04.その情を何と呼ぶ
「また随分と、運の悪い男だな」車道に飛び出してきた子供を避けて、バイクごと無様に転げて──次に目を覚ました時に見たのは、何も無い真っ白な世界と、目つきの悪い珍妙な格好をした男だった。
「……何だここ。誰だお前?」
「我は時を司る大精霊。原初の三霊が一人、クロノス」
天も地も無い空間で、高みから見下ろしてくる男はそう名乗った。
精霊を見たのはこれが初めての事だった。想像していたよりもずっと人に近い姿をしたその精霊は、こちらが尋ねたもう一つの疑問には答えずに、徐に言う。
「喜べ、人間。オリジンの慈悲により、貴様にはチャンスが与えられた」
「いや、全然話が見えねぇんだけど。俺どうなったんだ? 事故った筈だけど……もしかしてここは天国だとか言わねえよな?」
「似たようなものだ」
説明するのが面倒だと言わんばかりの顔で答えたクロノスに、まだその実感が無いまま呆然と言う。
「俺、死んだのか……」
「……今回の件は、本来であれば起こり得る筈の無かったものだ。愚かな人間の招いた結果ではあるが、それに与する精霊が居なければ、貴様は助かって居ただろう。──故に、オリジンはその命を救う機会を設けた。貴様が試練を突破すれば、貴様の死の運命を覆してやる」
「試練?」
「ああ。簡単なゲームだ」
クロノスが指を鳴らすと、二人しか居なかった空間に、人間がもう一人現れた。
その姿は、まるでそこに鏡でもあるかのように、自分と瓜二つ。
「今ここに居る貴様は、実体の無い魂だけの存在……そのままでは人々に認識される事も、世界に干渉する事も出来はしないだろう。それでは話にならん。故に試練が終わるまで、この仮の肉体を使うがいい」
一体どこでどうやってこんなもん作ったんだと、用意された容れ物を気味が悪いと眺めつつ、クロノスに言う。
「試練って、具体的に何すりゃいいんだよ?」
「こちらから提示するルールは一つだけ……期限まで、この身体で生き残ること=v
「なんだそりゃ。期限ってのがいつまでを指すのかは知らねーけど、危ねーことしなきゃいいんだろ? 楽勝じゃねーか」
そう息巻く俺を、クロノスは小馬鹿にしたように嗤った。
その理由は、現実世界に戻されて暫く経った頃に判明する。
最初は、軽い目眩や頭痛が時折するだけだった。
気にも留めてはいなかったが、それは次第に悪化していき、無視できないものになっていった。
「その身体は、分史世界のお前を集めて作ったものだ。分史世界が破壊されれば、その反動が現れるのは当然の事」
暫くして、再び姿を現したクロノスにその原因を問えば、返ってきたのはそんな答えだった。
「何だよ、その分史世界ってのは」
「お前の居た正史世界とは別に存在している並行世界の事だ。分史世界が全て消え去れば、その肉体も消滅する。そうなれば、このゲームはお前の負けだ」
「はぁ!? 何だよそれ、聞いてねぇぞ!!」
「ただ安穏と過ごしていればクリア出来るようなものを試練とは呼ばぬ。……ゲームオーバーになる前に気付けて良かったな?」
「てめぇ……!!」
人の命をなんだと思ってやがる。
湧き上がる怒りのままに拳を振り上げた俺を、クロノスは鬱陶しい羽虫を追い払うような気軽さで吹き飛ばした。
「履き違えるなよ。我々はあくまで貴様にチャンスを与えただけだ。生き還る事を望んでいるのは貴様だけで、こちらは貴様が死のうが生きようがどうでもいい。全ては、貴様を哀れんだオリジンの優しさによってのみ成立しているのだということを忘れるな」
大精霊というものがどれほどのものなのかを痛みと共に叩き込まれた俺は、相も変わらず高みから見下ろしてくる相手を睨む事しか出来なかった。
「生き残りたければ、分史世界をこれ以上破壊されぬ様、精々足掻くことだな」
「……誰なんだよ。その、分史世界を破壊してんのは」
「クルスニクの一族。貴様と同じ人間ではあるが、我の与えた骸殼の力を持つ者共だ。奴らを相手に、貴様一人でどこまでやれるか見物だな」
「そんなもん、こっちに勝ち目なんか無ぇじゃねえか……」
「ならば諦めるか? 今ここで挑戦を終えるのなら、我が引導を渡してやるが」
「ふざけんな。んな簡単に諦められるかよ」
痛む身体を起こして立ち上がる俺を、クロノスはただ見ていた。
その眼差しからは、蔑みと嫌悪しか感じない。
「……お前、相当人間嫌いなんだな」
「ああ。貴様らのような害悪は、一人残らず全て滅んでしまえばいい」
憎しみを込めてそう告げる相手に、俺は薄く笑って、せめてもの仕返しに言う。
「──でも、お前のそういうとこ、人間そっくりだぜ」