうが手っ取り早いと、返事の代わりに会釈した。

「仕事かい?」

「じゃなかったんすけど、今日入る予定の新人が来てないとかで」

「はっはぁ、それで代わりに君が呼び出されたんだね。ご苦労様、頑張ってね」

「はぁ……ども」

「僕も今日はこれから用事があってね。今度また君のとこに食べに行くよ、それじゃ」

眼鏡の奥の瞳を細めて、ひらひらと手を振って去っていく男に、自分も急がなくてはと後を追うように建物から出る。

自分の住んでいるこのトリグラフ、ロド・マンションの前に広がる公園では、朝っぱらから元気な子供たちがブランコの周りを走り回っていたりして。
子供はいいな、なんて思うにはまだ早い歳のはずだが、時間に追い立てられることもないであろうその無邪気な姿を見ていると少し羨ましく思えてしまった。

目的地は家からそう遠くはなく、通いなれた道は標識を見なくともどこに繋がっているか分かる。

いつもより多い人の群れを掻き分けて、辿り着いたのはトリグラフ駅。
駅に停車している電車には見向きもせず改札近くの食堂に顔を出すと、先の電話の相手であったおばさまが駆け寄ってきた。

「おはようシンちゃん! ごめんねぇ無理言って! 悪いんだけど早速入ってくれる?」

「へいへい」

店内はまだ早い時間だというのに込み合っていて、なるほどこれは人手が足りないわけだと納得しつつエプロンを羽織る。
別にこの店がいつもこれほど繁盛しているという訳ではないのだが、どうやら今日は特別らしい。

政府とクランスピア社が共同出資する自然工場アスコルドの開業、それを祝う記念式典用の特別列車が運行されるのだ。
今ごろ駅にはその列車が到着し、著名人が続々と乗り込んでいるところだろうが、一般人かつ現在は接客に忙しい自分には見ることは出来ない。

ただこの駅構内の食堂で談笑しているもののほとんどは、それを目当てでやって来たのは間違いなく、
店内を動き回っている間に聞こえてくる客の会話はそれに関連したものばかりだった。

「それで式典にはビズリー社長もいらっしゃるんですって!」

「へぇー! 駅から見えるかな!?」

「はいお待ちどー、セレモニー祝い特別定食はどちらさん?」

「あ、私です!」

「熱いから気−つけて。んでこっちは持ち帰り用のトリグラタン弁当」

「へぇーっ、これが名物のトリグラタン弁当かぁーっ! リーゼ・マクシアじゃ見たことないわねーっ」

リーゼ・マクシアという単語に、崩れかけた笑顔を取り繕って「ごゆっくりどーぞ」と締めくくる。

リーゼ・マクシアはここエレンピオスとは海を隔てて分かれているもう1つの世界──今となっては、もう1つの国というべきかもれない──のことだ。
つい最近までは別々になっていたのだが、現在では訳あって行き来が可能になっている。

リーゼ・マクシアとエレンピオスでは、文化が違えば環境も違う。言葉も文明も果ては人間の体の造りまで違いがあるのだ。
そこまで違ってくると、当然考え方の違い、というものはある訳で。
双方の間の溝は、行き来が可能になって1年が経った今でも深いままだ。

「シンちゃん! 次こっちお願いね!」

「ああ、はいはい」

正直、大多数のエレンピオス人がそうであるように、自分もリーゼ・マクシア人に対しては良い印象が無いのだが。
仕事にそんな私情は関係ないと、いつもの通り接客用の笑顔を顔に貼り付けてテキパキと食事を運ぶ。

早く列車が出てくれないだろうかと、減らない客の数にうんざりしていると──


店の外から、突然爆発音が上がった。


「何!?」

「きゃあああああっ!!」

続けざまに鳴り響いた銃声に、店内に居た客がパニックを起こす。
窓の外は爆発によって発生した煙で白く塗られていて、何が起こったのかを窺い知ることは出来ない。

「何なの!? 事故!?」

「まさかテロなんじゃあ……!」

「テロ……って、もしかしてアルクノアのか!?」

ざわめく店内からそんな声が上がって、悲鳴は更にヒートアップ。

アルクノアは、リーゼ・マクシアとエレンピオスの和平に反対しているテロ組織の名前だ。
日常的に会話に上がる名ではないが、知名度は低い訳ではない。

「落ち着いて! お客様、危ないので外には出ないで下さいね!」

「な、中にまで入ってきたりしないよな……?」

「いつまで隠れてればいいのよ!?」

これは予想よりも退勤時間は遅くなりそうだなと思いつつ、今日はもう用済みだろうエプロンを脱いでロッカーにしまった。
目次へ戻る | TOPへ戻る