04.その情を何と呼ぶ

翌朝。
一晩泊めてくれたアルヴィンに礼を言って別れ、さて次の分史世界は見つかっただろうかとルドガーに連絡を取ろうとしたシンは、タイミング良くかかってきた電話に応答する。

「ようルドガー。次の任務か? こっちはいつでも──」

『残念、ハズレよ。任務じゃないし、ルドガーでも無いわ』

受話口から聞こえてきたのは、予想に反したミラの声。
シンは一度耳からGHSを離して、画面に表示されている発信者の名前を確認。

「それ、ルドガーのGHSだろ? 何やってんだよ」

『仕方ないじゃない、私はGHSなんて持ってないもの。それより、今何処で何してるの?』

「今? 特に何もしてねぇけど……シャン・ドゥに居る」

『あら、丁度良かったわ。ちょっと今からカン・バルクまで来てくれない?』

「はぁ? 何だよ急に……」

徒歩圏内なので向かうことは容易いのだが、まだアーストが城に居るのではないかと思うと、カン・バルクへはあまり近寄りたくないのだが。

そんなシンの心境など知らないミラは、弾んだ声でその理由を述べる。

『クマの手を獲りに行きたいんだけど、一人じゃちょっと骨が折れそうでね。とりあえずルドガーは確保したんだけど、彼だけじゃ心許無いから、貴方にも付き合って欲しいの。という訳で、宿の近くで待ってるから、宜しくね!』

一方的にそれだけ言って、ミラは通話を終わらせた。
クマの手って、そんなもん何に使うんだよと思いつつ、ミラの要望には出来る限り応えてやろうと心に決めているシンは、渋々カン・バルクへ向かう。

宿の前にはミラとルドガー、それからエルとルルの姿もあった。
一体どういう集まりなのかと改めて問えば、誰が一番美味しいスープを作れるかを競っている最中で、クマの手はその材料、という事らしい。

「なんでそんな話になったのか知らねーけど、美味いスープ作ろうって時に、そんなゲテモノ入れて大丈夫かよ?」

「知らないの? クマの手って高級食材で、良い出汁が取れるのよ。そのクマが、この近くのノール灼洞に居るらしいの。──さてと、人も集まったし、行くわよクマ狩り!」

「クマー!」

随分と張り切っている様子のミラとエルが、拳を突き上げて駆けていく。
ルルは気怠そうに鳴きながらその後を追い、ルドガーとシンもそれに続く。

「そう言えば、昨日はあれから大丈夫だったか?」

「ん? ──ああ、もう何ともねーよ。急に倒れて悪かったな」

「別に謝らなくていいけど、前も具合悪そうにしてただろ? 辛い時は休んでもいいから、無理するなよ」

「平気平気。別に任務がキツくてああなってる訳じゃねーからよ」

「じゃあ何が原因なんだ?」

「あー……」

本気で心配している様子のルドガーに、「分史世界の消滅が原因」とは言い難いシンは、アーストの時と同じく「事故の後遺症だ」と言って誤魔化した。

そうして、カン・バルクに隣接しているザイラの森を抜けると、雪景色が一変してマグマに囲まれた岩石の道になる。

「あっっっつ!! 何で雪道のすぐ隣にこんな場所があるんだよ!?」

「霊勢の影響よ。リーゼ・マクシアじゃ珍しい事でも無いわ。えーっと、噂だと確かこの辺に……」

と、一人先々進んでいくミラ。
その近くの岩陰に魔物の姿を捉えたルドガーは、彼女に注意を促しながら双剣を抜いて飛び出す。

「もしかして、これがクマー!?」

「そうよ! でかしたわルドガー!」

「え? でも、これは魔物じゃ……」

クマ、というよりは巨大なヤマアラシのような見た目に困惑しつつ、ルドガーはミラやシンと共に襲いかかってきた魔物を片付けた。

ルルと一緒に安全な場所からそれを見学していたエルは、大人しくなった魔物の傍にしゃがみこんで、その姿をまじまじと見つめる。

「エルの会いたかったクマと違った……こいつ食べるの……?」

「そ、そうよ。本には美味しいって書いてあったわ」

「お前が食ったことある訳じゃねぇのかよ……不安しかねぇな……」

「文句は食べてから言って!」

「それで、ここでの用はこれで終わりか?」

「ええ。これで最高のスープが作れるわ。とびっきりの秘密兵器もあるしね」

「秘密兵器って?」

「馬鹿ね。言わないから秘密兵器なんでしょ? 教えちゃったら私が一番になれないし」

エルをあっと言わせてみせるわ、と言いながら、ミラはさっさと目当ての部位を切り離して麻袋に仕舞う。

その楽しそうな横顔を見て、ほかの面々も口元を緩めた。

「もう大丈夫そうだな」

帰り道、シンにそう言われたミラは、キョトンとした顔で「何がよ?」と返す。

「分かってねーならいい。気にすんな」

「……ひょっとして、ルドガー達との事?」

まだ完全に許した訳じゃないわよ、と、ミラは雪の中をはしゃぎ回るエルと、それを追いかけるルドガーを眺める。

「でも、ここに来てすぐの頃よりは、気持ちが楽になったわ。最初はあの子達の傍に居るだけで辛かったけど……今は、こうやって普通に話せてる。多分、エルのお陰よ」

まるで腫れ物に触れるかのように接してくる他のメンバーと違って、エルは何の隔たりもなく、ルドガー達と同じように扱ってくれる。

彼女と喋っている時は、居なくなった姉のことも、消えてしまった世界のことも忘れていられた。
そうやって過ごしているうちに、ルドガーや他の仲間達と居る時でも、辛い事を思い出す事は減っていった。

「この世界に、私の居た世界以上の価値があるかどうかなんて、まだ分からないけど……少なくとも、あの子は姉さんと同じくらい、大切にしたいと思える存在にはなったわ。──それに、いつまでも塞ぎ込んでるよりは、こうやって現状を楽しんだ方が有意義じゃない?」

「まあ、そりゃそうだけどよ。そう思ってても、なかなかそうは出来ねぇ奴が殆どなんじゃねーの? 大したもんだな」

「そりゃあそうよ。なにせこっちは元マクスウェルよ? 普通の人間と一緒にされちゃ困るわ」

と、ミラは不敵に笑って、ルドガー達の元へ駆けて行った。

彼らの姿は、ともすれば家族のようにも写った。
シンは穏やかな面持ちでそれを見守る。


ルドガー達とミラ。
アルヴィンとジュード達。
加害者と被害者。


シンは森の向こうに見える王城を見上げた。
吐く息は未だ白いが、王城を飛び出した直後に比べれば、それほど寒くは感じない。

不意に上着のポケットに突っ込んでいる手にGHSが当たった。
それを掴んで取り出し、画面を開いて、電話帳に並んでいる名前のうち一つを選択する。

あとはワンクリックで電話がかけられる状態まで来て、シンは手を止めた。
発信するでもなく、閉じるでもなく、開いたままのGHSを指先で弄ぶ。


このまま何もしなければ、繋がってまだ間もない縁は、簡単に切れてしまうのだろう。

だが、わざわざ自分から切れぬようにと必死に繋ぎ止めるべきものなのだろうか。


(向こうから連絡……は、多分来ねぇよな、流石に……つーか、あっちはあの暴露でもう全部終わらせたつもりなのかも知んねーし……今後どうしようなんて悩んでんの、俺の方だけなんじゃね……?)

そもそも彼は一国の王で、自分は命を落としているのだ。
ミラやアルヴィンと同列に考えて、同じような対応を取るのはおかしいのかもしれない。

シンは二つ折りのGHSを片手でパカパカと開け閉めしながら唸る。
と、その動作の最中に指先がボタンに触れてしまい、呼び出し中になってしまった画面を見て慌てる。

『……シンか? どうし──』

「何でもねぇよ!!」

受話口から聞こえてきた声に、咄嗟に通話終了のボタンを押してしまったシンは、自分の軽率な行動の愚かさを呪った。

もう嫌だ、何も考えたくない。暴露された事など忘れてしまいたい。

(そもそも、アイツがバラさなきゃ普通に居られたんだよ! もうどうしようもねーのに、何で今更バラしたんだよ!? いや、聞いたのは俺だけど……)

はぐらかし続ける事も、嘘を吐いて誤魔化す事も出来た筈だ。
真相を明かす事で、あちらが得られるメリットなど何一つ無いだろうに。

(…………。……いや、本当に、何で馬鹿正直に話したんだ……?)

今更ながらアーストがそうした理由が全く分からないシンは、遥か前方から呼んでくるエル達に応じつつ首を捻った。
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